第3話
「ようサボり魔」
「もう実習には出てこないのかい」
魔法学校の校舎に戻ったオルタが次の講義の教室へと移動している途中、一組の男女に声を掛けられる。
魔法実習の講義が終わったばかりだからだろうか、今更なことを言われる。
オルタが実習に出ていないのは先週からだからだ。
今週、朝や他の授業の時に会ってもこんな会話はしてこなかった。
男の方はオルタと同じ服装。
つまり濃紺のブレザーに同色のノータックのスラックス。
白の襟付きシャツに学校の紋章が意匠されたループタイをしている。
短めの金髪で背はオルタより少し高い。名前をソキオ。
女の方は大きな襟をした濃紺のセーラー服に同色のプリーツスカート。
赤色のタイを胸の前で結んでいる。
茶色のポニーテールで背はオルタより低い。
名前をスー。
どちらも士族の生まれでオルタと二人は幼馴染。
特に親しい友人である。
同年代の士族は百人程度で、幼年学校の頃から数えて十年の付き合いになる。
つまりどんな人でも士族同士であれば顔と名前は一致する。
その点で言えば同年代の士族は皆幼馴染と言える。
そんな中でも二人とは家族ぐるみの付き合いがあるので、互いに家族と見なしているような関係だ。
「うるさいなぁ人の勝手だろ」
「まあ、苦しんでるのを知ってるから理解出来るけど。人の魔法を見るのだっていい勉強だと思うよ。私の魔法を見に来てよ。凄いんだから」
スーがそんなに膨らみが大きくない胸を張り、誇らしげに自慢する。
「そうなのか?」
昔からスーの魔法を見ることは数え切れなくある。
ただ、身内が使う以外の魔法はあまり見ないので、他との違いが分からない。
「僕らの代では一番だって教授の評価だよ。見学だけでも来ていいんじゃないか。使えない連中も結構来ているぞ」
魔法学校には平民も通学している。
魔法が使える平民も一部いるが、多くの学生は魔法が使えない。
それなのに何故魔法学校に通うかというと、幼年学校を卒業した次の教育機関が魔法学校しか無いからだ。
商家の丁稚になったりや職人の弟子になりでもしない限り、幼年学校卒業後は魔法学校に通う。
それがマセドナ共和国市民の少年期の一般的な過ごし方だ。
魔法が使えない学生も魔法学校に通っているため、卒業の条件に魔法実習の修了は含まれていない。
オルタが安心して実習をサボれている理由はここにある。
「いつかは見学しに行くよ」
オルタは魔法を使おうとして使えない姿をバカにされるのが嫌で、実習に出ていない。
最初からその舞台に立たなければ嫌な思いをすることはない。
これからのことを考えると二人の使う魔法を見ておくのは悪いことではない。
けれどもちょっかいを掛けてくる輩がいるだろうと思うと、見学しに行く気にはなれない。
「期待せずに待っていますよー。来てくださいねー」
スーが全く期待していないニュアンスを込めた口ぶりをする。
こういう行為は期待の裏返しからくるものなので、本当に自信があるのだろう。
いつかは顔を出すのもいいかもしれない。
無駄話をしていると講師が教室に入ってき、学生を席に着かせる。
本日最後の講義の始まりだ。
講義の内容は取るに足らないつまらないものだった。
本当に出席する必要あるのか、とスーはボヤキながら帰宅の支度をしている。
オルタは最初からカバンの中身を出していないので支度も何もない。
「三人で帰るのも久しぶりね。一週間ぶりかしら」
カバンに筆記用具を詰め込んだスーが言った。
「いつもオルタが午後をサボっているからな」
ソキオがスーの言葉に賛同する。
「火曜にスーが学校を休んだからだろう。実習がない日なら俺だってサボらずに一緒にいるんだし」
月火水木金土日の一週間。
丸一日休みとなる日曜日を除けば、火曜日と土曜日だけは魔法の実習がない。
火曜日は丸一日スーの姿を見かけなかった。
三人は校舎を出て、乗合馬車の乗車場へと向かう。
登校する時は徒歩のオルタも、下校時は二人に合わせて乗合馬車に乗って帰っている。
一人で帰るときは歩いている。
そちらのほうが早いからだ。
「いや、実習が終わっても戻ってこないオルタが悪い」
ソキオが責任はオルタにあるとばかりの態度をとる。
スーに肩入れしているようだ。
「そういえばなんで火曜に休んでたんだ。風邪を引いたのか?」
反省の色を見せて場を流してもいいが、話題自体をすり替えるためにオルタはスーに話を振る。
「今更その話をする? 一昨日ソキオには話したけど、まあいいわ。ノーチェのところに顔を出していたのよ」
ノーチェは三人と幼馴染の少女だ。
幼い頃から病気で学校は休みがちで、今も療養中のため魔法学校には登校していない。
だが彼女に会うために休むというのは、言い訳として不思議な点がある。
「毎週会ってるのにわざわざ? 明日の午後じゃ、駄目なの?」
土曜日の午後は講義がない。
そのため空いた午後の時間を利用して、ノーチェの家にお邪魔して四人一緒に食事をすることが恒例だ。
彼女の調子を確認すること、それとあまり家を出ることができないノーチェに一週間の出来事を話すことが目的だ。
「女の子には色々とあるの。アンタたちがいると出来ない話とか。使用人には頼めないようなお願いを聞いたりとかさ」
色々とはなんだろうか、色々とは。
オルタは考えてみるものの、明確な答えには辿り着けなかった。
「まあ普段なら学校を休んでまで会いにいったりしないわよ。再来週には遺跡調査で外に出ていくからしばらく顔を見せられなくなるし。それで顔を出しただけよ」
スーが続ける。
遺跡調査は卒業試験の一環として行われている、二週間程かけて国内にある遺跡を巡る旅だ。
しかしその実態はただの観光旅行と言ってしまって良い。
「ふーん」
遺跡調査の旅に向けて、オルタも来週は準備をしなければならない。
保存の効かない食料品は出発の前日に調達するとして、旅行に必要なものを調達する。
オルタはその準備を殆どしていない。
三人は乗合馬車にさほど待てずに乗ることができた。
他に下級生も乗っているため車内は満員だ。
「二人とも旅行の準備は進めているの?」
オルタは二人の準備具合を確認する。
「私は火曜日に必要なものを買い集めたからほとんど終わったよ」
スーはノーチェに会っただけでは無かったらしい。
「俺も大体終わっているな。その雰囲気だと準備するためにサボってたみたいではなさそうだな……」
なるほど。
二人とも準備を進めているようだ。
「サボりはサボり、それはそれ。打ち合わせもせずに準備してるみたいだけど、無駄なものまで持っていこうとしてないだろうな」
講義の時間を使ってオリエンテーションが何度か開催されている。
その中で必要な荷物の分担につては、特に話題に上げていなかったことをオルタは思い起こす。
「大丈夫よ。多少嵩張ったところで、荷物はオルタが持つんだから」
スーがにこやかに言ってのける。
「前日にオルタの家で荷物を纏めるし、そのときに整理すればいいさ。人気のない朝方に出発する上、街を出るまでは馬車で運ぶ。そこから先は人目はほとんどない。荷物の大きさを気にすることはないさ」
ソキオは出発日の朝の予定を拠り所にオルタを説得する。
「ちょっとは負担を減らそうとかいう気を持ってくれるといいなぁって思うよ。まあ気にしているのは見た目だけど」
重たいものを持つときの負担を平等にすることを考えた場合、荷物は全てオルタが持つことになる。
オルタにとって5キロでも100キロでも、荷物を持つ際の負担に違いはない。
もちろんそれ以上の重量でもだ。
ただし、あまりにも重たすぎると持つことが出来なくなる。
地面に身体がめり込んでいくからだ。
昔、幼年学校の頃にどれくらい大きな物を持てるのか試したときに生き埋めになりかけた。
二人はオルタの能力のことを知っている。
生き埋めになった場面にも居合わせている。
その上で旅の荷物の全てをオルタが持つ前提で考えている。
「あれ? てことはさぁ、サボって何やってたのよ?」
学校を抜け出して街で時間を潰しているものだと思っていたスーが、オルタを問いただす。
「飯食ったあと寝てる」
「寝てるだけ? 本当に?」
オルタの素っ気ない言葉から、それ以外のことがあることをスーは感じ取る。
ノーチェを含めた四人の間で隠し事をすることは不可能と言って良い。
「今のところは、かな」
「何だよその含みは」
「その話は追々。そうだな、調査旅行のときに話すよ。その時まで楽しみにしておくと良いよ」
馬車が南門を通過し、少しずつ同乗者を下ろしながら中央通りを進んでいく。
そして商業区域の辺りに差し掛かったとき、オルタは馬車の御者に声をかけた。
「すいません。降りるんで止めてください」
「何か買い物か?」
ソキオが尋ねるがオルタは詳しくは答えない。
「そんなもんだ」
オルタは馬車から降りる。そしてそれに二人も続く。
「ついてこなくていいのに」
特に用事がなければ二人がついてくることはオルタは知っていた。
そのため、今日もついてくることは想定済みだ。
何の問題もない。
「いーや気になる。買い物なんて明日でいいじゃない」
「忘れないうちに買っておきたいんだ」
今日食べた鳥肉は美味しかったが、塩があるともっと美味しくなるとオルタは思っていた。
だから塩を買うため店を覗こうとしたのだが、スーの言うとおり買い物は明日でも良い。
「それで何を買うつもりなんだ」
中央通りから、商店が立ち並ぶ通りに足を進めたところでソキオが確認する。
「塩」
「塩って。料理に使う塩? 来週で良いじゃない。他の食料とまとめて買う予定だよ」
スーは旅行の準備のための買い物だと認識しているようだ。
「この時間だともう閉まってるんじゃないかな」
ソキオはオレンジ色の空を指差し、日が傾き夕闇が迫っていることを示す。
「店が開いていなければそれまでだ。やっぱりこんな時間になると閉まってるかな」
言われるとオルタは不安になってくる。
無駄足上等と言っておきながら、無駄足にならなければ良いなと心配する。
「さあ? 開いている日どうかなんて行ってみないと分からないもの」
スーは首を傾げた。
売っている店には見当がついているものの、三人とも塩などの食材を買うことがなく普段は利用しない。
そのため、どの時間帯に店が開いているか見当がつかない。
「露天もあらかた片付いているし、店舗も閉まっている可能性はあるな」
「またそうやって人を不安にさせることばかり言う」
煽る二人にオルタが文句を言っている間に目当ての店の前に着く。
入り口は固く閉ざされ、閉店の看板が見える。
なるほど、既に店を閉じていた。
「うん。また明日ってやつだ」
「残念。明日の帰りに寄ろう」
「そうだな。無駄足を踏ませてすまない」
「本当そう。ここからは歩いて帰らないと行けないしね。疲れちゃう」
文句をつけるスーだが、顔は笑っている。別に本心からの言葉ではない。
「勝手についてきてそれかよ。まあ、付き合ってくれたお礼は明日するよ」
思いつきに付き合ってくれている二人のことを、オルタはありがたく思う。
「それいいね。ノーチェに買っていこう。新作のお菓子とかあるといいな」
「じゃあ帰ろうか。日が沈むまでには帰りたいし」
ソキオに同意し、三人は中央通りに向けて歩きだした。




