8 ことば、ことば、ことば
「で、何が聞きたいの? 言っとくけどオレ別にシェイクスピア研究者とかじゃないからね? 専攻も英文とかじゃないと思うし、ただの演劇好きの学生」
ユカからは少しはなれた場所にある階段の上に足を放るように座ると、ハムレット先輩は問いかけた。
この幽霊はまだ自分が学生であるかのように語る。ユカはその事で少し切なくなった。本当はもう、彼は学生ではないのだ。
ちらりとかすめた気持ちを振り払うと、ユカは意識して明るい声を出す。
「何学部だったんですか?」
「それは覚えてない」
なんだそれは。とユカは脱力しかける。
「でも、この夏はじめて“ハムレット”という単語を知ったあたしよりは詳しいはずですよね。演じるなら役にも通じてないと」
「はいはい。で、どこまで話を把握してる? ちょっと話してみなよ」
「そうですねえ……」
ユカは自分の中での認識を整理するためにも、一番最初から語る事にする。
「えー、まず、デンマークにハムレットという王子がいて、死んだ父の幽霊に言われて、父のカタキ討ちを決意します。そのカタキが、自分の兄を殺して王位と王妃を手に入れたハムレット王子の叔父、クローディアス。ハムレット王子は、クローディアスが本当に父を殺したのかを探るために、正気をなくしたふりをします」
この辺りはユカもばっちりだ。ハムレット王子が、どのような理由でもって行動をはじめるか。
自分のための行動ではない。亡き父親のために立ち上がったのだ。もちろん、ハムレット自身も王族の一人として、父親を不当に殺された息子として、血ぬられたやり方で王位を継いだ男を許す事は出来なかっただろう。
「ハムレットはちょうど恋人のオフィーリアにフラレたばっかりだったので、恋に破れてヤケになってる風でいきます。で、そのノリのまま元カノのオフィーリアとかお母さんのガートルードにきつくあたる。ついでに隠れてハムレット母子の様子を見ていたポローニアスも殺しちゃいます。でもこれはカタキのクローディアスが隠れてるのと勘違いしたからです」
話す間はステージから見える座席上を見下ろしていたユカだが、ちらりとハムレット先輩の幽霊を一瞥する。彼はユカの話す内容に苦情を言いたがる顔はしていなかったので、彼女は安心する。
中盤までのハムレットはまるでスマートではない。人間らしいというのか。
なかなか敵討ちを出来ないかと思えば、気持ちがたかぶって“今ならやれる!”と相手の顔の確認もせずに人を一人殺してしまう。
それは王の臣下ポローニアス。クローディアスに忠実で、王家の事にあれやこれやと口を挟む。話が長くてなかなか本題に入らない、息子思いだが留学先の息子の素行調査させたりする、ちょっと面倒くさい男だ。ハムレット王子には、敵の手先扱いされて煙たがられる。
だがこのポローニアスも人間くさいといえば人間くさい。誰だって遠く離れた我が子は心配だし、仕える身なら主のために何でもするだろう。
殺された時も、ポローニアスにしてみれば王妃のガートルードを心配していただけかもしれない。既に常軌を逸していると判断されたハムレットと二人で話す事になったガートルード、そんな彼女を放っておけず声を出してしまったのがポローニアスだ。その声を聞かれ、クローディアスが隠れていると思いこんだハムレットに刺し殺されてしまう。
ポローニアスを肯定的に見るならば、ハムレットは何も殺す事はなかった。
「そんなこんなで、もうハムレットが目障りだからイギリスに送っちゃえ、そこでハムレットを殺してもらおうってクローディアスはたくらみます。とにかくイギリスに行く事になったハムレット。なんだかんだ暗殺からは逃れられたけど」
海路でイギリスに向かう途中、ハムレットの乗った船は海賊船に襲われる。戦いはさけられず、しかしハムレットが王子と知れたために彼だけ海賊に連れられる。殺さずにおいた事で、情けをかけた事に対する“恩返し”を王子からもらえると思ったのだろう。こうしてイギリスにてハムレットを殺そうとしている手のものからは逃れる事が出来た。
ハムレットがデンマークへ戻ろうとしている間に、王宮では事件が起こる。
「それで、なんか知らないけどオフィーリアがおかしくなっちゃって、しかも死んじゃう。水死で」
国王の忠臣の娘であり、かつての王子の恋人であったオフィーリアの、精神崩壊と、死だ。
オフィーリアの変貌に関しては、ユカにとってはあまりにも唐突で、よく分からない。ここをハムレット先輩に聞くつもりだ。
そんなユカの不理解を察してか、幽霊はにやりと笑った。
「留学先から帰って来たレアティーズが、自分の父を殺したのがハムレット王子と知ってめっちゃ怒ります。妹も死んでつらい」
レアティーズは物語の半ばまではデンマークをあけている。帰ってきてみれば、自分の父は死に、妹はあわれな姿となり、果てには死んでしまう。その悲しみを、怒りを、誰にぶつければいいのかと考えてしまったのだろう。そして真実、ぶつけるべき相手は存在した。
「それから……クローディアスと、レアティーズが一緒になってハムレット王子を殺そうと計画します。それが……なんかレアティーズとハムレット二人で剣の試合をすることになります。試合のどさくさにまぎれて殺しちゃおうかなっていう計画です」
いくらか誇張があったとしても、レアティーズの剣術の腕は確かなものだったらしい。それをハムレット暗殺に利用するくらいだ、素人のレベルとは違っただろう。
剣の試合にかこつけて、レアティーズは毒のぬられた剣でもってハムレットを殺す事を決める。念には念を入れ、クローディアスは自分は毒の入った酒の杯を用意すると言う。祝杯だなんだといい、ハムレットに一杯飲ませてやるつもりだった。
「嫌な予感がする、と言いつつも試合をするハムレットは、レアティーズに切りつけられて……えーと、ハムレットも、レアティーズが一度取り落とした毒の剣を拾って、レアティーズに切りつけて、なんかもう試合の場がカオス。ガートルードが、クローディアスが用意したハムレット用の毒入りのお酒を飲んでしまい、倒れる。レアティーズもぶっ倒れて、二人してクローディアスが犯人だって分かるようなこと言い残して、二人とも死んでしまいます。ハムレットはクローディアスをぶっ刺して毒の酒も飲ませてついに復讐を果たす。でも、ハムレットも切りつけられた時、剣の先に毒がぬられてたから、瀕死になって倒れてしまう」
クローディアスとレアティーズの、ハムレット暗殺計画は成功した。だが、そのどちらの身にも死に至るしっぺ返しが訪れる。みずからの策でみずからを失うのだ。
主要な登場人物はこれでみな死んでしまった。
これで話はおしまいだが、最後にハムレット先輩が口を開く。
「ハムレットが親友のホレイショーに、この事を後世に伝えてくれって言って、」
ユカにとって印象の薄いキャラだが、ホレイショーというハムレット王子の臣下であり友人である人物だけは、最後まで生き残った。ハムレットは親友にすべてを託すようにして息絶えた。
先を促すように、ハムレット先輩はユカを見る。
「おしまい」
引き継いで、ユカはハムレット王子の悲劇の物語を終わらせた。
相手の評価をおそれるような表情で、ユカはハムレット先輩をゆっくり振り返る。彼は小さく拍手をして、満足そうな顔を見せた。
(ハムレット読書しながら登場)
ポローニアス ハムレット様、なにをお読みで?
ハムレット ことば、ことば、ことば。
(第二幕 第二場)




