第8話
「同胞諸君、朝早くから集まって頂き感謝する。これから作業をしてもらうので、まずは説明を聞いて欲しい」
父が集まった廃墟の森の住人たちに向けて説明を始めた。
オルタはその言葉の中で、『同胞』という単語を使ったことに感銘を受けていた。
この場に集っている人々はマセドナの市民権を持たない人間だ。亜人だっている。
士族である父からすると、本来ならば歯牙にもかけない人々だ。
そんな彼等を仲間と言ってしまう父の心中は、如何ほどのものなのか。
「地面の揺れを合図に動物が動き出すので、それを捕まえて欲しい。以上」
ん? 説明そんだけ? こんな説明で大丈夫か?
説明を受けながらオルタは父の心中を察しようとしていたが、あまりの短さの前に別の機会にすることになった。
人々が困惑していないかを確認すると、皆はすでに散開し始めている。
どうやら混乱しているのは自分一人であるようだ。
「あんな単純な説明で大丈夫なの? それに地面が揺れるって冗談でしょ?」
受けた説明では道理が得られないため、オルタは父に詰め寄り問い掛ける。
「今日初めてというものでも無いからな、何回かやっている。それに地面を揺らす方法は簡単だ。ついて来い」
父に付き従い歩くと、廃墟の森を抜けだして原っぱに到着する。
地面に岩が多いからかして、大きな木が少ない場所となっている。
アッラと鳥を取るときに、鳥を打ち落としている場所の辺りなので馴染みのある場所だ。
「この辺りの地面を殴ると揺れるっていうこと?」
そんなことは無いだろうという考えで、オルタは父に確認する。
地面を殴るというのは案外難しいものだ。
いや、殴るだけならば簡単だが、力を込めてとなると格段に難しくなる。
理由は簡単に二点。脚で踏ん張れないことと、地面自体が動かないことにある。
手を脚に置き換えて考えると分かり易い。
殴るのではなく、蹴るということで考えてみよう。
地面を思い切り蹴ることは、走ることやジャンプすることと同じだ。
力を込めて蹴りつけると、反発で自分の体が浮き上がる。
それは殴っても一緒の話だ。
そんな考えを持つオルタには、父が地面を揺らすことが出来ると豪語出来る理由が分からない。
「地面は殴れんよ。もっと頭を使え頭を」
「やはり頭突きか……」
ノータイムでそんな回答をしてしまったのは、ひとえにヘラジカのおかげである。
「オルタ、お前いつもどんな目で世界を見ているんだ? せめてハンマーを使うとか言ってくれ」
本気で心配するような顔でビスタがオルタの顔を見る。
「そんな心配そうな顔で見ないでよ。流石に違っていると思うよ。ただ前に頭突きで問題を解決したことがあったからさぁ……」
「正気であれば良いんだがな。それはそうと、揺らし方は簡単だ。地面に岩を思い切りぶつけてやると揺れる」
うん。とオルタは頷く。殴るよりは説得力がある。
「あんまり納得している顔ではないが……。ここら一体の地面は岩盤層になっていて強固だか、ら振動が良く伝わるんだ。そこに大きな力を加えてやると大きく揺れることになる」
「その大きな力をどうやってくわえるのかっていうのが問題だと思っていてさ。持てる岩の大きさにも限界があるじゃないか」
地面に身体がめり込まない限り、二人が持てる重さに限界はない。
しかし両腕で持つという制約がある限り、大きさには限界が生じる。
「だから岩を二つ使う。ここから先は見たほうが早いだろう」
ビスタは自分が抱えられる限界であろう、大きさの岩を二つほど見繕い抱えてくる。
出来る限り二つを近くに寄せておくためだ。
そしてその一方を抱えると、空に向けて思い切り投げ飛ばした。
東から登りつつある朝日を浴びながら、投げられた岩は高速で飛翔し上空を目指していく。
「いい感じだな」
自分の調子が良いことを確認できたビスタは、残るもう一方を同じように投げ飛ばす。
その狙いは先に投げ飛ばした岩に向かっている。
そしてすぐに自分も飛び上がると、後に投げ飛ばした岩の上に乗ってしまった。
「そんなこと出来るんだ」
曲芸に似た父の芸当を前にして、オルタは大きく口を開けてそらを見上げることしか出来なかった。
先に投げた岩はすでに落下し始めているため、このままだと二つの岩は上空でぶつかるのだろう。
そうなると父は二つの岩に挟まれて圧死……なんてする訳がないのが自分たち親子だ。
オルタが考えた通り、上空で二つの岩は接近していき二つは一つに重なる。
その瞬間。片方がもの凄い勢いで急降下を始める。
自然落下では得られない速度とみて間違いない。
もう片方は再び上空へと飛んでいった。
急降下してきた岩は、硬い岩肌の露出する地面にぶつかり、そして砕け散る。
同時にオルタの足元が大きく揺れたのだが、飛んでくる石つぶてを捌くだけで精一杯だ。
「痛っ! 痛い! 大丈夫だけど痛い!」
数が多すぎて両手だけで捌くことは不可能な状況。
大きいものだけは選別して跳ね除けるものの、小さめの石はその網をすり抜けて身体に当たる。
父の動向を見守っていたことが裏目に出た形となる。
先を見通せていなかったことが悪いと言えばそれまでだ。
集められた人々が説明を聞いてさっさと散らばっていったのは、こうなることを知っていたからだ。
せめて少しでも落下点から遠く離れていれば、小石の密度も多少はマシだったのだが。
これから落ちてくる父に向けて一体どんな言葉の雨を振らせてやろうか。
程なくして岩ごと父が落ちてきて、着地と同時に少し地面が揺れる。
「どうだ、これが我が秘策『岩の雨』だ」
ビスタはわざわざ一緒に落ちてきた岩の上によじ登り、両手を腰に当てながらオルタに言った。
朝日が後光となり、オルタからは父の顔がよく見えない。
一つの黒い人影が機嫌よくなんか喚いているだけだ。
その結果、言葉の雨を浴びせかけようとした口は数を少なくした。
「小石がめっちゃ痛かったんですけど」
「岩を投げ飛ばした時点で地面とぶつける為だということに気づけなかった奴が悪い」
岩から飛び降りたビスタはオルタに近づくと肩をポンと叩く。
いや、体中をパンパンと叩いていく。
「だからこんなに砂埃に塗れる結果になるんだ」
「地面は揺れたけれど、このあと俺達は何をするればいいの?」
「大体こんなものでこの仕事は終わり。あとはあいつらが獲物を集めるのを待っているだけだ。戻るぞ」
そう言って踵を返したビスタは、森の方向に向けて歩きだす。
オルタもその後ろを追いかける形で歩いていると、足元を何かが横切る。
目で追ってみると一羽の兎であった。
ふと、オルタはその場に立ち止まり辺りを見回してみる。
するとどうだろうか、地面が所どころ動いていることが分かる。
どうやら地面の揺れに驚いた動物たちが、巣穴から出てきて逃げ回っているようだ。
足元を動物が走り回っている理由に納得したオルタは、再び廃墟の森を目指して歩き始める。
丁度森からも慌ただしく駆け出してきた人々の姿を見ることが出来た。
先程解体場に集められていた、廃墟の森の住人たちだ。
人々は袋や桶、網といった捕まえるための道具をそれぞれ手にしていた。
これから小動物を捕らえ集めるのが彼等の仕事だ。
そんな目付きを変えて走る人々の中には、見知った顔を確認することが出来た。
当然のようにその中にアッラの姿があったのだ。
解体場での説明のときには見かけた記憶がないのだが、どこかで話を聞いていたのだろうか。
獲物に向かって飛びかかる姿は、まるで狐のようだとオルタの目には写った。




