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第4話

「離してよ」


 中央通りから市場に入り歩いていると、路地裏の方から声がした。

 聞き覚えのある声だった気がしたオルタは足を止める。

 この辺りは人通りが多く治安も悪い方ではないが、路地裏での揉め事など珍しいものではない。


「どうかしたか」


 立ち止まったオルタを不思議がるソキオ。


「女の人が絡まれてるみたいね。放っておきなさいよ」


 路地裏の奥で女が男に絡まれていること確認し、特徴的な耳を見て女が亜人だと認めたスーはオルタを諭す。

 亜人は共和国市民ではない。

 士族が市民ではないものの問題に首を突っ込むことはない。

 それが士族社会での常識だ。


「ちょっと用ができたから先に帰ってくれ。あの子、知り合いなんだ」


 そう言い残して路地裏に入っていったオルタを二人は見守る。

 見守るだけで付いていくことはしない。


「オルタに亜人の知り合いなんていたかな」


「さあ? まあ帰れっていうんだから私達の出る幕はないんじゃないかな。帰りましょう」


「それもそうか。事情は明日詳しく聞き出そう」


 残された二人はその場で待つことはせず、再び帰路につく。

 冷たいように見えるかもしれないが、三人ともそれが正しいと理解している。


 オルタがどんな揉め事に巻き込まれたところで、命を落とすようなことはない。

 殺そうとしても死なないことを知っているからだ。

 だから二人がオルタの身の安全を心配をすることはない。


 オルタは一歩一歩ゆっくりと路地裏の男女の方へと近づいていく。

 近づくほどに女の顔がはっきりとしてくる。

 やはり女の方はアッラであった。


 あまり人相が良くない男と何やら揉めているようだ。

 金を出す出さない――金銭問題か。

 二人ともこちらに気づく様子が見られないため声を掛ける。


「どうかしたのか?」


 オルタの存在に気付いたアッラは、驚きの声をあげる。


「オルタ! どうしてこんなところに。何でもないの。話を拗らせただけ。すぐに終わる話よ」


 恐らく、助けてくれとは言えないらしい。

 その裏にある理由は何だろうか?

 オルタには推測することは出来ない。判断するだけの情報がない。

 ただ、毛を逆立ててピンと立てた尻尾からは、アッラが非道く怯えていることが見てとれる。

 言葉を文字通りに受け取ってはいけないことは確かだ。


「学生さん、アンタには関係のない話だ。どっか行ってくれないか。商売の邪魔なんだよ」


 路地裏で口論になるような商売というのもオルタには理解できない。

 それでも人相の悪い男は続けてまくし立てる。


「亜人の娘なんざアンタにはどうでもいい存在なはずだ。この娘の言う通り、すぐに終わる話をグズグズしてやがるから。さっさと金出しゃ良いんだよ。なぁっ!」


 どうもただの恐喝のようだ。

 地位の低い人はこういう犯罪に巻き込まれることが多いと聞く。

 亜人のように市民権を持たないような人たちは特に対象になりやすい。


 なぜなら彼らは街中では揉め事を避ける傾向にあるからだ。

 そのため恐喝の成功率も高いのだろう。

 脅される額はとても少額で、払ってやり過ごすことが利口だ。

 今のこれも路地裏で行われている日常の光景に過ぎない。


 多くの場合と同じく、アッラも街中で揉め事になるのは避けたいらしい。

 逃げそびれた故に仕方なく金を払って見逃して貰う算段だが、どうも金額に問題があるようだ。

 アッラの現状を知っているため、小銭稼ぎにしてももっとお金の匂いがする人に対してやれば良いのにとオルタは思う。


 しかし、困っている友人を黙って見過ごすことは出来ないため、オルタはアッラを助けることにした。

 代わりにお金を払うということはしない。

 自分の懐が痛むのは辛いのだ。


「あなたにとってはどこにでもいる亜人でも、俺にとっては大事な友人でね。見逃してやってはあげられないですか?」


「何だと、学生さん。あんまり調子に乗ってるとアンタからも頂くもん頂かないとなんねぇぞ」


 男はオルタに向かって凄みを利かせる。

 ここに来て初めて手に刃物を持っていることに気づくが、さりとて問題ではない。


「そのナイフがどうかしたのか。まさか、本気で俺と揉める気があるとでも?」


 制服の襟元を掴んで見せる。それだけで良かった。

「アンタ士族かよ……」


 制服の襟元には士族であることを示すピン留めのバッヂが付いている。

 その存在に気付いた男は急に大人しくなる。


「そうだよ。だからあなたがどうなったところで、俺が罪に問われるようなことはないと思ってくれるといい」


 士族と平民が揉めた時、裁判をすることもなく士族の言い分が通ることが多い。

 この場合はオルタが適当を言っても役人には通じる。そのことをオルタは言っている。

 もっとも、裁判を受ける権利は市民権を持つものにしかない。


 この男が平民であることすら疑わしいが、それを確認する術はない。

 亜人であれば市民権が無いことはすぐに分かるが、人間の場合は確かめなければならない。

 そしてそんなことをする必要が今はない。

 

「ちっ、運が良かったな」


 男は恐喝を継続することを諦め、ツバを吐き捨てると路地裏の奥へと引っ込んでいった。


「ふぅ。助けてくれてありがとう」


 アッラは恐怖の緊張が解かれたからか、その場にへたり込み苦笑いを浮かべる。

 尻尾を見ても緊張は感じられないため、大丈夫のように見える。


「とりあえずお疲れ。なんだって絡まれてたんだ?」


「いやー、お金を持ってるところを見つかっちゃってね。それで捕まっちゃった」


 アッラは照れた様子で言った。


「お金なんて持ってたのか?」


 オルタは驚きを隠せない。

 人から施しを受けるような惨状の身で、お金を持っているとは思いもしなかったからだ。


「いつもお腹空かせてるからってバカにしてるでしょ。私にもいくらか手持ちがあるよ。それに今日は鳥肉を市場のオジさんに売り飛ばして結構なお金になったんだ」


 アッラは興奮した顔で少し早口でまくし立ててくる。


「昼の肉を食べるんじゃなくて売ったのか。今日の今日で動きがいいな。無事に売れたようで何より」


「いえいえ。これもオルタのおかげということで。売った後すぐに帰れば良かったんだけど、色々と寄り道をしてね。その姿を見つけられて因縁付けられた感じ」


 アッラはペコリと一回浅くお辞儀をする。


「でも、お金があるんだったら払って解放してもらえば良かったんじゃないかな。初めてって訳じゃないんだろう。」


 オルタは面倒事ならお金で解決してしまえばいいと考えていた。

 少しぐらい減ったところで、良くあることだろうと。


「割りとよくある話よ。ただ今回は吹っかけられたんで、ゴネたら路地裏に引きずり込まれちゃった。その上ナイフまで持ち出して脅しきて散々だったよ」


 アッラはナイフを持った振りをして、オルタの首筋にに存在しないナイフをあてる。


「ご愁傷様。怪我はしてないよな?」


 オルタはアッラの手を退けながら、その身の心配をした。


「うん。大丈夫」


「それは良かった。」


 いつまでも路地裏にいても仕方がない。

 アッラの無事も確認できたので、オルタは表通りに戻ることにした。


 一応スーとソキオの姿を確認したが、二人の姿は見られなかった。

 どうやらちゃんと帰ってくれたようだ。


 市場で店じまいを始めていた屋台から売れ残りの揚げパンを購入し、二人は通り沿いに置かれたベンチに腰掛ける。

 アッラが幾らかお金を持っていることは知っていたが、この揚げパンはオルタの奢りだ。


「パンありがとね」


「いや、いいんだ。しかしこれ、あまりいい油じゃないね」


 正直に言うと、まずいと思っているがオルタは直接口にはしない。


「後で胃もたれしそうな感じがするよ」


 アッラがお腹を擦り、苦しそうな顔をする。


「作ってから時間が立ってるのが輪をかけて駄目っぽい。ハズレだったな」


 二人して揚げパンの不味さに文句をつけながらも、そのまま食べきってしまった。


「今回のことは……その、ありがと。二人とも大丈夫だったけど、オルタもあまり無理をしないでね。昔も似たような状況になったことがあって。助けて貰ったのはいいんだけど、助けてくれた人がボコボコにされちゃって」


 それで助けを求めずに自分でなんとかしようとしていたのか、とオルタは納得する。


「まあ、普通ならそうなるかな。あの人もまだ考える頭がある方だったから、俺が士族であると分かれば帰ってくれたし」


「魔法使えないのに無茶するよね」


 呆れた顔でアッラが言った。


「魔法なんかなくても顎をちょっと撫でてやれば終わるよ。それに刃物をちらつかされても、それで俺を傷つけることは出来ない。服が破れるくらいだけど、それはそれで嫌だな」


 オルタは半分強がりを混ぜて言った。実際に誰かを顎を撫でただけで倒したことはないのだ。


「そうなんだ」


「それよりなんだって肉を売りに? 食べるのかと思ってた。それに売るのは今日じゃなくて明日の朝でも良かったんじゃないか」


「食べることもそうだけど、お金が欲しいって思ったからかな。あれだけのお肉があれば、そこそこお金に変えられると思ったし、実際にそうだったし。冷やしていても鮮度は落ちていくから、売れるうちに売ってしまおうと思ったの。まだ市場が開いている時間だったし」


 アッラは切実そうに言った。

 直接お腹を満たすことは大事だが、お金に変えておくのも大事だ。


「お金か……」


 オルタは親からいくらかの小遣いを貰っており、お金について不自由することはない。


「士族の人にお金の話をしても仕方ないよね」


「いや、士族だってピンキリだ。毎月カツカツで生活してる家だって多いよ」


 オルタの家、バベル家は父が元老院議員をしている。

 また小さいながらも領地を保有しているため、それらの収入で裕福な士族だ。


 士族でも領地を持たなかったり元老院議員で無ければ、軍人や役人という公職の給料だけで一家を養う事になる。

 元老院議員等の一部を除いて、公職の給料はあまり多くはない。

 基本的に士族の経済状況は厳しいものがある。


「でもオルタのとこは違うよね」


「どうして?」


「簡単に奢ってくれるから」


 なんて打算的な人なのだろうか、とオルタは思う。


「そういう話か。でもさっき食べたのは売れ残りの割引品だよ。小遣いは余るほどには貰ってないし」


「でもシエロのパンをくれたじゃない。あそこの店って入ったことないけど、他の所の倍の値段はするって聞くよ」


 マセドナの街の商店の種類は大きく二つある。

 露店か店舗を構えているかのどちらかだ。


 露店は安いが品質はそれなりというのが常識で、店舗は露店より高級な商品を扱うお高い店が多い。

 シエロの店は店舗を構えている高級店であり、そういったところには亜人の人たちはほぼ入れないと言っていい。


 食料品を扱うような店ともなると特に顕著だ。

 他の客が店内に亜人がいることを嫌がり、それを見た店主も嫌がるという図式。


「確かに高いよ。けれどシエロのパンは美味いからな。露店のパンは硬いだけだったり、味気なかったりするし。残念な思いをすることもある。たまに当たりはあるんだけどね」


 アッラには話していないが、シエロのパンは懐的に厳しい値段である。

 それに購入理由は美味しいからだけではなく、学校への道中にある唯一のパン屋というのも一つある。

 朝の通学時間に、寄り道をしているほどの余裕はない。

 選択肢は自然と限られる。


「残念な思いって今みたいに?」


「そう今みたいに」


 オルタの言葉にフフッと笑顔でアッラは頷く。

 揚げパンの油は今も二人の胃の中でしつこさを発揮し、二人を苦しめていた。

 それはこれ以上無駄話をすることを諦めさせる程に。


「さて……大分暗くなってきたことだし、俺は家に帰るけど。アッラはこのまま帰れるか?」


「心配しないで大丈夫。夜目が利くから夜道は平気なのよ」


 二人はベンチから立ち上がり、中央通りに向かって歩いて行く。

 そして通りに差し掛かると、じゃあねと手を振りアッラは南門の方向に走り去っていった。

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