無知なる君に……3
城から歩いて数十秒のところにある森で、見つけたスライムを持ち帰った少年はスライムを観察していた。少年は観察をしつつ、イエナにスライムについてを質問した。
スライムの本体は魔石の核であり、その周囲を包むぷよぷよとしたものは核が集め構築したものだ。
そも魔石には意思が存在する。それは生物と違って言ってしまえば秩序的な精神構造を持たず、混沌的で欠落した精神から生じるもの。だがそれ故により強く純粋である。
魔石は自身をより強いものへとするために、大気中に存在する魔石の塵とも言うべきものを集めより大きく成長させる……ものがある。そう言った魔石の中でもより効率よく塵を集めるために、自身の周囲をぷよぷよとしたもので包んだものがスライムという魔物なのだ。
ちなみにそのぷよぷよとした物質はほとんどが水で、これは魔石が水属性の魔法を行使することで操っている。さらに死肉を摂取することであのぷよぷよの物質を作る。
「へえ~……じゃあこの核の周りの物質を取り除いたらどうなるの?」
「その程度なら死なない」
スライムの本体はあくまでも魔石だ。仮に周りのぷよぷよが無くなっても、核である魔石が残れば再度構築可能だ。もっともより正確に言うとそれは真核と呼ばれるものに限る。魔石は塵を取り込み自身の周囲を覆っていく。つまりざっくり言えばその中身の魔石こそが真核だ。なお周囲の核膜や真核自体も成長する。
「なるほどなるほど……ねえイエナ。何か僕でも扱えそうな武器はある?」
「ナイフぐらいならあるが何に使うつもりだ?」
イエナの言葉に少年は無邪気な笑みを浮かべた。
「実験だよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さあ行こう」
スライムの実験には時間がかかるということで、少年たちは再び森の探索に出た。城を行ったり来たりして他の魔族からの視線を集めていたり、イエナの疲労とストレス値が上昇したりしているが特に問題はない。ただ強いて言うならばもうすぐ昼時ということ……
「待て! もう昼だぞ。続きは昼食の後だ。全くこれだから人間は……」
イエナはやれやれと少年を止めた。一方止められた少年はそんなイエナを見つめている。
「……なんだ? 文句でもあるのか?」
黙って見つめてくる少年に対し、イエナは身構えて彼の言葉を待った。
「イエナ……」
すると少年は重々しく口を開き……
「なんでイライラしてるの?」
「お前のせいだ!!」
素でさらっとそんなことを言う少年に、イエナはキレながらツッコんだ。
「そっか……まあいいや。お昼にしよう」
「はあ……」
自分で振っておきながらさらっと流した少年に、思わずため息が零れるイエナだった。
少年たちは城の簡易な作りの食堂に移動した。イエナがそこにいた魔族に声をかけ、しばらく2人でテーブルのところに座って待っていると、少年の目の前に料理が並べられた。
「イエナは食べないの?」
「いいから食べろ!」
魔族も生きるために食事は必要だが、人間よりも少食で済み、かつ習慣として1日2食なのだ。とはいえ少年はもともと3食の習慣で前世を生きてきた。故に魔王の計らいで彼には昼食を出すように言われているのだ。同時に彼がきちんと食べるよう見張ることもお世話係の仕事の1つである。
しばらくして少年が昼食を終えたため、2人は城の外へと再び出た。
「さあお腹もいっぱいになったし行こう」
少年たちは森の散策の続きを始めた。それから少ししてスライムに出会った。少年はスライム以外の魔物が見たかったため、そのスライムを無視して先に進んだ。すると……今度は3匹のスライムに出会った。少年はそのスライムたちを少しの間観察し再び先に進んだ。すると今度は今までのものよりも一回り大きいスライムに出会った。そしてやはり少年はそれを少し観察し先に進んだ。すると今度は普通のスライムに出会ったので無視して先に進m……もうとしたらスライムにばったり出くわした。
「なんなんだこの森は! 3歩歩けばスライムスライム鬱陶しいにも程がある!」
なぜかスライムに対してキレるイエナ。目の前の罪のないスライムに八つ当たりした。
「うんうん。つまりこの森はスライムの森なんだね」
一方少年の方は楽しそうだ。
「ということは……イエナ城に戻ろう」
「は? スライムしか見ていないのにか?」
少年はスライムたちを見て何かを得られたらしいが、イエナにはよくは分からなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「調子はどうだ?」
その日の夜。少年は魔王の前にいた。
「うん楽しいよ」
「そうか」
少年は相変わらず緊張感のない笑みを浮かべている。
「今日はねスライムを見つけたんだよ」
「……ほう?」
少年は今日一日の出来事を嬉々として話し始めた。まず森での散策でスライムばかりに出会ったこと。スライムばかりということはこの土地の開拓は比較的安全に行えるということだ。加えてスライムが増えやすい環境ということから、彼らが餌や水に困らず、そもスライムの本体である魔石を生成する場所が近くに存在するかもしれないという予想もだ。
もっとも魔王も既に情報を得ている上に、その程度の予想はできていた。だが1日目でここまで情報を収集できている様子を見て、とりあえず少年が役立ちそうだと安堵した。
ただその後の話に安堵していた周りの側近は唖然とした。
少年は捕まえてきたスライムで実験をしていたのだ。その実験の内容と言えば……残酷と言えば残酷なものだ。なにせスライムの真核の再生実験としてその核である魔石にナイフを突き立て砕いたのだ。それを見ていたイエナはなんとも言えない表情で少年と魔王の会話を聞いていた。少なくともその光景を普通の人間が見ていたならば、どこか狂気や恐怖を感じただろう。たかがスライムごときがズタズタにされようがどうでもいいイエナも、流石にこれには微妙な気分にさせられた程だ。
そしてそれを聞いた魔王の側近たちはそれを直接見ていないものの、わざわざスライムの周りのぷよぷよとした物質をひっぺがし、核をナイフで砕いたと聞いて想像してみれば、その残酷さや異常さが容易に連想できた。まして大人ならともかく、年端も行かぬ少年が成したと思えばなおさらそう感じるだろう。
「それで結果はどうだったのだ?」
初めは核とぷよぷよを離した。するとすぐに元に戻ったため今度は更に核の表面に傷をつけてみた。すると少しして再生した。ここで少年はイエナの言っていた真核が無事ならばという言葉通りだと裏付けを得た。では……真核が傷ついたら? 少年は核をナイフで砕いた。ただテキトーに砕いた訳ではなく大きい欠片と小さい欠片というように、いくつかの大きさの段階毎に砕いた。
「塵が集まってできたって言うなら、もしかしたら真核が砕けても大丈夫かなって」
実際魔石は塵が集まったものであり、より大きく成長した魔石はより強い魔法を行使する……となれば真核が砕けてもある程度の大きさであればすぐに再生するのではないかと思ったのだ。
「少し放置して見てみたら、一番大きい欠片はスライムとして再生していたよ。ただ一番小さいものは全く変化がなかったけどね」
少年の言う通り1番大きな欠片は、既に丸い核の形になりかけており、周りにぷよぷよとした物質で覆っていた。他のものも一番小さいものを除き欠片が丸くなっていたりしていた。その後再生したスライムは欠片となった魔石と残りのぷよぷよを取り込み始めた。少年が夕食後確認したところ既に核が他の核を取り込みくっつき始めていた。
「なるほど」
スライムを倒したところで、その後どうなるかなどいちいち観察することはない。魔族だけに限らずだ。ごく稀にスライムを使役した者も、死んだと思い捨ててしまうためその事実に気づかなかった……故に少年の発見は誰も知らなかった事実であり、今までは真核を砕かれれば死ぬというのが常識だった。
魔王とその側近は少年の実験でスライムがとてもしぶとい魔物ということが分かった……
「その様子ならば今後も期待が持てそうだ……よい。下がって今日は休め」