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第7話

 翌日に向けてベッドで眠っていたオルタは、何かの気配を感じたため目を覚ます。

 身体を起き上がらせることはせず、まずは目だけを開けて何事かを確認する。


 灯りの欠片もない部屋だが、窓からの星明かりが光源となる。

 オルタは微かな光があるだけで十分に見ることが出来る。


 星明かりがあるということは、まだ早朝というよりは深夜の時間帯になるはずだ。

 その目に男の顔が写る。

 父のビスタがオルタの顔を覗き込んでいたのだ。


「何か用かな? まだ朝には早いと思うんだけど」


 父が目の前にいる理由を確認する。

 眠たいが、寝ぼけてなどはいない。

 寝起き直後に父の真顔は効いたので、頭はむしろ冴えている。


「出掛けるから支度をしろ。家に帰ってくる時間は無いだろうから制服にな」


 問答無用という感じで、父がオルタに話しかける。

 こんな時間に一体何処に出掛けるというのだろうか。


「今からじゃないと駄目なの? そんなに大事な用事?」


 起き上がり学校の制服に着替えながら、オルタは用件を確認する。

 が、ビスタは答えようとはしない。

 着替え終えたオルタはビスタと共に階下に降りていく。

 一階に人の気配はしない。どうやら母は就寝中のようだ。


「母さんより早起きな父さんを見るのは初めてな気がするよ」


「あいつは用事がなければ早起きすることはないからな。まだ寝ている。それより人を待たせているから急ぐぞ」


 ドアノブに手をかけたビスタはオルタを急かす。

 待たせている人は何者だろうかと考えながら、オルタが玄関から外に出る。

 すると門の前に見覚えのある馬車を見出した。


「肉屋のオジさん?」


「よう兄さん。久しぶりだな。まさかアンタが大将の息子だとは思いもしなかったさ」


 馬車の前に立っていたのは、先日ヘラジカの肉を売り飛ばした肉屋のオジさんだ。

 当の馬車もヘラジカの肉を運んでいった馬車と同じものだし間違いない。。

 あの時と違うのはオジさんの顔が、ものすごく眠たそうだと言うところくらいだろうか。


「カルニ、喋るなら行き掛けに出来るだろう。さっさと馬を出せ」


「それじゃあ兄さん乗ってくれ。おい、もう出していいぞ」


 肉屋のオジさんはカルニという名前らしい。

 そういえばあの時は互いに名乗りもしなかった。


 ビスタに発破をかけられたカルニに促され、オルタはビスタとともに馬車に乗り込む。

 全員が乗り終えるとカルニの合図で馬車は動き出した。


「それで一体、こんな夜明け前から何処に連れて行かれるんです?」


 いつも生肉を運んでいるであろうからして、中は素敵な匂いがしている馬車は、今のところ西に向けて進んでいる。

 このまま進めばじきに中央通りと交わることになる。


「まずはエリコの所だ。その後の事はそこで話すが、まあ単純だ」


「エリコって言われても、会ったことのない人を分からないんだけど」


「儂と兄さんと出会った解体場の親父さんさ。それならば理解できるかね?」


「ああ。あの人がエリコさんだったんだ。ということは……」


 中央通りに差し掛かっても直進し続ける訳だ。

 このまま西門から街の外に出て廃墟の森に向かうのだろう。

 解体場に行くということは、連れ出された用件は肉絡みのことか。

 ああ、ついに俺も解体されて市場に並ぶことになるのか――というアホな考えが一瞬だけオルタの頭をよぎる。


 当然そんなことはあり得ない。

 あそこで人間を解体しているならば、恐ろしい噂の一つや二つ伝え聞いてもいいはずだ。

 『恐怖――市場に並ぶ人肉――』なんてね。


 普通に考えて家畜や野生動物を解体するための場所だ。

 そこで解体すべき動物を、恐らくはこれから狩ることになるのだろう。


「大体オルタの想像通りだろうが、狩りをしに行く。詳しい手法は集めた人と一緒に説明するから、その時にな」


「なるほど。狩りをするのはいいんだけど、一体何のために?」


「それは儂の責任でもあるのだが、予定していた量の肉を仕入れられなくなってしまってな。その補填のために森の動物を獲ろうという話さ」


 仕入れられなくなった理由とはなんだろうか、とオルタは思った。

 しかしわざわざ聞くほどの興味は持てなかった。

 オルタの頭はまだ寝起きのため、そこまで気を回そうとは思わないのである。


「またヘラジカと戦う羽目になるのか……」


「安心しろ。あんなもの今の時期にそう何頭も獲れるものじゃあない。本気でヤるんなら河を渡る必要がある。狩りのメインは小動物だよ」


 不安げな顔をしたオルタに対して、ビスタは慰めともいえる言葉をかける。


 自然と街の北側を守る役目を担う河だけに、それを渡るのは骨が折れる作業だ。

 渡し船があるが、それに頼ると金が掛かって仕方がない。

 動物の種類を選ばないのであれば、街の外側に広がっている森や草原で十分だろう。


「そっか、小型の鹿とか猪とかもいるからそれを獲ればいいのか」


「そいつらは小動物とは言わんよ。俺は兎とか鳥とかのことを言っている」


「儂としては猪は大歓迎なんだがのう。時間がかかる割に確実性が低いから仕方なしじゃ」


 カルニは小動物なら確実性が高いとでも言いたげな風である。


「猪は午後に正式に人を出すから、それで獲れれば御の字だろう。ついでに罠も仕掛けさせることにしている」


「そうなんだ……ということは午後からきちんと狩りをするんだよね。なら、別に夜明けを前にして今行動しなくても良いのでは?」


 オルタは父の言葉に疑問を持った。

 どうやって人を手当するのかではなく、なぜそれを待たずに性急に事を急ぐのかについて。


「それは俺達が朝の早い時間帯に肉を確保出来なければ、午後からのパーティーに並ぶ肉が無いことになるからさ」


 パーティーとはノーチェの家でやる壮行会のことだろう。

 そこで出される料理に肉が無いというのは寂しい。しかしだ。


「俺はそのパーティーの主役の一人のはずでは……」


 パーティーはオルタ達四人が主役となる。

 その準備に汗水たらして働くのはおかしいと思うのは当然だろう。


「殺風景なテーブルを見て悲しむ女の子の顔を見たくは無いだろう。男とはそういうものだ」


 オルタの背中をポンとビスタが叩く。


「まあパーティーが安く上がると皆喜ぶことになるんだ。分かるね?」


「でもそれ、狩りに成功した時の話だよね?」


 鳥を狩ればいいのだから何も獲れないということはない、しかし兎を簡単に獲れるものだろうか?

 オルタの頭の算盤では、狩りの成功率を計算出来ないでいた。


「兄さん、儂がどれだけの間ビスタさんと手を組んでいるとお思いかね?」


「我に秘策あり、という訳だよ」


 そんな不安なオルタを安心させるためか、大人二人は大きな口を叩く。


 西門をくぐり抜け、廃墟の森をしばらく馬車に揺られていると解体場に着いた。

 そこでは解体場のオジさんが、待ち構えているように迎えてくれた。

 朝も早くからご苦労様だと思うが、既に準備を始めているようである。


 小僧の姿が見えないと思っていたら、遅れて小屋の中から出てきてオジさんの隣に立つ。

 その顔は眠気に負けており、気を抜く度に立ったまま眠りに落ちるのかしてオジさんに寄りかかることがある。


「時間通りとはお前らしいな。バー……」


「ああ。準備の方はどうだ? 人は集められそうか、エリコ?」


 ビスタは何かいいかけたエリコの言葉を遮るように、準備状況を気にする。


「ああ、それは問題ない」


「なら良かった。今まできちんと紹介出来ていなかったが、こいつが俺の息子だ。既に顔見知りなのは知っているが一応な」


 オルタが父が遮ったエリコの言葉の先を考えようとしていた矢先、当の父に背中を押される。


「なるほど。どうりでヘラジカなんてでかい獲物を持って来れる訳だ。あの時は名乗りもしなかったが、俺がエリコだ。この森では『千切り』と渾名されている。そっちで呼ばれることが多いな」


 エリコは上から下までオルタの姿を確認し、右手を差し出してくる。

 オルタも右手を差し出して、エリコと握手をする。

 その右掌は父とは違いとても分厚い。

 基本的にオルタと一緒で体つきは貧弱で、体重も軽い。


「ビスタの息子のオルタです。渾名は特にないですが、よく無能野郎って呼ばれています」


「無能? やはり魔法は使えんか。あんなもの使わない方がよっぽど真っ当に戦えるのだから、必要ないと思うがね」


 エリコの言うことは持論なのか、それともただの慰めなのか判断がつきにくい。

 魔法を使わずに武器のみで戦うことは、士族同士の戦いで禁忌とされている。

 しかしそれをやっていたのがこのエリコだ。

 その異端ぶりが過ぎて『千切り』と渾名され、また士族の社会を追放されたと父から聞いている。


「生きていく上では問題ないと思っていますが、軍隊には入れないので来年からは仕事が有りませんよ」


「むう……それに関しては俺よりビスタの方が悪いから仕方がない。それに軍隊なんぞ入らんでも金はいくらでも稼げる」


 エリコは左目だけを瞑る。ウィンクのつもりなのだろうが、顔面の筋肉が引き攣っている。


「それって、稼ぎ過ぎたら駄目なやつですよね?」


「俺と違って追放まではされんよ」


「アガリの半分を元老院に入れりゃあ良いんだよ。過少申告してな。大分と人が集まってきたからそろそろ始めるぞ」


 そう言ってビスタがパンパンと手を鳴らして人々の注意を引きつける。


 オルタは父の口からサラリと告げられた事実により、また一つ父の悪事を知ることとなった。

 どれほどの悪事をこれまでに積み重ねてきているのか、これ以上知ることがとても恐ろしくなってくる。

 それを感じないように、父がこれから集まってきた人々に向けてするであろう説明に集中することにした。

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