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第11話

 オルタが確かめると、岩に干されていた服は既に乾き始めていた。


「なんか速くないか?」


「すぐに乾くって言ったでしょう。岩の表面を暖めているの」


 オルタが岩に手を触れると、温かいというより熱いという感じであった。

 日光による加熱だけでこうなるだろうか。


「確かに熱いな」


「よく触って平気でいられるわね。かなりの熱さになってると思うんだけど」


 呆れた顔でアッラが言った。


「何かしたのか?」


「火の精霊の力で熱しているの。もう還ってもらうけれど」


 そう言って聞き取れない言葉をアッラが呟く。

 これで精霊には還ってもらったようだ。


「もう大丈夫そうだな」


 少し湿り気が残っているが、これくらいであれば着ているうちに乾くと判断してオルタを服を着る。


「ちょっと早いんじゃないかな。大丈夫そう?」


「大丈夫、大丈夫。問題ない」


 少しだけ心配そうな顔を向けたアッラにオルタは応える。


 さて、これからどうしようか。

 解体場に戻ってもいいが、まだここにいてもいいだろう。

 あれだけの肉の解体がすぐに終わるとは思えない。


 時間に余裕があり、回りに誰もいない状況。

 それは話を出来る環境が整っていると判断していいだろう。

 今なら聞いても大丈夫な気がすると、オルタは決心した。


「聞いちゃいけないことかもしれないから、無理に答えてくれなくていいんだけど」


 不意に切り出したオルタの一言に対して、アッラがビクンとする。

 逆毛立ち起き上がった尻尾はすぐに下に垂れ下がる。

 それは心の動揺を悟られまいとする動きのように見える。


「どうしてアッラはあんなところで一人で生活しているんだい? いや……どれくらい生きていく気があってあそこで寝泊まりしているの?」


 出会ったときは只のぐーたら娘だとばかり思っていた。

 働かないからご飯を食べられないのだと。

 しかしそうではないことは昨日の会話から明白だ。


 アッラは幾ばくかのお金を所持している。

 それが食料を手に入れるには十分な金額であることは推し量れる。

 だからこそ何も食べない日があることをオルタは信じられない。


 何のためのお金であり、何故それほどまでにお金を溜めていたのか。

 それは自分の命を天秤に掛けてまでしなければならないことなのか。


「そうね、少しは答えないといけないのかもね」


 少しの間を置いてアッラが口を開いた。


「纏まったお金を持っている理由からでいいかな。それはラッパを修理するために貯めていたということ」


 壊れているラッパの修理のためのお金。

 納得いく理由ではあるが、それは命を天秤に掛けてまですることだろうか?


「本当はお金を貯めるために働いて、それを継続するためにもちゃんと食事を取って、といいうのが正しい行動だと思うわ。でもね、情熱というのは下らない理由で熱くなって、時の経過で冷えていくものなの」


 前半は真っ当な理論。

 後半は何に対する話だ?

  オルタには分からないが、語るアッラを止めてまで聞く必要は今はない。


「最初はそうしなきゃと思っていたことが、段々と本当にしなきゃならないことなのか分からなくなっていく。貯金をすることもそう。食べていくこともそう。今の私は何でも中途半端」


 アッラは手を胸に当て、空を見上げる。


「大切な人達と別れて傷ついて。ただ時の流れに身をまかせて朽ちていくだけ。壊れた魔法機械(アーティファクト)みたいに」


 遠い過去の遺物である魔法機械(アーティファクト)を修理できる技術者はいない。

 壊れれば捨てられるだけだ。その境遇を自分に重ねたのだろう。


「だけどキミに出会えたことでまた前を向いて動き出そうかな、って。そう思えるようになったから。キミにね、聴いてもらいたいんだよラッパの本当の音を。私がキミにしてあげられることなんて、それぐらいしか無いと思う。だから、修理するお金を稼ぐためにキミに協力して貰ったんだ」


 自分のためにお金を稼ぐ行為をした。

 涙で瞳を潤和せて語るアッラの姿は、オルタの心を動かすには十分だった。

 理由が分かっただけで、アッラとの距離が縮まった気がした。


「そうだったのか。お金は必要な額になりそうなのか? 足りないならまた狩りに行かないとだな」


 ヘラジカ一頭分の肉を売り払うことで得られる金額は、莫大なものになるとオルタは考えていた。

 買い叩かれても量が量だからだ。


「流石にアレだけの獲物だよ。十分過ぎるよ。お金を受け取ったら楽器屋に行って修理する。だから、そう遠くないうちに聴かせてあげられると思う」


 こぼれ落ちた涙を手で拭いながら、アッラが言った。


「よろしく頼むよ」


「ゴメン。ちょっと顔を洗わせて。なんか、涙が止まらないんだ。久しぶりに人と分かり合えたって思うと、ついね」


 アッラは河の水を掬い、顔をバシャバシャと洗う。

 そしてしばらく放心したかのように静かに遠くを、対岸を見つめていた。

 その姿は何かに決心を付けたようにオルタには思えた。


「よし、じゃあ行こうか。親父さんが呼んだ肉屋も来ているころだろう」


「うん。そうしよう」


 オルタの呼びかけにアッラが応え、二人は解体場へと向かった。


 解体場では肉屋と思しき人達が数人、ヘラジカの肉を切り分けながら馬車へと積み込んでいた。

 量が多いと作業も時間が掛かるだろう。


「親父さん、どの人が肉屋の偉いさんなんだい?」


 アッラが解体場のオジさんに問いかけた。

 お金を払ってくれる人を知りたいのだろう。


「帰ってきたか嬢ちゃん。丁度今積み込み始めた所だ。支払いのことだろう。肉屋! 依頼主が来たぞ」


「ああ、今行く」


 一番恰幅が良く年嵩がいった男が、馬車から離れオルタ達のところへと歩いてくる。


「あの人がそうなのか」


「そうみたいだね。お金持っていそうだ」


「兄さん、とんでもない物を獲ってきたねぇ。この時期にヘラジカなんて滅多に見たことがないよ。今回は勉強させてもらうよ」


 肉屋はオルタに話かけてきた。


「……ああ、違う違う。肉を売りたいのは俺じゃなくて、こっちの彼女なんだ」


 オルタは肉屋が勘違いしている事に気づき、アッラを前に出す。


「彼女の方か。すまない。てっきり兄さんの方かと思ってしまった」


 肉屋が訂正し、アッラに謝罪する。


「いいって。気にしないで。それよりもお金の方はどれくらいになるのかな?」


「これくらいでどうだろうか。少し不満があるかもしれないが、これだけの量を街に出すと相場が崩れることも見越さないといけなくてね」


 そう言って肉屋がテーブルに広げたお金は、紙幣の束の数だけを見ても目を見張る額だった。

 この額に不満を言うことはアッラはしないだろう。案の定、目を輝かせている。


「うひゃー。凄い額だね。こんな大金初めて見たよ」


「ちょっと待ってアッラ。肉屋のオジさん、相場が崩れるっていうのはどういうことなんですか?」


 オルタはアッラを静止して、肉屋の言葉の意味を確かめることにした。


「ああ、説明を端折ってしまったな。要は予定外に過剰な肉を市場に並べることになるので、受容と供給のバランスが崩れる訳だ。他の店はいつものように肉を売っているし、儂の商店も他の肉を既に並べているわけだしね。」


「値下げをしないと全てを捌けないってことですね」


「その可能性がある、ということだな。売れ残りは加工に回せばいいから、直接値段を下げることはしないがね。生肉と加工品じゃ利益に差が出るものなのだ。この額は確実に儲けを出せる額とみている」


「俺は納得しました。けど気になるのは、あなたの言い値でそのまま買い取れるんじゃないんですか?」


 肉屋と解体場のオジさんが目を見合わせる。

 その顔からは驚きの表情が読み取れる。

 何か間違ったことを喋ってしまったのだろうか。


 他に売り捌く伝手がないアッラは、本人の意志とは無関係にこの額を受け入れざるを得ないだろう。

 それに対して不満を持つなと態々言う必要はない。


「キミは……街の人間か。だったらその考えを持っても仕方ないな。亜人は市場の商人に対して値段の交渉ができない。そのことを聞きたいのだろう」


 肉屋はオルタに質問の意図を確認する。

 マセドナには共和国市民でないものが商売をしてはならないという法律がある。

 そのため亜人などは市場で商品の値段を交渉することは出来ない。

 商人の言い値で売買しなければ罰せられることになる。


 外国の商人は共和国市民ではないので、正直に適応すればこの法律により罰せられる事になる。

 そのため彼らは事前に許可を得る事になっている。


「ええ、そのことです。買い叩こうと思えば買い叩けるんじゃないんですか? アッラはあなたに売る以外に肉を捌く方法が無いわけですし」


「少年、キミは大事なことを分かっていない。いや、知る由もないか。その共和国での商売のルールが通用するのは、城壁の中だけだ。この森では全く通じない。ここでは皆が対等だ」


 解体場のオジさんがオルタに言って聞かせる。


「人も亜人も区別なく? いや、身分の差なんてないのか」


 オルタは二人の言いたいことを理解した。


「ああ。士族も市民も市民でないものも一緒くたに同等。この森だけは共和国の法律が通じない治外法権だ」


「だからきちんと偽り隠さず商売をする。相手へ不利を押し付けると良くない結果に繋がることもあるからな」


 肉屋は指で首を切り落とすサインをする。

 命に関わるということか。


「殆どの商人はここでの取引なんてやらないけどね。街で私達みたいなのが売りに来るのを買い叩くだけ。この人が今日ここまで来たのは大きな儲けに繋がるからってこと。この森で取引されている品物の多くは出処の怪しい品よ」


 アッラが割って入って追加で説明してくれた。


「怪しい品って盗品?」


 街で扱えない品物、つまりは非合法な品物。

 その多くは盗品のように表立って売ることが難しいものだ。


「そう、泥棒市。泥棒に入られたらここに来れば取り返せるかもよ。お金は掛かるけど。肉屋のオジさん悪いね、長々と話をしちゃって。お金はこれでいいよ。これより積まれても扱えないもの」


 オルタの目には今ですら十分以上の大金であり、扱いに困るように見える。

 アッラに必要な金額はこれほどの額なのだろうか。


「それじゃあ儂らはこれで戻らせてもらうよ。またいい肉が出たら連絡してくれ」


 馬車に肉を積み込み終えた肉屋はそう言い残し、颯爽と街の方角へと去っていった。


「ようやく一仕事終わったって感じだねぇー」


 アッラは大きく伸びをして欠伸をする。


「そうだな。昼を食べたくなってきたよ」


 朝に二人でパンを食べてから大分時間が立っており、オルタはものすごくお腹を空かせていた。


「そろそろアレも食べられるんじゃないかな? オジさん、お皿とかは用意できるんだったよね?」


 アレとは先程から大きな鍋で煮込まれている、ヘラジカの内蔵のことだ。

 肉屋が引き取らなかった肉の余りも入っていることだろう。

 他に何を入れたらこの匂いになるのかは想像がつかないが、食欲がそそられる匂いをしている。


「小屋の中に十人分はあるから、全部持ってきてくれ。足りない分は自分のやつを持ってくるだろう」


 解体場のオジさんの言葉に従い、アッラは小屋の中から木製の器を何枚か持ってくる。

 アッラが持てない分は小僧が持ってきた。


 それを見てオジさんはまた角笛を吹く。

 休憩開始の合図だろうか。

 最初に人を集めたときとは違う音がした。

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