第七十一話 毒を以て毒を制す
「何?賊が入り込んだ?」
ランスロット家の執務室で現当主であるルークは部下からの報告を訝しみながら受ける。
「通常の賊ならこの地区にすら入ってこれないはずだが・・・強敵なのか?」
「はっ、そのようです」
「他の十二魔騎士はどうしている?」
「事態を静観するようです。現在ボールス家が襲撃を受けた模様です」
「アトスか。あいつの魔法は戦闘向きの魔法じゃないからな、大丈夫か?」
「仮にも十二魔騎士の一員ですので大丈夫かと・・・」
「それもそうだな。俺達に敵う敵がいたら逆に見てみたいものだ」
そのままルークは再び机の上の紙にペンを走らせた。
「さて、次はどこの騎士を狩るかな」
ロストは館を一つ潰し終え次の標的を探す。
「ああ、マズイ、甘い・・・甘すぎる。復讐の蜜とはここまで甘いのか」
顔に付けた骸骨の面の下で獰猛な笑みを浮かべる。
「早く次の蜜を採取しよう、狩ろう。怨敵共を一人残らず滅びつくそう」
そのまま歩く、一人の十二魔騎士の血を滴らせながら。
アヴァロンを治める十二魔騎士にも様々な戦い方が存在する。剣や槍で戦うのは当然だが魔法も駆使する。当然だが魔法にも相性というものは存在する。火は水に弱く、水は雷に弱い。逆に相性の良い魔法だって存在だってある。十二魔騎士の中でもチームワークで戦う騎士もいる。十二魔騎士のケイ家とパラメデス家も魔法の相性がとても良い組み合わせである。ケイ家が麻痺魔法で相手の動きを封じパラメデス家が毒で相手をジワジワと侵す。時間は多少かかるが確実に相手を仕留める方法だ。
「侵入者、か」
「そのようだぜ」
ルシル・ケイ、キール・パラメデス共にパラメデス家の執務室で襲撃の報を受ける。
「まさかこんな所に侵入してくるような馬鹿者がいるとは思わなかったな」
「だな。普通はこんな所に乗り込むってことがどんな行為をしているのか分かりそうなものだがな」
「余程命知らずと見えるな」
「まあいい、さっさと殺しちまおう」
二人は執務室を後にする。
「最凶の麻痺毒を見せてやろう」
「そうだな」
執務室の扉を開け放つ。
「パラメデス家、次はここだな」
ロストは骸骨の下で笑みを浮かべる。右手と左手にはアイン、ツヴァイの二挺拳銃を握りしめ堂々と城門を潜る。
「まずは城だ」
腰の袋から一つの筒を取り出し筒を放る。筒からは真っ黒な液体が飛び散る。液体はヘドロのように城にこびりつく。
バンッ!
一つの銃声が響いた後瞬時に城に引火した。液体は一気に燃え上がり次々と城は焼け落ちる。更にロストは城の玄関に爆弾を設置し爆破する。
「まずは出口を潰そう」
玄関を爆破することにより瓦礫が城の出入り口を封鎖する。
「な、何でだ!?城の出入り口が封鎖されているぞ!?」
城からは使用人たちの悲鳴が上がる。
「ははは、逃がして堪るかよ」
城の中に窓から更に筒を放り込む。筒が次々に放り込まれる度に炎の大きさは増していくばかり。炎の大きさに比例して城の中から悲鳴も大きくなっていく。
「出せ、出してくれー!!」
「熱い、あついいいい!」
「ははは、これだ!この悲鳴こそ求めた物だ」
次々に上がる悲鳴に口角が上がる。
「ははは!」
「そこまでだ」
「ああ?」
「よくもまあ俺の城をここまで壊してくれたものだ。代償は高くつくぞ?」
「ああ・・・来てくれたか」
「何?」
「待っていたんだよ、お前達をな」
「目的は俺達か?」
ルシル、キールは目を細める。
「お前達を殺したくて殺したくて仕方なかった。死んでもらおうか」
「ふむ、ならば貴様自身も覚悟することだ」
「そう、毒と麻痺による死を」
二人は瞬時にロストへ向かう。ルシルはククリナイフを、キールはタルワールを振りかぶり向かってくる。
「一つ触れればその瞬間終わりだ」
通常の人間には視認するのも難しい速度で振りかぶってくる。
「これは」
二つの刃物には何かが纏わりついていた。ロストは瞬時に剣を銃で弾く。
「俺を止めようと思うならこんな子供騙しを持ってくるなよ」
「子供だましだと?」
「言ってくれる」
更に二人の剣速が上がり魔法も併用してくるようになった。
「俺の麻痺で動きが鈍らなかった者はいない」
「俺の毒で死ななかった者はいない」
一人は黄色の雷を放つ、一人は紫色の煙を放つ。
「一吸いしただけで危なそうだ」
「吸い込むだけで死だ」
「こちらも触れれば即座に行動が不可だ」
二人の連携は正に阿吽の呼吸というに相応しく一切の乱れを感じさせずまるで二人で一人のように攻めてくる。
「ははは、怖い怖い」
当たらない、当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない。
全ての攻撃は流される。
「だがそんなに怖くないな。その程度じゃ俺に全然届かない」
「どういうことだ」
二人は疑問に思い始める。今まで自分達の攻撃をここまで受け流した者はいなかった。なのに何故当たらないのか。
「俺達の毒魔法と麻痺魔法をここまで避けた者はいなかった、必ず動きは鈍るはず!」
「なのに何故貴様は止まらない!」
ルシルとキールは確かに十二魔騎士だ。しかし実はそこまで個人の技量や実力は高いわけではなかった。確かに剣やナイフなど武器の才能はあった。しかし他の十二魔騎士の者達に比べると見劣りしていた。ルシルとキールの二人だけでなくパラメデス家、ケイ家の家系は全ての者達が通常より頭一つ抜けていたが他の十二魔騎士に比べると見劣りする程度であった。しかしこの両家は手を合わせることで才能の差を埋めた。毒と麻痺という相性の良い魔法というのも功を奏した。
「何故だろうな?」
「くそ!」
「止まれ!」
「止まらねえよ。なんなら面白いものを見せてやろうか?」
そのままロストは躱し続けていた体を突然止め二人の剣に己の両腕をさらす。
ザクッ!
ロストの両腕には二人の聖剣が突き刺さる。
「なっ」
「自ら腕をさらけ出すだと!?だがこれで貴様の動きも!」
「止まらねえよ」
「そんな馬鹿な!?」
「なら俺の毒をくらえ!」
キールは手から毒の煙を発生させる。少しでも吸い込めばすぐさま肺を侵し瞬時に呼吸できなくする悪魔の毒だ。使い手であるパラメデスは当然だが抗体を持っている。キールと共に戦う事が多いルシルも当然キールの使う全ての毒の抗体を作っている。
「ハハ、これを吸い込んで生きている奴はいなかったぜ」
仮面の中に煙が入っていくのは確認出来た、この死の煙を吸ったのは間違いない。キールは勝利を確信した。しかし煙の中から最も聞きたくなかった声がした。
「ほう?やったな、記念すべき生存者の一人目になれたよ」
「な!?」
ルシルとキールの二人は知る由もないがロストには魔神の食堂で培った毒への強い抗体がある。食堂内で猛毒を有する魔獣や魔物をひたすら喰らったために出来た抗体でもあった。
「十二魔騎士の毒魔法に麻痺魔法の毒類の魔法も所詮この程度か」
「な、何故・・・」
「あ?何故?そんなもん効かないからに決まってるだろ」
そのまま二人に銃の照準を合わせる。
「じゃあな」
バンッ!バンッ!
二つの銃声が鳴る。
「あ、あれ?」
「なんともない?」
二人の騎士は自分の身を確かめる。
「まさか俺達を助ける気か?」
「助ける?はは、鳥肌の立つことを言うなよな」
「しかし・・・ゴフッ」
「な、ケイ!ゴフッ」
二人そろって吐血する。
「な、何故」
「何故?お前の毒の抗体を消し去ったからな」
「抗体を、消し去っただと・・・」
「じゃあな自分達の毒でもがき苦しめよ」
二人は今まで相手を麻痺させて毒殺してきた。今は逆に麻痺と毒を食らっている。
「ははは、これで二人。あと九家」
『あああああああ!!』
二人のもがき苦しむ声が燃え尽きた城に響いた。