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10-4


 土井先生は自称仲良しだという二人を呆れた目をして交互に見やり、苦笑して四組の先生に向き合った。


「だそうですけど、夷原えびすはら先生。どうします?」

「ぼ、僕としましては」


 まだ二十代である土井先生よりも一回りは歳上である夷原先生――生徒らからはエビセンの愛称で親しまれている――は気ぜわしくキョロキョロと視線を泳がし、困ったように白いものが混じりかけた頭をボリボリ掻いた。


「北川君はクラスのムードメーカー的存在で悪い子じゃありませんし、遅刻は多いですけれど。それに松田君は一生懸命部活に励んでいる姿も知っていますし、今回の件だけで厳しく罰するのは可哀想かと」

「え?」

「え? 罰?」


 エビセン――夷原先生はますます困った顔になり、ポケットから慌ててハンカチを取り出すと、額に浮かんだ汗の粒を拭った。土井先生が呆れたように息を吐き、ゆっくり椅子の背もたれに体を預けた。ギイという耳障りな音がする。


「停学に決まってんでしょうが。当然松田は次の大会は謹慎、北川は文化祭ライブへの出場はなし」


 またも二人は見事なシンクロをみせた。はああああ? という絶叫ののちそれぞれ自分の担任先生の顔を至近距離で覗き込み、「それは困る!」と叫んだ。


「けど二人とも本当のこと言わないじゃない? 仲良さそうにも見えないし」

「は、何言ってんですか。俺ら中学んときからすげー仲良くて」

「ボクのトモダチは松田くんだけっすよ」

「親友っていうか」

「ソウルメイトっていうか」

「「そんな俺オレたちが喧嘩なんかするわけないじゃないっすか」」


 夷原先生はやはり困ったように、背筋をきちんと伸ばした正しい姿勢で目をパチパチしばたたかせ、土井先生は無造作な黒髪(しかし生徒らはその髪型が綿密にセットされていることを知っている)をガシガシ乱暴に掻いたあと、目元を覆い、ハーと長く長くため息をついた。


「わかった。今回だけ、君たち二人の言い分を信じよう。次はないからな」

「あざっす! さすが土井先生」

「さすがエビセ……エビスハラ先生! 尊敬してるっす!」

「尊敬してるっす!」


 二人はわいのわいのと騒ぎ立てたが、土井先生はそれを制するように「ただし」と鋭く言った。


「テスト前一週間を切りましたが、先生たちは大っ変、忙しい。君たちには毎日お手伝いをして貰おうかな」

「はあー? なんで俺が!」

「オレだってめちゃめちゃ忙しいっすよ!」


 ほう? 土井先生の目が光る。


「今回の件、まだ片付いたわけじゃないことには気づいてないかな? 松田は先生のフォローなしに中田先生にちゃんと納得して貰えるのかなその怪我の件? 北川もただでさえ普段悪目立ちしちゃってんのに風紀委員の先生にきちんと説明できるのかな?」けっきょく二人とも謹慎かな?

「いやいや、はは、やらせてください。先生」

「ボクたちは先生たちのしもべです」

「わかればよろしい」


 そんなこんなで二人が職員室から放免されたのは、予鈴10分前のことだった。腹が減りすぎてお互いムカムカが止まらない二人だった。




 ☆




 学生かばんに手を突っ込んだあとで、今日は弁当を持参していなかったことに気づき、真夜はカバンを机に叩きつけたくなった。それに教室に入ってからこの身にまとわりつく不快な視線。先ほどまでの一連のやりとり+空腹も相まって、真夜の機嫌の悪さは難なく最高レベルに達していた。

 思い出すだけで吐き気がする。どうして俺があんな知能の低い野蛮猿と肩を組んだり仲良さげに振舞ったりしなくちゃならないんだっ! 気を張っていないとところかまわず咆哮したいくらいには怒り心頭なのだった。


「シンヤ!」


 サッカー部の仲間たちが集まってくる。


「お前、朝日ちゃんと別れたんだって? いつのまに」

「え、マジで別れたの? なんで? あんなに仲良かったじゃん」

「けどさー、さっき北川言ってたらしいよ。4組のあたり、や、もう学年全体でめっちゃ騒ぎになってんぜ」


 しばらくはだんまりを決めこもうと決めたその次の一瞬に、決意はあえなく白紙に戻る。


「今北川と付き合ってるらしいじゃん」


 怒りの底は知れない。


「え、何? 取られたってこと?」

「あいつがそんなことすっかな?」

「……んな」

「ん? シンヤ?」

「ふッ……ざけんなよバカトサカ頭ァァッ」


 怒りに任せ、真夜は自分の机を力いっぱい蹴飛ばした。普段長く過酷な練習時間のほとんどを走って過ごしているサッカー部の脚力たるや、それはすごい。吹き飛ばされるようにして倒れた机は派手な音を立てながら周囲の机や椅子らを巻き込み、教室じゅうに響き渡るほどの大きな騒音となった。真夜の前後四方の席に誰も座っていなかったおかげで怪我人がでなかったことだけが幸いだった。しかし真夜の行動は、教室じゅうのクラスメイトらを黙らせ、一斉の視線を集めるには十分すぎるほど派手なものだった。


「え、ちょ」

「別れてねえし!」

「シンヤ?」

「あいつマジぶッ殺す!」


 突然の暴挙に彼の後ろで竦んでいたチームメイトらの方へ振り返り、身振り手振りを加え、真夜はなおも吠えた。


「俺らはただケンカ中なだけ! その隙にあいつがバンドがどうとかってちょっかいかけてるだけだっつの!」


 煮えたぎる感情のまま口を勢いよく飛び出した言葉らはまったくのでまかせにしか過ぎなかったが、自分の怒鳴り声が自分の耳に入ると同時、真夜にはそれが真実のように感じられた。そして真実として胸に止め、脳が認識し、さらに怒りは大きく膨らんだ。嘘を吐くことになんら違和感も後ろめたさも感じない程に、真夜の怒りは底が見えなかった。目の前が真っ赤になって周囲が、どころかまるで知らない人を見るような、半ば怯えたように自分を見ている仲間たちの姿さえ、血走った真夜の目には映ってはいなかった。


 ――感謝してんだよね、松田くんには。


 昨夜の北川くんの言葉がすぐ耳元で囁かれるようだった。いつのまにか真夜は肩で息をしている。沸騰前の鍋の底から次々に大粒の気泡が沸き起こるように、 負の感情はどんどんその水面へせりあがってくる。


 ――朝日ちゃんを手放してくれてありがと。


 お前のためじゃねえよ。


 ――ホントは内心悔しくてたまんねーんじゃないの?


 そうだよ。そのとおりだよ。ああ、認めてやるよ。悔しくてたまんねえよ。ずっと隠してきたんだ。お前がずっと、あいつを見ていたことを知っていたから。お前の目が届かないように。お前の手が触れられないように。

 なのに、


 ――よりにもよって、オレに。


 前言撤回だと真夜は思った。「ただ都合がよかっただけの存在だし、あいつは」

 嘘だよそんなの。別にもう好きとかそんなんじゃねえ。ヨリ戻したいってわけでもねえ。

 けど、

 真夜は自分より数メートル先で倒れたままになっていた机に向き直り、大股に足を繰り出した。部活の仲間たちもクラスメイトらも、周囲はただ遠巻きになって、まるで獰猛な獣から身を隠すようにして息を潜めている。


「おめェにだけはやんねェよッ!」


 慟哭するようにして叫び、再び机を蹴り上げた。それから息もつかず、机や椅子の崩れた一角に落ちていた鞄を拾うと真夜は乱暴な足どりで教室を出ていった。




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