第三十話 出会い 2
「クロエ・・・」
ロストはこの名前の響きがとても大事な物のように感じられた。
「ええ。貴方の事はよく知ってるわ。だから自己紹介は必要ないわよ」
「え、ああ・・・そうか」
「クスッ」
そこでクロエはクスッと笑みをこぼす。
「な、何で笑うんだ?」
「だってこの食堂を駆け上がってきた最強の強者がこんな華奢な女一人におろおろしてるのがつい面白くて」
「む・・・」
確かにロストは疑問に思っていた。
ここに至るまでは人型や喋る人間を目にした時は基本警戒を絶対に解かなかったのだ。しかしロストは目の前の少女には不思議と警戒をしなかった。
この少女なら絶対に大丈夫と不思議な感覚があった。
「さて、ずっとここにいてもしょうがないしとりあえず外に出ましょうか。立てる?」
「ああ、立てるよ」
ロストは立ち上がろうとし、立ち上がれない事に気付く。
「貴方もしかして忘れちゃってる?今の貴方は右足がなくなっちゃってるのよ?」
「・・・忘れてた。でも痛みも何一つないし、確か俺の体は相当酷い状態だったはずだけど・・・」
「そりゃもう。貴方が生きていられた事がもはやおかしいのよ。よく生きていられたわね」
「やっぱり・・・そんなに酷かったんだな」
「ええ。まず全身の皮膚が焼け爛れてたわね。それだけじゃなくて右足は全焼、よく右足から上に燃え移らなかったものだわ。右腕は原型こそ残ってはいたけど骨が見えるほどにまでに皮膚と肉が焼き尽くされてたわ。もう右腕はただの飾り状態でしょうね。筋、筋肉、全部焼き尽くされっちゃってたもの。そして髪の毛も半分は燃えちゃったわ。貴方の綺麗な銀色の髪、私好きだったのに」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
ロストは自分の体の悲惨さに思わず静止をかける。
「な、何でそんな酷い状態なのに俺生きてるんだよ!おかしいだろ!」
「まぁ確かにね」
それでも少女はなんてことなさそうにロストへ近寄る。
「でもこの魔神の食堂が普通じゃなかったのよ?そしたらこの食堂の最上階も普通じゃないって思わない?」
「た、確かに・・・」
この食堂の異常性はロストが身をもって知っている。この食堂に出てくる魔獣はどいつもこいつも異常なのだ。特に主食からの上層の魔獣達は1匹1匹が世界に出れば小さな町なら1匹で壊滅させられるレベルの魔獣だったのだ。そして最上階の龍に至っては世に出れば間違いなく世界が壊滅的な被害を受ける事は簡単に想像できる。
「だからこっちも普通じゃない方法で貴方を治したのよ。今からその実態を見せるわ、ついてきて」
「って行っても俺歩けないんだけど・・・」
「あ、そっか」
クロエは少し考える素振りを行い名案を思い付いたとばかりに顔を明るくし部屋を出ていく。
「少し待っててね~」
「え、ああ・・・」
クロエは部屋を飛び出していった。ロスト一人が部屋に残される。
「しかし・・・」
そこで改めて自分の置かれている状況を冷静に理解しようとする。
「まず俺の状態からだよな・・・っていっても動くのは辛うじて左足だけ、右腕は・・・駄目だ動かない。左腕は元々ない、体は今改めて見回して見ると全身が包帯でグルグル巻きか」
そして今からどうするかを考える。
(まずこの時点で食堂を突破したと考えるべきだな。クロエも食堂を駆け上がってきたって言ってたし。となると考えるのはここからの脱出か・・・武器も新しく欲しいな。銃は完全に壊れちゃってたし。どうしたものか・・・)
そんな物思いに耽っていると再び部屋の扉が開く。
「お待たせ!」
「な、なんだそれ?」
クロエが持ってきたのは椅子に大きな車輪が付いた乗り物だった。どうやら持ち手もあるようでそこをクロエは握っていた。
「車イスって言うんだって」
「?それ、クロエが持ってきた物じゃないか。なんで誰かに聞いてきたみたいに・・・」
「だってこれ、私が作った物じゃないんだもん」
「え?」
そこで再びロストは混乱する。
「ここにいるのは俺とクロエだけじゃないのか?」
「ええ。私と貴方、あともう一人いるわよ」
「そうなのか・・・そいつももしかして俺と同じでここを駆け上がってきたのか?]
ロストが思い当たるのはその事だけだった。しかしクロエは首を横に振る。
「そうじゃないわ。というよりこのダンジョンを突破できるのがそう何人もいたら世界はとっくに終わってるわよ」
「た、確かに。しかしじゃあ誰が?」
「その話はまた後でするわ。とりあえず今はこの椅子に座って」
「分かった」
ロストは慣れない這いずりと片足でなんとか乗ろうと頑張るがやはり上手く座れない。
「大変そうね」
クロエがロストに近づき腰に手を添えてゆっくりと椅子に座らせる。
「あ、ありがとう」
「うふふ、どういたしまして。じゃ、行こうか」
クロエは車イスの後ろに周り車イスを押して進ませる。
そのままクロエに運ばれる。そして遂に廊下が終わりを迎え暖かな光が差し込む外へ出る。
「うっ、日光なんて最後に見たのいつだろ」
「そうだったね、食堂はずっと薄暗かったものね」
クロエは苦笑しながらゆっくりと車イスを押す。
そしてロストは日光に目が慣れ始め次第に景色が見えるようになってくる。
「・・・・・・」
ロストは目に入ってきた光景に目を奪われた。目に入ってきたのは庭園だ。まるで御伽噺に出てくるかのような庭園。そんな幻想的な庭園に目を奪われていた。
「どう?この景色は」
クロエが問いかけてくる。
「・・・・・綺麗だ」
たった一言だけ述べることが出来た言葉がそれだけだった。辺り一面に広がるのはクロエの瞳と同じ色をした紅色の薔薇、少し奥を見れば石造りの噴水がありその噴水からは澄んだ水が流れている。
「ここをずっと見ててもいいけれど・・・そろそろ目的の場所へ行ってもいいかしら?」
「・・・あ!すっかり忘れてた」
「ふふっ、そんなに綺麗だった?」
「ああ・・・こんな景色、生まれてから見たこともないや」
「私とどっちが綺麗?」
「えっ!?・・・・・・・クロエ」
ロストはクロエの質問にしどろもどろしつつ決まっていた答えを出す。するとクロエは心底嬉しそうに礼を言う。
「ふふ、ありがとう。じゃ、行きましょうか」
「ああ」
そのままロストはクロエに車イスを押されて移動する。そしてそのまましばらくすると少し変わった建物が見えた。
「ここは・・・」
「この車イスを作った人物がいる場所よ。入りましょ」
ロストはクロエに車イスを押されるがまま建物に入る。
「ここで待ってて。ここにいる奴を呼んでくるわ」
「分かった」
そのままクロエは建物の奥に消えていく。この建物は一体なんなのか分からないためロストは建物の中を眺める。
「なんか、すごいな」
ロストには意味の分からない管のような物が部屋を蔓延っている。その管からたまに蒸気まで吹き出している。そうしているとクロエが一人の青年を連れて帰ってきた。
「お待たせ!」
「ん?あ、お帰り・・・」
ロストはクロエが連れてきたという人物を改めて見る。そして声を上げてしまう。
「っ!お前・・・」
「やぁやぁ・・・ロスト君。無事ここまでたどり着くなんてすごいなぁ」
出てきたのはロストに【強化】、【固定化】、【付与】を教えた張本人でもある青年だった。
「僕が教えた無属性魔法は役に立ったかい?」
「・・・ああ。正直あれ等がなかったらここにはたどり着けていなかったよ」
「それはよかった・・・」
そんな事を二人で話しているとクロエも会話に混じってくる。
「へぇ、この人が役に立ったんだね。じゃあ送ってよかったってことかな」
「送ってよかった?」
「うん。この人をロストのいた『前菜』に送ったのは私だよ」
「な、じゃあ俺とこいつが顔合わせてるってのも知ってたのか!?」
「そりゃもちろん」
「ハァ・・・」
「はっはっは」
思わずロストはため息をつき白衣を着た青年は笑い声をあげる。
「どんな奴が出てくると思ったらこいつか・・・」
「こいつとは失礼な、僕にはちゃんとした名前があるんだけど?」
「知らねえよ。お前の名前聞いてないし」
「あ、考えてみれば君に名乗ってなかったね。失敬失敬」
「ハァ・・・」
ロストは2度目のため息をつきながらこの青年の相手は疲れると思っていた。
「僕はサミュエル・フーリエ。名前長いし面倒だからエルとでも呼んでくれよ、ロスト君」
「・・・分かった」
ロストは渋々という感じで頷く。
「しかし君、僕が作った銃はどうしたんだい?」
「・・・あ」
ロストは自分の銃がどうなったのか思い出す。
最後の階層の主の龍を相手にした時に自分の神力を前回で注ぎ込んだ銃弾を装填し、発射したことにより大破したのだ。
「え~っと・・・その事なんだが・・・」
「うん」
そしてロストは一旦深呼吸を行い一言。
「悪い、ブッ壊れた」
「・・・・」
エルは笑顔のまま固まる。
「え~っと・・・」
ロストはエルの笑顔に何故か恐怖を覚える。
「つまり君は僕の最高傑作の逸品を?何の躊躇いもなく壊したと?」
「そうなる・・・なります」
何故か言い直すロスト。理由は分からないがこうしないといけない気になったのだ。
「はぁ~・・・」
エルは長いため息を一つつきロストに向き直る。
「まあ君が無事ここまでたどり着くための対価だとすれば安いものか。しょうがない・・・」
エルは少し吹っ切れたような顔をする。
「ゆ、許してくれるのか?」
「しょうがないさ、君とクロエが出会うための対価だと思えば安いものさ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
そこでロストは思う。何故自分が謝っているんだ?と。
「さて、そろそろ私がここまできた本題を話していいのかしら?」
二人の話が一旦落ち着いたところでクロエが切り出す。
「ああ。あの件だね。準備してくるよ」
エルは奥へ戻る。
「あの件って?」
「ふふっ、それはね」
そう話しているところで再びエルが戻ってくるが後ろからガラガラと音がしている。何かを運んできているのだ。
「お待たせ、持ってきたよ」
「何だ?それ」
ロストはエルが持ってきた物に注視する。どうやら台を引っ張ってきていたようだが布がかかっていて何が乗っているか分からない。
「ふふっ、驚くよ。なんていったってこれは・・・」
そこでエルは台の上の布を一気に取り払う。そこに乗せられていたのは・・・
「君の新しい腕と足だよ!」
最後まで読んでくださってありがとうございます。
青年、改めエル、久しぶりの登場です。彼の正体とクロエの正体ついても次回、次々回のどちらかに判明するでしょう。そしてロストの両腕再生の予兆・・・うへへぇ・・・、やっとロスト大暴れが書けると思うと楽しみで仕方がないです。しかしこの出会い編はもう少々続きます。少々退屈かもしれませんがお付き合いいただければ幸いです。
ヒロインとのイチャコラもあるかもですよ?