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10-3




「痺れるわあ北川くん……情熱的……」

「痺れないで。最低のナルシズムなんだけど」


 まだ付き合いが浅いなかでもしだいに、彼の性格は見え始めていた。状況に酔いやすいのだ。キザというか、ドラマ体質というか、とにかくすぐに自分に酔って血迷ったことを言う。この一ヶ月ほどどれだけこの北川劇場ちゃばんによって練習が中断されたか。


「あの人が血迷ってわけのわかんないこと口走るからこんな目に遭ってんのに」

「すてきじゃない。とことん付き合っちゃう。まあね、よりにもよって1組に近い下足でっちゃったってところが不運だったわね。おんなじクラスってことでうちの組、松田贔屓が多いもん。女子たち怒髪天だわよ。ぜったい北川くんのがすてきなのに!」

「勘弁してほしい……」とたんに食欲が失せる。わたしはガックリと肩を落とした。「関係ないじゃん……もう別れたのに」

「だからそれをね、早く釈明しないとってば」

「でもどうすれば……」

「全校集会をおこなうか」

「冗談やめてよっ! てかめぐちゃんさ、ぜったいたのしんでるよね?」

「そんなわけないじゃないあたしたちともだちでしょ」

「はい、棒読み」


 何を隠そうこの親友さまは、ゴシップごとが大好物なのだもの。


「嘘うそ、あたしも何か聞かれたときにはさ、ちゃんと否定しとくから。松田のことも、北川くんのこともね。残念だけど」

「ハッキリ言ったね今、残念だって」


 五時間目の予鈴が鳴って、わたしたちはお弁当を片付け、立ちあがった。


「けど事実は違ってるんだからさ、すぐに収束するよ」


 あんたは一人じゃないんだから。なんだかんだいってもやさしいめぐちゃんの言葉には泣かせられる。だといいけど。上靴のつまさきを眺めながら、わたしは言った。この子(上靴)とも、いつ突然の別れが来るやも知れない。荷物は増えるけれど、今日から毎日持って帰るか……。


「これ以上状況が悪化しないことを祈るよ」

「大丈夫でしょ。あんまり悲観するなって」


 しかしわたしたちは状況を甘く見すぎていた、というのはこの時点からたった10分後にはもう、判明する。






「北川くんっ! 杉村さんとはホントになんでもないの⁉︎」

「誰とも付き合わないって言ってたのにいー」

「彼女つくっちゃやだよーっ。北川くんはみんなの北川くんだよねっ」


 午前中は自分たちの話題で持ちきりで、北川くんは上機嫌だった。

 クラスも学年の垣根も関係なく、北川くんは常にたくさんの生徒らに囲まれていた。女子が多かったが、野次馬根性まるだし男子らの姿も少なくはなかった。それに北川くんが真夜と犬猿の仲であることは、彼らと同中学校出身の友人らを中心によく知られたことだったから、男子たちとしてはなおさら面白おかしいトピックでしかなかったのだった。休憩時間のたびに彼のもとに押し寄せては、新しい情報を手に入れるために余念がない。


「てかお前ら仲悪いの知ってたけどさー、何も女取り合わなくたっていーじゃん」

「正直どーなの? シンヤの女だからって構ってない?」

「は? そんなわけないじゃん。朝日ちゃんは最高だよ。オレもーメロメロだもん」


 わざと“しな”をつくり、北川くんはおどけてみせる。女子から悲鳴があがった。チラッと彼女の席に目をやるが朝日の姿はなかった。ホームルーム前から休憩時間のたびに繰り返される詰問につぐ詰問に、とうとうねをあげてしまったらしい。あとで慰めてあげなくちゃと機嫌よく北川くんは考えた。きっとどこかでしょんぼりしているのに違いない。


「てかお前らの関係どーなんってんだよ。バンド始めたんだって? マジで付き合ってるわけ?」

「シンヤは杉村さんと別れたの?」

「そ。とっくの昔に別れたくせにさー、いつまでも彼氏ヅラしてんなっつの」

「え⁉︎ 二人別れたの⁉︎」


 それまでてんでに憤り、こわい顔をしていた女の子たちがワッと集まってきた。


「うそッ! そんなの聞いてない!」

「おいおいお前ら北川のことが好きだったんじゃねーのかよ。イケてたら誰でもいーのかよ」

「そんなんじゃないっつの。黙ってて」

「杉村さん、そんなことひとことも言ってなかったもん!」

「ホントに別れたのー?」


 訝しげな顔でいる女子たちに、北川くんはがぜんムキになってしまう。


「ホントだって。フラれたくせにいつまでも未練たらしくさー。俺のオンナとか言っちゃうんだぜ。あんなロクデナシ、ホント別れて正解だって。気をつけたほうがいーよ。すっげー性格悪りーんだから」

「えーっ、ホントかなあ」

「その点オレは一途だし浮気なんかしないし。彼女は絶対泣かせない」

「それマジでー? けど北川くんモテるじゃんー?」

「ちょう浮気しそー。見た目もハデだしさー」

「松田くんって冷たそうだけど、彼女にはすごくやさしそうー」


 真夜を貶めようとしたらなぜだか自分が槍玉にあげられてしまい、北川くんはむくれた。フォローしようとすればするほど立場が悪くなってゆくのだ。腑に落ちなかった。

 教室の後ろ扉がガラガラ開いて、反射的にみんながいっせいにそちらを見た。


「おーい北川。職員室にちょっと集合」一組の担任だった。

「え、何土井ちゃん。オレ今から昼飯なんすけど」

「土井ちゃん言うな。すぐ終わるから。お前たちが正直に話してくれたらな」


 お前たち? と誰かが言って、それと時同じくして、北川くんは年若い国語教師のうしろに天敵の姿を認めた。そいつの口もとがはっきり赤黒く腫れているのに気づき、チッと舌打ちしてしまいそうになる。


「仲良く怪我させてるお前たちに聞きたいことがあります。まあすぐ終わるからさ。今から一緒に来てよ」


 北川くんの機嫌がジェットコースターよろしく急下降したことは、言うまでもない。




 ☆




「えー。もう一度聞くけど。まず松田? その怪我どうしたって?」


 真夜はうしろで腕を組み、やすめの姿勢で窓の外の空を見上げるように目線をはるか後方にやり、落ち着いて答えた。昨晩帰宅後すぐ、両親にも同じ理由で説明しているためすらすら淀みなく嘘が口をついてでる。


「昨日帰りに商店街のとこで喧嘩してる奴らがいたんで、止めに入ったら逆に殴られました」

「あくまでお前が揉めた訳じゃないって言い張るんだね?」

「はい」

「中田先生にも同じように言えるね?」


 その名前が耳に入ると同時、ほとんど反射的に真夜の口がピタリと閉ざされる。

 中田先生とは、練習の厳しさゆえに我が校の生徒らから「軍隊」との呼び声高いサッカー部を統べる監督先生の名前である。サッカー部員たち全員にとっては鬼教官である彼に背くことなど、それこそ軍を逃亡したのと同等に重い罪であった。切腹ものである。

 土井先生はもう一度、「中田先生」というところに強くアクセントを置き、同じ言葉を繰り返した。


「中田先生にも同じように言えるね?」

「言えるっす」


 今度はなんとか間を置くことなく、返事することに成功する。

 やはりあっさり解決、とはいかないようである。土井先生はやれやれといった風に肩をすくめ、チラリと自分の隣で先ほどから心配そうに真夜と自分のクラスの生徒である北川くんとを見比べてはオロオロしている、気の弱い4組の担任先生を見やり、ため息をついた。


「次、北川。その手、どうしたって?」

「電柱殴りました」

「ほう、電柱を。人じゃないんだ?」

「違うっす」

「殴ったことは認めるんだな?」


 北川くんは一瞬「しまった!」という顔をしかけたが、そのリアクションがまたまずいということに次の一秒で気づいたらしい。すぐに顔をニュートラルに戻し、明後日の方向へ視線をやった。


「つまり。お前たちは片や手を痛め、片や頰を腫らしっていうこのわかりやすい状況にいながら、互いに互いの怪我は無関係だってそう、言い張るんだな?」

「そうっす」

「はいっす」

「こないだもお前たち二人が廊下でぶつかりあってるところを、先生は見てるんだけども」


 ちょうど一ヶ月くらい前の話だ。真夜はあの日、この馬鹿赤頭が大声で朝日の名前を叫びながら彼女を追う姿を思い出し、眉間のシワを深めた。北川くんも北川くんで、真夜が二人の仲を邪魔するように廊下の真ん中へ立ちはだかった姿が脳裏によぎり、小さく舌打ちしてしまう。


「ちょっとした口論っす」

「一方的に突っかかってこられたんでイラっとしただけっす」


 ギロリと真夜は北川くんを睨んだ。


「ほら、ほら。仲悪い。そんな二人がその怪我だろ? それに今日は朝からなんだあの騒ぎは、北川? がむしゃらに恋愛することを悪いとは言わないけども、もうちょっとTPOを考えようか。テスト前で勉強に集中したい人たちだってたくさんいるんだからね。先生今日はいっぱい苦情聞いてます。なんてったってここは学校ですからね。はい、話聞いてねーな北川。TPO。なんの略でしょう」


 今関係ねーじゃないっすか。北川くんはうろたえる。その様子を盗み見、ほくそえんでいる真夜のことも目ざといこの担任はすぐに見咎める。


「お前もだぞ、松田。大会前にその怪我はまずいんじゃないのか? お前の言ってることが事実だったとしても、お前たちのその仲の悪さを目の当たりにしたらちょっと、庇ってやれないよ。あいにく今日は中田先生が別の学校に行ってらっしゃるけど、どうしようかな。このままじゃ埒があかないから、ちょっと電話で相談してみようか。中田先生の前だったら素直になれるっていうなら仕方がないな。大事な部員に怪我を負わせたって知れたら北川だってタダでは済まないだろうなー」

「は、土井ちゃ……土井先生何言っちゃってんですか」

「オレら……ぼ、ボクたちすっげー仲良しっすよ。なんたって同中ですし!」


 二人は非常に息のあった動作でガッシと肩を組み合った。初めて二人の意見が一致しあった奇跡の瞬間だった。




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