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5 いかがです、この芝居は?

 DVDを借りた日、帰宅したあとに早速ハムレットの映画を見たユカはとにかく理解を深めようと努力はした。映像を見たあとにもらった台本にももう一度目を通した。

 塔子には、あらすじの途中までしか話してもらえなかったが、ハムレット王子が狂気を装ったあとの事も、ユカは目撃出来た。

 確かに、最初に塔子が言っていたように“なんやかんやで周りをしっちゃかめっちゃかにした挙げ句ばんばん死人を出して”いた。

 ハムレット王子は復讐相手と間違えて別人を殺してしまうし(相手が見えない場所にいたからでもあるが)、実の母親や周りの人間を恐怖や混乱に陥らせる。

 殺した相手の息子に恨まれて、ハムレット自身も誰かの復讐相手になってしまう、という負の連鎖。実に悲劇的だ。

 そしてハムレットを殺す気満々のその男と、ハムレットが目障りになったデンマーク王が結託し、ハムレット暗殺を目論む。このあたりの事はユカの中でもまだよく消化しきれていない。

 ただ最後は、その悪巧みがハムレットに知られてしまい、ハムレットは自分も死にかけながら父の仇を討つ事に成功するのだ。

 細部は覚えていなかったり、理解の出来なかった点はあるものの、ユカにもだいたいのあらすじは分かった。


 次のサークルの集まりの時、結局塔子に教えを乞う事になるのだが、それでもユカは少しは勉強をしてから行きたかった。

 という事で自分の予習っぷりを伝えたくてユカは元気よく手をあげた。

「とりあえずなんとなく話の流れはつかめました!」

「言いたいことはそれだけか」

 この日ユカは塔子と駅で待ち合わせをして大学に向かった。ユカは毎日続く暑さにバテそうだが、塔子はオシャレに日傘なんてさしている。メイクはいつも通りちょっと濃いが、ゆるふわロングの髪と淡いピンクのワンピが日傘とあいまって、菊池塔子はお嬢さまのようにも見える。ちなみにユカは例によってほぼスッピンで機能性重視のTシャツと膝丈のジーパンだ。

「“生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ”ってセリフ、なんかどこかで聞いたと思ったけど、元ネタはハムレットだったんだね」

 とはいえ、あのあたりのシーンでハムレットがぐだぐだと何を言っていたのかユカはもう覚えていない。

「ああ、聞いた事あったのね。そうよ、ハムレット殿下のセリフ。名言って元ネタ知らなくてもよく耳にするのよね」

 どこに原典があるのかまったく分からなくとも、お決まりのフレーズを使いたがる人はたくさんいる。きっと、それが戯曲や、あるいは漫画からのセリフであっても世に広まりすぎて慣用句のように使ってしまうのだろう。

「あと、登場人物の名前ちょっと覚えたよ! みんな格好いい名前だよね、ファンタジーなゲームみたい~。叔父さんがクローディアス! あと、レアチーズ」

「レアティーズな」

 塔子のツッコミは鋭かったが、ユカはあえて何か言ったりしなかった。レアティーズがあまりにもケーキを思い出させる名前の響きなので、ついくだらない事が言いたくなっただけだ。加えて、ユカはレアチーズケーキが好きだ。

「個人的にはローゼンクランツとギルデンスターンって名前がかっこよすぎた! あと王妃さまのガートルードって名前も覚えた~。昔、同じ名前のキャラがいた漫画があったからね!」

「いっぱい覚えたわね~偉い偉い」

 相変わらず演劇の話になると、塔子のユカへの対応は子ども扱い同然である。もっともユカは登場人物が多い話を見るのが苦手だ。登場人物の名前も顔も覚えられないまま物語が終わってしまった事がある、なんて話は塔子も知っている。

「でもやっぱりよく分からないとこもあって……あたしが文学苦手だからだとは思うんだけど」

 話しながら部室へたどり着くと、この日もやっぱり部長がちゃっかり会話に入ってくる。

「それはどうかなあ。現代の日本人が、時代も地域も全然違うところで生まれた戯曲をいきなり理解するのは、なかなか難しいからねえ。イギリスの宗教や文化や歴史の、ある程度の知識がないと分からない内容になってると思うよ。セリフも日本語に訳すとなると意味は通っても語感が悪くなったり、日本人には伝わりにくくなったりするし」

 部長はこの日も前と色ちがいのカッターシャツだ。きらりと光る眼鏡とそのシャツのせいで、うっかりすると新人サラリーマンみたいだし、言っている事もなんだか小難しい。

 だが、ハムレットという戯曲に対する認識が、部長とユカではまったく違うと思っていたので、ユカは不思議になった。

「部長でも、ハムレットは難しく感じるんですか?」

 両腕を組みながら、部長はちょっと残念そうな顔をする。

「うん。僕は素人なりにシェイクスピア作品は読んだり見たり専門書なりで勉強してるつもりだけど、やっぱり難しいよ。シェイクスピアの英語って古いからちょっとややこしいし」

「え、英語で読むんスか……」

 そういえば、ハムレットの作者はイギリス人で英語で物語を書いたのだった。日本語字幕と日本語の台本でハムレットに触れたユカはなんとなく、英語を意識していなかった。英語の成績が素晴らしいとは言いがたいユカにしてみれば、英文を読むなど正気の沙汰ではない。

「いや、対訳とかだよ。訳すとなると翻訳者の解釈やさじ加減で意味合いも変わっちゃうから原文を読む意味は当然あって、研究者の間でも翻訳に関しては」

 また何か語り出した部長は、難しい難しい言いながらも楽しそうだ。

 話の内容についていけず、ぽかんとするユカに塔子が手招きする。

「ユカ、部長は軽度のシェイクスピアおたくだから気にしなくていいよ」

 シェイクスピア素人のユカからしてみれば、あれで“軽度”なのかはよく分からない。

 結局のところ、ハムレットの映画を見て、台本をざっと読んでもユカには部長のようにハマるほどの魅力を感じられなかった。好みの問題かもしれないが。

 となると、そろそろ別の任務を思い出してもいい頃かもしれない。ユカは最近ハムレット先輩の幽霊に会ってないが、彼を忘れたわけではない。幽霊の前に役者を引き渡すのは無理でも、ユカ自身誰が今回の主役をやるのか顔くらい見ておきたい。純粋な好奇心もある。

「……で、うちの主役の方は? やっぱ気になっちゃって」

 ユカが何気なさを装って塔子に訊ねると、何も知らない彼女は気さくに応じてくれる。

「なんなら役者全員と会ってく? 今日ミーティングがあるから全員来てるはずだし」

 演劇サークルのメンバーをほとんど知らないユカが、その申し出を断るはずもなかった。

母上、いかがです、この芝居は?


(第三幕 第二場 ハムレット)

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