幻魔ユンカーベルと血の紋様
「おい黒髪、そんな隅っこで何してんだ」
ヴィルさんの声に驚いて変な声が出つつ振り返る。
「あっすみません。案山子壊しちゃって。弁償します。」
案山子を粉々にしたことを思い出しつつ、頭を下げる。
「いやいいんだ。廃材ですぐ作れるしな。それにしてもすげえ腕じゃないか。かなり丈夫なんだぞ?こいつは。」
ヴィルさんがニヤリと笑いながら粉々の案山子を指さす。
どうしようか。厄災能力について触れるべきなのか。いや、ユンが言っていたようにタブー視されているだろうから辞めておこう。それにしても、ヴィルさんが来てからユンを見かけない。あの一瞬で何処に行ったのか。
「いやー。ユンがはやし立てるからつい力を入れすぎちゃって。これでも結構鍛えてるんですよ。」
俺がこう言ったあと、ヴィルさんは不思議そうな顔をし、恐ろしい表情でこう言った。
「ユン…だと?お前ユンと言ったのか。恐ろしい。なんて事だ。お前も俺も幻覚を見せられていたようだ。ちくしょうなんて事だ。」
一体何を言っているんだ。
ユンはあなたの孫娘だろう?
ユンカーベルはあなたの家族じゃないのか?
すると、ヴィルさんは、俺が話すのを遮るようにこう言った。
「お前と、俺の命はあと7日だ。それまでにしたい事を済ませておけ。家族に遺言があるのならしたためておく事だ。」
なんだ?どういう事なんだ?状況が飲み込めない。
ユンとは一体誰だったのだろうか。記憶が混乱し始めた。
「幻魔ユンカーベル。唯一生存が確認されている厄災者。こう言えば分かるか?」
厄…災…者…?だって?
ユン、という娘から聞いたはずだ。
何千年も前にキリシア大陸を滅ぼしかけたっていうあの厄災者が?ユン、だと言うのか?
「それは、本当ですか?本当だとすれば、何故死が確定するんですか?あと7日って」
またも、俺の言葉を遮るようにヴィルさんは続けた。
「ユンカーベルは猶予を与える。7日間。死は逃れられない。幻魔の惑わしにあった者は、必ずその命を捧げる。」
なんだろう。何故か馴染み深い響きのその文章は、元から知っていたかのような気分になった。
「これが。伝承にある幻魔の1節だ。逃れる方法は存在しない。もし逃れられるとすれば、同じ厄災者くらいのものだろうが、、、」
厄災者。俺に該当するのだろうか。
まだ自分で確証を得られていないのでどうにも分からないが、異世界に来て三ヶ月ちょいで死ぬのか…俺…
いやまて、おかしい。何故だ?何故伝承をそこまで信じられる?
確かに、存在していたハズの人間が消える。なんておかしな話だが、ここは魔法が存在する世界だぞ?何があっても不思議じゃない。それなのに、なぜ数千年も前の伝承を確信をもって信じられるんだ?
「何故ユンカーベルだと確信できるのか不思議そうだな。お前にもあるだろ、小指に印が。」
小指をこちらに向けながらそう言う。確かに、小指全体が赤い紋様なもので覆われている。
ヴィルさんの声はだんだんと弱々しくなっていく。
先程まで逞しさすら感じたその老人は、もはや枯れ木のような雰囲気を醸し出している。
「印ですか…」
ふと、自分の小指を見る。
あった。
左手の小指全体を包むように、赤い蛇の紋様が浮かび上がっている。
咄嗟に近くの案山子に擦り付けたが、取れそうもない。
「それが印だ。一日経つ毎に広がって行き、七日目には全身を覆う。そしてその紋様が全身を多い尽くしたとき、体全てが赤い液体、つまりは血に変わってしまう。ユンカーベルはそれを飲んで生きながらえている。半年に1度くらいの間隔で、国、種族を問わず発生している事だ。」
死ぬのは正直怖い。しかし、あまりにも異世界っぽい現象に、少し心が動かされている自分が居た。
「死ぬのは嫌です。なので、自分なりに抗ってみようと思います。」
全身ドロドロの血液にされるなんて、考えたくもない事だ。
それに、もし俺が本当に厄災能力を使えるならば、何とかなるかもしれない。
そ俺の推測が正しければおそらく…