6 役者たちがきたようです
この日は部室内にも役者はいた。塔子は本名を交えて紹介してくれたのに、ユカは役名でしか覚えられなかった。
最初に、ユカは一番近くにいたクローディアス役に引き合わされる。
「悪いやつほどよく眠る、諸悪の根源、クローディアス」
塔子が何かの試合かショーの司会のように役者たちを紹介するのが面白くて、ユカも自分なりの感想でもって合いの手を入れる事にした。
「悪いやつ~」
目の前のクローディアスは、当然ただの若者でピアスがたくさんでチャラそうに見えたものの、ユカにとっては悪役の印象が強い。このクローディアス役の男子もなんだか冷めた目付きでつれなさそうだ。
クローディアスとは、自分の兄を殺し、王冠と王妃を手に入れ、ハムレットが危険だと判断して暗殺を計画した男なのだ。冷めた目付きもぴったりかもしれない。
次はヒゲを生やした王の忠臣だ。
「おしゃべりやられキャラ、ポローニアス」
「やられキャラなのか?」
とユカは疑問になりつつ、ポローニアスを眺めた。このポローニアスはちょっとガタイがよすぎた。口周りと顎を覆うヒゲもあって、なかなか大学生には見えない。
「今、役のためにヒゲ生やしてるの。でもむさ苦しいっていうか柄悪いよね」
ユカは「ひでえ」と口を挟むが、塔子に何を言われても、ポローニアス役の男子はむっつりと黙ったまま。
「まあこんなんでも演技派なのよね」
このポローニアスという役は、王の忠臣でクローディアス側の人間だ。ハムレットの勘違いが元で殺されてしまうのだが、この大学生の見た目はちょっとやそっとじゃ死にそうにない。
次は塔子と仲よく挨拶した女子。メイクが控えめなのかやや地味な印象だが、笑顔に愛嬌がある。
「悲劇のとんでもとばっちり、オフィーリア」
「あー、水死の」
ユカが言うと、オフィーリア役は楽しそうに笑うが、塔子は呆れた顔になる。
「どういう認識だよ」
塔子の紹介の仕方もどうかと思うが。オフィーリアは確かになんにも悪い事をしてないのに死んでしまった。死に方はユカが言った通り水死、溺死だ。
オフィーリアは先ほどのポローニアスの娘だ。ハムレット王子の恋人でもあったのに、父親に身分違いだから諦めろと言われて、そこから転落人生がはじまってしまう。
それから、オフィーリアの兄のところへと行く。
「シスコンだもの、レアティーズ」
だから塔子の紹介はなんなのだ? 友人が軽口好きだと知るはずのユカでも、気にならざるをえない。
レアティーズとオフィーリアは兄妹で、二人ともポローニアスの子供だ。
「お兄さまね」
レアティーズ役はどこか退屈そうな顔をしている。顔立ちはオフィーリア役と似てないのだが一重まぶたなところが一緒だ。
彼こそがクローディアスと一緒になってハムレット暗殺を企んだ男。何しろハムレットには自分の父親ポローニアスを殺されているのだ。レアティーズには復讐を誓う充分な理由はある。
役者めぐりを終え、ユカたちは部室の机に座って、くつろいだ。
基本的に、ハムレットという戯曲は、ハムレットの一家とポローニアスの一家とで登場人物が成り立っているらしい。ハムレットとガートルードは親子だし、クローディアスとは叔父と甥だ。ポローニアスにはレアティーズとオフィーリアという子供がいる。意外と狭い世間だ。
「メイン登場人物はこんな感じかなー」
もちろん他にも重要な役割をする者はまだまだいるが、これだけ分かれば充分だと塔子は言う。
「あと……、亡き王の幽霊役は部長ね。やっぱハムレット役の藤堂さんは来てないのかな……あの人いっつも重役出勤だし」
主役なのになかなか藤堂という人にユカは会えない。なんだかここまで紹介を先伸ばしにされると、ハムレット先輩だけでなくユカですら彼に会いたい気持ちが強くなってしまう。人はなかなか見られないものを貴重がるものだ。
それはさて置き、
「ガートルードは?」
ハムレットの一家の中で、まだガートルード役には出会っていない。
「ああ、あたし」
塔子はさらりと言ってのけた。ユカは反応が遅れた。
「え!」
塔子が入部当初から精力的に演劇に参加していたのは知っていたが、主役の母親ガートルードという重要な役を勝ち取っていたとは初耳だ。
「知らなかったの? もーホント失礼」
塔子は笑顔でデコピンの指を形づくる。
ユカはこれまで、自分の役について語る塔子の話を真面目に聞いていなかったと、今証明してしまった。
デコピンが実際に発射されるのを避けながら、ユカは話を変える。
「あたしの名前フェチ心をくすぐる、ローゼンクランツとギルデンスターンは?」
その名前の響きだけでユカは楽しくなる。世の中には、ある単語に対して一度聞いただけで胸をときめかせる人種がいるのだ。
ローゼンクランツとギルデンスターンはハムレットの家族やなんかと比べるとわき役の部類に入るのかもしれないが、とにかく名前が格好いい。
デコピンを諦めた塔子は目をすがめる。
「いない」
「?!」
「いいこと、ユカ? ハムレットなんて戯曲はマトモに上演したら四時間になるの。だからセリフや登場人物を削って短くしてる。さすがに学祭で四時間なんて誰も観劇してくれないわ。いたら感激だけど」
ハムレットという戯曲が、四時間にも渡る大作だったなんてユカは知らなかった。確かに誰かの登場を減らせば話は短くなりそうだ。
「てか、親父ギャグ? さむっ」
観劇と感激をかけている塔子に、ユカは冷めた目になる。
「む、失礼な。こういう言葉遊びはシェイクスピアだって大好物なのよ。ハムレットにだって出てくるし」
「えー、でも親父ギャグ……」
たとえ言い方を変えたとしても、“布団がふっとんだ”レベルのくだらなさしかユカは感じられない。
「ただ音が一緒で笑えるっていうのが目的じゃないのよ」
「あ、ハイ」
塔子の鋭い瞳には威圧感があり、ユカはただ頷くしかない。
一度映画を見ただけ、台本も流し読みしただけのユカには、ハムレットのどこで親父ギャグ――もとい言葉遊びが使われていたのか記憶にない。
「たとえば、最初にハムレットが叔父と話すシーン。クローディアスが“息子よその曇った顔はなんだ”ってハムレットを息子呼びで言ってたでしょう。既に叔父がうっとうしいハムレットは“曇りどころか太陽がまぶしいっス”って返すの」
塔子は、中学生レベルの英語力しかなさそうなユカのために、易しい単語の場面を選んだが、ユカはきょとん顔だ。
「息子のsonと太陽のsunをかけてるのね。遠回しに、息子息子うっせーわー、ってハムレットは言いたいわけよ」
まず、そんなシーンあっただろうか、という認識のユカだが、最初の方からハムレット王子が新しい義理の父を歓迎していなかったのは覚えている。
息子、sonよ、と呼ばれて、息子扱いが嫌だと直接的に返すのではなく、同じ音のsunを採用したのか。
「son……sun……なるほど……」
これは“布団がふっとんだ”には出来ない表現だ。確かにただ音が一緒で面白い、というだけではない。
「まあくだらないだけの言葉遊びもあるけどね。でもハムレットはシリアスの中にもユーモアも交えてて面白いのよ」
「ううん……」
こうして解説を聞いていれば、ユカにも理解出来るのだが、それがなければ楽しむ事は簡単じゃない。現に今、塔子のいう他のユーモアの場面に思い当たりがない。
それに、ユカはそろそろハムレット話に疲れてきた。
ちょうどその頃、部長がミーティングをはじめると言い出した。部員たちが机に集まってくる。
ふと思い出して、最後にユカは問いかけてみる。
「……ハムレットって、よくやる劇なの? この間村田さんが言ってた」
「名作だからね、やりたがる人は多いわ」
このまま、大道具の村田に話を聞いた事にして、ユカは講堂の幽霊の素性をさぐる。
「あと、昔のハムレット役ですごい人いたって聞いたけど、トーコは何か知ってる?」
途端に、塔子は奇妙な顔になる。もうほとんどの部員が集まっていたからか、塔子は体を机と反対側にひねって小声になる。
「……小泉センパイかな? 禁句みたいになってるから、よく知らないけど……」
ユカと目を合わせた塔子は、いくらか居心地悪そうだったが、真剣な瞳をしている。
「ユカ、なんでそんなコト聞くの?」
訝しむ塔子に、ユカは慌てて手を振った。
「い、いや、何でもねっス!」
これまでまともに演劇サークルにいなかったユカと違い、塔子はこのサークルの過去にも詳しいだろう。そんな彼女が禁句と言うのなら、何かそれなりの理由があるのだろうが――ユカはちょっと不安になった。
役者たちがきたようです。
(第二幕 第二場 ギルデンスターン)




