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第7話

「つまりオルタさんは魔法が使えている……と?」


 フローレッセがオルタに事実を確認する。


「私達の魔法とは違う形で使っているが正解。そうでなければ説明がつかないって感じかな。私達と魔法を使うときと同じように魔力を消費しているみたい。だから魔法を使っている状態にあるといえる」


 ノーチェがフローレッセに向けて説明する。


「それだと結局疲れることになりませんか?」


 魔法を使う、即ち魔力を消費することは精神的な疲労の増加を意味する。

 フローレッセが言いたいことはそれらしい。


「そう、それ。体力だけでなく頭もバカだから心の疲労を感じないのよ!」


「単純に持っている魔力の量が、俺達とは桁違いだから幾ら使っても減らないだけだよ。だから疲れたりしない。それだけに魔法が使えないことが不思議でならない」


 力説するスーの持論を訂正するように、ソキオが正確な情報を伝える。

 平民の多くが魔法が使えない理由は、魔力の量が少ないからである。

 それとは逆に、魔力の量が多いオルタが魔法を使えない理由は不明のままだ。


「けれどなんでそのことが、他の人に知らされていないんですか? 学校でも特に言ってないですよね」


「それはあまりにも強すぎる力だからよ。士族や平民に関わらず、人間の限界を超えるなんて代物じゃないわ。多くの人に知られたとしても、皆は恐怖の対象としてオルタを見るでしょうね」


 ノーチェが真剣な口調で疑問を抱いたフローレッセに語りかける。


「まあそういうことだ。感情的になって手を上げたとき、力の制御が出来る保証がないから俺は絡まれても力で抵抗しない。仮に殴られても痛くもないし、されるがままが都合が良かったりするんだ」


 自分が犠牲になればそれでいい。

 オルタの魔法の力が知られて困ることについて、オルタは全てを説明していない。

 説明しても平民であるフローレッセには、全てを理解し受け入れることは不可能と考えたからだ。

 自嘲気味にオルタが語り終えたタイミングで、コンコンとドアがノックされる音が部屋に響く。


「どうぞ」と部屋の主であるノーチェが応対する。

 相手はメイドさんかノーチェの家族だろう。


「盛り上がっている所で悪いけれど、邪魔をするよ」


 そう言って入ってきたのは共和国の軍服姿をした若い男、ノーチェの兄のマニアナだ。

 共和国軍の教練は日曜を除いて毎日あり、土曜は午前中のみ。

 これは魔法学校と変わらない。


 彼は土曜の昼は食事を取るために家に帰ってきている。

 去年まではオルタ達と一緒に食卓を囲んでいたのだが、今年に入ってからその姿を見かけることはめっきりと少なくなっていた。


「今日も遅かったんですね兄様」


 ノーチェがマニアナに労いの言葉をかける


「ここのところ教練が忙しくてね。まあ僕が文句を言える立場ではないから」


 昨年、隣国のセビア公国と武力衝突があってからというもの、ぬるま湯と呼ばれていた軍隊は教練を厳しいものと変えたらしい。

 自ずと拘束される時間も伸びた結果、帰りが遅くなるのが常のようだ。

 それらは春先頃にマニアナの口から聞いた話だが、夏も近づいてきたた近頃はさらに帰りが遅くなっている気がするとオルタは感じていた。


「そうそう、今日は新しい友人が来ているって母さんから聞いたけれども、そちらの彼女だね」


「フローレッセ・ポサダと申します」


 笑顔で手を振るマニアナに応えるため、フローレッセは椅子から立ち上がり深々とお辞儀をする。


「ノーチェの兄のマニアナです。見ての通り普通に軍人をしています。ポサダというと中央通りにあるホテルの?」


「はい、父が経営しています」


 中央通り沿いにはポサダホテルというマセドナ随一のホテルが建っている。

 それはフローレッセの父が経営しており、外国の裕福な商人や士族がマセドナを訪れたときにに利用されている格式あるホテルだ。


「そいつは中々のお嬢様だ。見慣れた制服も高級な布地で仕立てられているように見えてくる」


「制服は皆さん一緒の布地だと思いますが……」


 フローレッセは少し困ったような顔する。

 制服の布地はどんな金持ちも貧乏人も同じものを使っているのはマセドナでの常識で、魔法学校の卒業生であるマニアナも当然知っている事実だ。


「兄様、可愛いからってそんなに見つめていると嫌われますよ」


「これは失礼。ノーチェ、体調は大丈夫かい」


「まだ大丈夫ですから、兄様も用が済んだら出ていって頂けますか?」


 妹の言葉に従って大人しく出て行くのかと思いきや、逆に本人に近づきノーチェのぱっつんとした前髪を右手で掻き分けおデコとおデコとをくっ付ける。

 マニアナには良くある行動とはいえ、人前でよく出来るなとオルタは関心する。


「うん。熱が出ているね。自分で疲れを感じているから『まだ』なんて言うんだ」


 熱を計る前から見ただけで調子が分かっていたのだろう。

 流石の観察力は兄妹だからこそか。

 オルタは全く気づいていなかった。


「妹には休息が必要みたいだ。折角お見舞いに来てくれて悪いんだけれど、今日のところはお開きとさせて貰ってよいだろうか」


 四人の方に振り返ったマニアナからの提案は、ノーチェにとっては不本意なものであることをその顔から読み取ることが出来る。

 しかし熱が出ている状態で話を続け、さらに体調を悪化させてはならない。


「そうね。皆で会えるのは丁度一週間後になるのかな。その後はしばらくご無沙汰になるけど。それじゃあ、またいらしてね」


 スーが場を締める形で本日のお見舞いは終了となった。


 ノーチェの家を出た四人は門の前で一度立ち止まることとなる。

 太陽は依然高々と照っており、そのまま解散するにはまだ早いと考えたからだろう。

 いつもならどんな時間であれ三人とも帰宅するのだが、今日はフローレッセへの配慮がある。


「よろしければ私の家にお寄りになりませんか? 車は返してしまったので歩かせてしまうことになりますが」


 フローレッセからのお誘いに心惹かれるものの、オルタには用事が一つ残されていた。


「誘ってもらって悪いんだけど、買わないといけないものがあるので市場に戻ろうと思うんだ」


 先程はスーが簡単に決めたお店でお土産を購入した後、すぐにノーチェの家に向かった。

 そのためオルタは塩を購入できずにいる。

 この時間帯ならば店も開いているはずだ。


「そういえば今日も塩を買えて無いわね。というかすっかり忘れてたわ。気づかなくてゴメン。先走っちゃった」


 手を合わせてスーが謝る。


「いや、俺もさっきの話がなければ思い出す事もなかったから、スーが悪いわけではないよ」

「悪いと思ってないけどね。じゃあ、ソキオと二人でお邪魔することになるのかな?」


 スーは切り替えが早い女だ。そこがときに気持ち良いときもある。


「そうだな。俺は特に用事はないしフローレッセに付き合うよ」


「それじゃあ、俺はここでさようならだ。また月曜日に」


「そんじゃねー。じゃあ行こっか」


 中央通りまでは四人一緒に行動したが、三人はそのまま西の方向に、そしてオルタは市場の方向へと別れた。


◆◇◆◇◆◇◆


 先程までの騒がしいまでの賑やかさが一転、四人が去った部屋は本来の落ち着きを取り戻していた。

 ノーチェも今はベッドで横になっている。


「ふぅ。やはり初対面の方とお話するのは疲れますね」


 肩の力が抜けリラックスしたノーチェは兄に素直な感想を伝える。

 ようやく一息つけたというところだ。


「フローレッセさんは感じの良い人だったね。弁えているというのが伝わってきたよ。ああいう人は付き合いやすいだろう?」


「ええ。そう思います。しかし兄様、良い所で入ってきてくれました。聞いていましたか?」


 マニアナは廊下から部屋の様子を伺っていたのは事実だ。

 それは入室のタイミングを図っていたからではない。

 挨拶など四人が帰るときでも良かったのだから。

 伺う必要があったのは、五人の話の内容を確かめておくためである。


「その通り。よく分かったね。あれ以上、オルタに話を続けられると困ることになりそうだったからな。迷惑だったか?」


「いえ、助かりました。でもオルタはあれ以上話すつもりもなさそうでしたが」


 ノーチェの言葉にそうだねと、マニアナが頷く。


「彼が話を進めるも、自ら打ち切るも何かしらの情報を与えてしまう。無関係な人間が止めてやるのが角を立てないやり方だよ」


 マニアナは何を危惧したか?

 それは士族の立場が危ういものであることを、フローレッセに気づかれることを恐れたのだ。

 オルタが今の立場を良しとせず、我慢せずに自分の力を誇示するとどうなるか。

 力を向ける相手が強力な魔法を使えたところで、死が待っているだろう。

 その事実は魔法を使わずとも魔法士に対抗できる可能性を意味する。


 それはつまり、平民が士族に抗うことが出来るということであり、現在の秩序を覆しかねないということである。

 いわゆる革命がおきる要素となり得る。

 士族が今の地位でいるためには、オルタの存在は困りものなのだ。


 それが問題にならない理由は至って単純。

 彼が士族の中でも有力な家の人間であるから。それ故に決して士族に不利に働くようなことはしない。


「オルタのことを、特別な存在であるという認識を持つだけ。それ以上のことを考えてくれないと良いがな……」


「彼女は士族が平民の上に立つことに対して、肯定的な人に見受けられます。彼女自身は士族と結婚すればいいだけですからね」


「そういう話はよく聞くね。議員の息子なんかお見合いの申込みの競争をやってるらしい」


「あらあら。そういうことを知っているということは、お兄様は彼女のことをご存知だったのですか?」


「国一番の金持ちの娘の顔と名前をらない独身士族は居ないよ」


 さて、といった風にマニアナは立ち上がり、軽く笑いながらノーチェの頭をポンポンと軽く叩く。

 そろそろ昼食をとらないと、腹の具合が良くない。が、少し思うところがある。


「しかし亜人か……」


 部屋から出ようとしたマニアナは思い直し椅子に座りなおす。


「あら? 兄様は差別主義者ではないと思っていましたが」


 兄の漏らした言葉に対してノーチェは疑問符を浮かべる。


「いや、そういうことではないよ。少し昔を思い出していたんだ」


 マニアナの友人に亜人と恋に落ちた男がいた。

 そのことを少し思い出していた。


「亜人の友人でもいらしたのですか? そんな話を聞いた覚えはありませんが」


「俺じゃないよ。友人の話。あれは友人の付き合いというか、恋人の関係だったな。聞いた話だけど」


「初耳ですね。その方はどうなったんです?」


 兄のプライベートの全てを把握しているわけではない。

 家族に話さないことは幾らでもある。


「結局は別れたよ。理由は推して知るべしというやつだがね。相手の名前すら知らないし、詳しいところは何も分からんよ」


 別れた理由は知っているが、妹に教えるほどのことではない。

 面白い話であればもっと昔に話していることだ。この話はここで終わりだ。


「じゃあ、静かに休めよ」


「はーい」


 ノーチェの額にお別れのキスをすると、今度こそマニアナは遅くなった昼食を取るために食堂へと足を向ける。

 しかし今日は珍しく妹と要らぬ話をしてしまったな、と軽く反省する。

 全てを語らずに済ませたものの、死んだ友人の話を病人にするのは縁起が悪い。


◆◇◆◇◆◇◆

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