第五十五話 変革
クロエに向けて投げられた宝石にロストは悪寒がした。
「この宝石は封魔の石と言ってね・・・どれだけ凶悪な魔獣だろうがジワジワと弱らせる代物だ。一応、勇者を名乗ってるんでね・・・魔神は意地でも倒させてもらう」
「あれで、クロエを・・・・・・・させるかぁ!!」
ロストは概念魔法を行使する。
「ふっ」
ロストの概念魔法により世界の時間が停止する。
「させるかよ・・・俺の、俺の愛した人を消させてなるものか」
バンッ!
ロストは停止した世界の中で一つの宝石を標的に射撃を行う。
パリンッ!
一つの宝石が一つの弾丸で粉々に砕け散る。
「ふぅ・・・」
「・・・・なっ!?」
ルークは驚愕するしかなかった。何故ならルークの視界から一瞬にして宝石が目の前で砕け散ったように見えたのだ。
「無事か?クロエ」
「ろ、ロスト・・・」
「良かった。俺の後ろにいてくれよ?絶対に俺の前に出るなよ?」
「う、うん」
ロストはクロエを後ろに庇いながらルークを警戒する。
「何を、何をした?」
「別に、大したことはしていない。一つの魔法を行使しただけだ」
「魔法だって?だがそんな魔法は聞いたことがないぞ」
「そりゃそうだ、この魔法を知られてたらクロエを助けられなかった」
「これで僕の手札は無くなった・・・殺すのかい?」
「お前は今ここで殺してやりたいところだ。お前はクロエを一度消している、正直殺したくて殺したくて堪らない。だがここで殺せば俺の道が途中で途切れることになる。それは出来ない」
「道が途切れる?」
「ああ。お前はここで殺さなければ、生きるんだろう?」
「まあ、そうなるかな・・・」
「ならば殺すまい。だが、お前を含めた一族は、必ず・・・必ず一族郎党滅ぼすことを覚えておけ」
「それは、怖いな・・・」
「ふん」
「でも、僕は僕が死んでも諦めるつもりはないよ。どれだけ時間がかかろうが、僕の子孫は君との戦いを終わらせるつもりは」
バンッ!
「っ・・・」
「暫く眠っていろ。麻酔弾だ」
「それでも、いつか・・・力を・・・つ・・け・・て」
そこでルークの意識は途切れた。
「ロスト・・・」
「クロエ」
「あ、ありがとう・・・」
「いいよ。それで、怪我はないか?」
「う、うん。ロストは大丈夫?」
「当然だ。俺がそう簡単に死んでたまるか」
「そう・・・じゃあ、よかっ・・・た」
「クロエ?」
「はれ?安心したら・・・眠く・・・」
「っと・・・。クロエ、俺は何年、何十年、何千年たとうと、絶対に君と再び再会してみせる。時間はかかるだろう、でも俺は絶対に会いに行くから。待っててほしい」
「うん」
倒れかけたクロエをロストは抱きかかえる。
「ったく、呑気なものだ。さて、ここからどうするかな・・・」
ロストは懐から一枚の手紙を取り出す。
「ふむ・・・成る程ね。ならまずは、あいつに会いに行かなきゃな」
ロストは足を踏み鳴らす。
「【創造】」
ロストは出現した門を潜る。
「さて、用意は出来た。問題はあいつと合流出来るか、まあなるようになるか」
「死んだか・・・つまらん男だった」
「エル・・・エルぅ・・・うっ・・・」
「何を泣いているのだ。あんな下らない男のどこが」
ロストが門を潜った先はどこかの森のようで、ロストは一つの木の枝の上に降り立つ。その矢先話し声が聞こえた。
「お?エルって聞こえたな。ってことは、エルが近くにいるっぽいな。こっちか」
それからすぐに憤怒の言葉が聞こえてくる。
「これ以上彼を侮辱するなッ!!」
「なんかやばい感じ?少し急ぐか」
そこから更に激しい討論が聞こえる。
「ユウェル、娘は見つかったのか?」
「ザイか。ああ、そこで泣きじゃくっているのだ」
「ほう・・・随分と見目麗しい少女だ」
「彼女はトリスタン家に嫁入りさせる予定だ。悪くはないだろう?」
「トリスタンか・・・確かにいい所の嫁を欲しがっていたな」
「ああ。おっと、噂をすれば・・・」
「ガウェイン卿!」
「これはトリスタン卿」
「余のロロナに会えると聞いて急いで来たが、ロロナはどこに?」
「そちらにいますよ」
「おお・・・なんと麗しき姿よ・・・益々気に入った、余の39番目の妻にしてやろう」
「エル・・・エル・・・・」
「ユウェル卿。ロロナが抱いている物はなんだ?」
「何、ただの死体ですよ」
「ロロナの趣味は分からんのう。まあ無理矢理連れていくとしよう」
瞬時にロストは腰からリボルバーを抜き去り射撃体勢に入る。
「ハァ~・・・まあなんだ。あいつの過去話聞いちゃったからには、助けないわけにはいかないな」
バンッ!バンッ!
「ブアッ!!」
「何者!?」
「折角お似合いの二人だ。引き離すことはないだろう?まあ俺は所詮足止めだ。少ししたら消えるさ。俺が来た理由の一つはお前たちを足止めすることだ」
「足止めだと?」
「ああ。足止めだ。ただ一つ難点があってな」
「難点?」
「ああ。俺は昔ちょっとあってな?12魔騎士を心底潰したい思いに駆られている。だから加減間違って殺すかもしれないんだ。死んでも恨むなよ?特にランスロット家」
(さて、ここから俺はエルとあの娘のための足止めしなくちゃいけないか・・・)
「む」
「まあゆっくりやろうや」
「調子に乗るな!燃やし尽くせ【炎蛇】
「おっと、温いな」
「何!?」
「温いって言ったんだよ。それに何だ?本当にお前たち12魔騎士の先祖かよ?どうもそんな風には見えないな・・・」
「知った口を!」
「待て、ユウェル」
「ザイ・・・」
「奴の相手は俺がしよう。お前は逃げたお前の娘たちを追え」
「しかし!」
「聞こえなかったか、ユウェル」
「追え。お前ではあいつには勝てないだろう。ここは俺がやる」
「・・・分かった」
「ランスロット家の者か・・・」
「ランスロット家現当主、ザイ・ランスロットだ」
「ランスロット家当主、か・・・ああ、殺したい。でも今こいつを殺すと元の時代に戻った時に・・・」
「貴様、何を言っている?」
「別に、何もない。こちらの話だ。それで、もう一人の方はあいつの方へ向かったか・・・」
「俺がいる以上ユウェルの元に辿り着けると思わない方がいい」
「いや、別にいいんだけどな・・・ちっ、忌々しい。お前を見てると昔の虐待された記憶が蘇ってくる。正直お前を射殺することは簡単だが、こちらの都合でそうすることはできない・・・全く歯痒いこと、この上ないな」
「俺を射殺することが、容易いだと?」
「ああ。1秒も掛からない内にこの世界から消し去ることが出来る」
「戯言を死ね!【水の刃】!」
一つの線がものすごい速度でロストに向けて迫る。しかしロストは焦った素振りを一つも見せることなくひょい、と躱して見せた。
「ふん、大蜘蛛の方がよっぽど早い。それにこの程度の速度の攻撃、食堂の連中より数段どころか数十段は劣る。所詮12魔騎士もこの程度ということか」
「この程度だと、思うな!」
一本だった水の線が3本に増え、再びロストに迫る。しかしロストはつまらなさそうに迫ってくる水の線を見つめ右手を動かしアインを発砲する。
バンッ!バンッ!
「なっ!?」
「そう簡単にお前にやられてちゃ意味がないだろう・・・」
「くっ!」
「終わりだ」
そのままアインをザイに向けロストは躊躇いなく引き金を引く。
バンッ!
「うっ・・・」
「殺しはしないぜ。電撃で感電させて気絶させるだけだが・・・ちっ、殺したいのに殺せないってのは歯痒いこと、この上ないな」
ロストはユウェルが駆けて行った方角を眺め目を細めて呟いた。
「ったく、あいつを殺させるわけにはいかないんだよ。それに、クロエの件もあるし、追うか」
ロストはエル達が駆けて行った方に向かう。
「何故それを持っているのですか?」
「ふん、このようなもの、12魔騎士のガウェイン家の力を持ってすれば本物と変わらない効力を持つ式を組み立てられないわけがないだろう?」
「作ったの・・・?」
「そうなるな」
「なんて非道な・・・」
「さて、無駄話をしている時間も惜しい。さっさと済ませよう」
「ダメ・・・」
「おとなしくしていてくれよ?」
「やめて・・・」
「っと、何かやばそう」
ロストは駆ける速度を上げる。
「じゃないと契約が失敗してしまうかもしれないから」
「こないで!!」
「さて、これで・・・」
「い、嫌あああああ!!」
「契約完了だ」
「やばい、本格的にやばそうな雰囲気だ、間に合うか!?」
ロストはアイン、ツヴァイの両銃をユウェル・ガウェインに向ける。
ユウェルが紙をロロナに押し付けようとした瞬間、一つの乾いた破裂音と一人の男の咆哮が上がった。
「ぬぁぁ!?」
「え?」
「今の大声、エルか?」
「ふざけるな。これ以上ロロナを、泣かせるなぁ!!!」
「お前がいたせいでロロナは逃げた!お前がいたからロロナの幸せがなくなった!お前達12魔騎士の下らない理由で!!僕の国が滅んでしまった!!」
「貴様は黙っていろ!!」
エルが銃を、ユウェルが腕を向けたのは同時だった。
バンッ! ボウッ!
二つの異なった音が森に響き渡った。
「なるほど・・・こうなってた訳だな・・・。エルが話してた過去話に出てきた青年ってのは、俺のことだったか」
ロストは苦笑する。そこでエルが目を覚ましたようで、一人の少女の名前を呼び続けている。
「そろそろ、教えてやるか」
ロストは木の上から飛び降りる。
「彼女なら消えたよ」
「え?」
「あんな素敵な女性が12魔騎士の娘だとは・・・」
「あなたは・・・」
「俺か?俺はロスト」
そこからあったことの一部始終をエルに話す。そしてエルがするべき事を。
「分かったか?」
「うん」
「じゃあ、後は任せた」
「うん」
「あとは・・・・誰にも入られない俺達の聖域が必要か」
「そんな場所・・・」
「あるじゃないか」
「え?」
「ここをそうする」
「どうやって」
「任せろ」
「【創造】」
その途端、森が一変した。
「すごい・・・まるで神殿だ・・・」
「こんなもんか」
森は変わった。あらゆる点が。
「ここの名前は?」
「ああ。決まっている」
ロストはここの名を言った。
「ここが俺を作った、『魔神の食堂』だ」
「魔神の食堂・・・」
「じゃあ、この人を頼む。俺の愛する人だ」
「分かった」
「じゃあ、俺は先に行かせてもらう」
ロストは門を創る。
「これで、クロエが戻っててくれるといいな」
門を通り過ぎた先は、彼女が眠っていた場所だった。そして、彼女と別れた場所だったがそこには一人の少女がいた。
「変わらないな」
少女はとても可憐に咲う。少女はロストが初めて見た時と何一つ変わらない。
腰まで流れ落ちる髪の毛は何色にも染まっていない白、肌も雪のように白いのにまるで不健康さを感じさせない。顔はまるで熟練の人形職人が何十人も集まり全員の最高作品の美しさを全て集めたと言われても不思議ではない整った顔。そして瞳はこの世全ての赤色の宝石を集めてその中から厳選された真紅の宝石をはめ込んだような透き通った紅色。
「おかえり、クロエ」
少女は目に涙を浮かべ、頷く。
「ただいま、ロスト」
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回の話で今の章、「魔神の微睡みは幾ばくか」完結です。大体6カ月ぶりくらいの伏線回収ですね。次回から新章です