第五話 拾われた無
どれくらいたったのだろう。1秒?1分?1時間?1日?分からない。それでも彼はどうやら街の路地裏にたどり着いたようだ・・・
ザアアアアアア
土砂降りは止まない。そう、これは、まるで・・・
「・・・・うっ」
「うっううううう」
彼の心を示しているようではないか・・・
「ヒック・・」
それでも大きな声では泣かない。それは、弱い行為だと彼は思っているから。彼は強くならなくてはいけない。それが唯一自分に愛情を注いでくれた母の最後の言葉だ。ならば、強くならなければいけない。しかし、どうやって・・・?
コツ、コツ、コツ
足音がした。しかし彼は見向きもしない。できない。
「ひどいな。これが自分の家族にすることか?」
美しい声色だ。まるでこの世の者の声ではないような・・・
「おい、大丈夫か?」
どうやらその人は女性らしく目線を合わせてくれた。しかし少年は見向きもしないで這いずる。まるで、何かを目指しているように・・・
「う、ああ」
もはやまともな声すら出せていない。
「しょうがない・・・」
ボウッ!!
「ひっ!!」
彼の体を炎が包み込んだ。しかし彼は散々魔法で嬲られたために今先程のことを思い出し身が竦んだ。
「安心しろ。これは君を治すためだ」
「ああ・・・」
まるで母のお腹の中のような優しい炎に包まれて、彼の傷は治癒してゆく・・・
「ふむ。この国の12魔騎士は剣と魔法の才能が全てだと言っているが、とんだ馬鹿だな・・・こんな素晴らしい才能を持った子供をここまでやるとは・・・」
「・・・」
8割がたの傷は治癒した。しかし、無数に刻まれた傷跡は消えない。とても痛々しい、骨を折られた回数も1度ではないのだろう・・・
「・・・」
「初めまして。ルーク・ランスロット君?」
「・・・そんな奴、ここにはいない」
ボソボソと囁くような弱々しい声だが彼女にはしっかり届いていた。
「そうか。では、なんと?」
「・・・知らない。もう、何も・・・・何も、ない」
ポロポロとまた涙が流れてくる。そして彼は必死に流れてきた涙を止めようとしているが一向に涙が止まってくれないようで・・・
「優しかった母様も殺されてしまった。そして自分には才能がない。名前すらも奪われた。もう、何も残ってないんだ。だから」
「そうか・・・」
「ッ!!」
彼女は満身創痍の少年を抱き寄せた。
「お前には何もない?違うな。お前は間違いなくこの国を崩せるほどの才能を持っている。しかしこの国の・・・いや、この世界の馬鹿共がそれに気が付いていないだけだ。私は世界中でお前のような究極の才能を持つものを集めている。そして決まってそういう才能を持つものはお前のようにまるで気が付かれていないのだ。私と共にこい。私はお前が欲しい」
「でも、何もない・・・」
「ある。お前は気が付いていないだけだ。私と共にこい。私がお前にいくらでも与えてやる。お前の才能の正体も、な」
「・・・」
「そうだな、手始めに名前を与えてやる。お前は・・・全てを失った。ならばお前にはこういう名前を与えよう」
「お前の名前は、ロストだ」
「ロスト・・・」
彼は何度もロスト、ロストと呟いている。まるで何かを確認するように・・・
「それで?どうするのだ?私と一緒に来るか?」
「・・・うん」
そうして彼は、ロストは差し出された手を取った。
「よし。先に言っておく」
「・・・?」
「これから先、私に付いてくると決めた以上今から10年は想像を絶する苦痛が待っているだろう。お前にはそれを耐えぬけるか?」
「・・・分からない。でも、強くなれますか?」
「そうだな。お前が今から私に付いてきて10年に渡る訓練を耐え抜けば・・・間違いなく強くなる。いや、化物レベルだな。お前ならば耐え抜けば10年後には一人で国2つを相手にしても負けないだろうね。道具類の準備がちゃんと出来ていれば、だが」
さりげなくとんでもないことをサラッと言ったが、彼には届いていない。彼は強くなれる。その言葉だけで十分だった。ならば耐えよう。いや、耐えてみせる。どれだけ想像を絶していても、強くなれる。その確証さえあればどんなこともやっただろう。そして彼は決める。
「耐えます。絶対に・・・」
「いい返事だ」
謎めいた、美しい笑顔を彼に向ける。
「それにな」
「?」
「私は絶対にお前ならば耐え抜ける、そう思っているんだ。私の勘はよく当たる。ならば生き残るだろう。私はその10年でロストに相応しい相棒と相応しい武器を用意してやる。期待してろ」
「は、はい!」
ロストが元気よく返事する。今から10年後が楽しみで楽しみでしょうがない、そんな目をしている。
「それと・・・」
「ん?まだあるのか?」
ロストは声音から温かみを瞬時に消して絶対に問わねばならぬことを問う。
「・・・12魔騎士、特にランスロット家にも、負けませんか?」
「当然だな。絶対に負けないだろう」
「そうですか・・・」
そして彼は笑う。それはさっき見せた年相応の無邪気な笑顔ではない、むしろその真逆。相当長年生きた彼女すらもゾッとするほどの憎悪に満ちた笑みだった。
「必ず、一族皆殺しにしてやる・・・」
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