第二十八話 邪龍
「ここが最上階か・・・」
ロストは開かれた扉に自ら飛び込み辺りを見渡す。
「ここ、相当広いみたいだ・・・今までとは比較にならない広さだぞ」
注意しながらゆっくりと奥へ進んでいくロスト。そして数分もかけて歩いていったところでロストは足を止める。
「・・・いる」
それはこの食堂で培った気配察知能力。その気配が放つ尋常ではないプレッシャーでロストには分かってしまう。
こいつは今までの奴らとは比較にならないと。
「【強化】」
自分に強化をかけながらロストは一つの予感が頭をよぎり、その予感が絶対に当たってしまうような気がしてならなかった。
自分はここで死ぬかもしれない、そんな予感が。
「ハァー・・・・」
思いっきり息を吸い、思いっきり息を吐く。そしてロストは行動に移る。
バンッ!バンッ!
火の魔弾と氷の魔弾。ロストの持つ魔弾の中の最高火力を誇る2つの弾丸で射撃を行う。
そしてその2発が命中した事を確信するロスト。
「ォォォォォォォォ・・・・」
「ッ!!!!!」
ロストはそこで今まで感じたことのない圧力を食らうことになった。
「うっ・・・ オオオオ」
そしてこの食堂に入ってから今までどんな馬鹿げた圧力を食らっても平気だったロストがここで初めて敵が放つ圧力に耐えられず嘔吐してしまった。
ロストは思った。
何故こんな敵が存在しているのか。どう考えても人間の手に負える敵ではない。そんな次元ではない、と。
これはもはや・・・神が負うべき存在だ、と。
「ゲホッ・・ゲホッ・・・」
ハァハァと荒い息をしながら自分の前にいる理不尽な敵を見据える。
「なんだよ・・・なんなんだよ・・・こいつ」
そこでこの広大な部屋全域に明かりが灯る。そして敵の全貌が明らかになった。
全身はくまなく漆黒の鱗で覆われつつも妖しげな光沢を放っている。全長は優に5kmは超えフロア全体に蜷局を巻いている。そして頭は3つに分かれ六つの眼が一斉にロストを睨み付けている。
現れたのは理不尽極まりない敵、邪龍だった。
「オォォォォォォォ・・・・」
ロストは世界全域に響くのではないかというレベルの唸り声を聞き膝を折りそうになる。
「こいつ・・・こいつも本当に魔獣なのかよ・・・」
正直今の自分ならどんな敵が出てきても倒せる自信があった。
しかし目の前の敵は違う。もはや強いとか強くないなんて次元の話ではなくなっているのだ。
挑むこと自体考えないような敵、そんな魔獣がロストの目の前に存在していた。
「オォォォォォ」
「・・・・く」
ロストは動かないのは不味いと本能で理解しその場を必死に離れようとする。しかし体が言う事を聞かなかった。まるで体が目の前の存在に逆らってはいけないと訴えるように。
「うご・・・けぇ!」
しかし体は言う事を聞かない。体が否応なしに動かない。
「くそっ!」
「オォォォォォ」
龍はロストを視認し、自分の眠りを取るに足らない攻撃で邪魔した敵に明確な殺意を覚えていた。
そして龍は口から灼熱の炎を辺り一帯に吐き出そうとしていた。
「くぅ!」
バンッ!バンッ!
ロストは自分の横腹に銃口を押し当て、雷の魔弾を発砲する。そして全身に激しい痛みが走る。しかしそのお蔭で体には自由が戻った。
「ハァッ・・・ハァ・・・」
「オォォ・・・」
そして休む間もなく相手から灼熱の炎が発せられた。龍の特徴たる攻撃の一つ、吐息だ。
「【水壁】!」
ロストは灼熱の炎が自分に降りかかる前に自分の周りに水の壁を張る。そして辺り一帯が紅蓮の炎に包まれる。
「ふっ!」
神力を水の壁全体に注入し続ける。そうしなければ一瞬で水壁は蒸発してしまうだろう。それ程の火力と熱量だった。
「くぅ・・・」
やはり炎の方が温度が上なのか徐々に徐々に水の壁が蒸発を始めている。しかしロストはあきらめずに再び水の壁を張る。
「オォォォン」
そして一旦炎を吐くのをやめた龍はロストを視界に入れ不思議そうに3つの首全てを傾げていた。自分の攻撃を受けてこの程度の存在が何故まだ世界に留まれているのかが理解できない、そう言いたげにロストを見ていた。
「ハァ・・・ハァ・・・耐えきったぞ」
しかし内心ロストは攻撃を耐えきった事に次の攻撃に移ることなど考えておらず、内心は命が持った事に対する安堵でいっぱいであった。
「今度はこっちだ」
ロストは片腕で銃を構え、射撃に移る。
「食らえ!」
バンッ!バンッ!バンッ!
「オォォォ・・・」
3つの弾丸は全て邪龍の体に命中する。それもロストの神力の魔法が付与されている魔弾だ。しかし邪龍はさして気にもせず新たな攻撃に移ろうとしている。
「くそっ!最上層の敵には効いたのに、なんで効かないんだよ!」
「オォォ・・・」
ロストは内心泣きたくなっていた。しかしこんなところで泣いたりしたらそれこそ自分の命は終わると理解していた。だからこそ必死に相手にダメージを与える方法を模索する。
「オオオ!」
「なっ!?」
そこで邪龍が取った行動はブレスを吐くことでもなく、蜷局を巻いていた自分の体を動かし始めた。
「オオォォ!!」
「くっ」
邪龍がやろうとしている事を正確に理解したロストは全力で後方へ下がりながら自分の目の前に幾つもの障壁を張り始める。
「【土壁】、【水壁】!!」
ロストの目の前に堅牢な土の壁、衝撃の一切を受け流す水の壁が10個ずつ出現する。それでもロストは全力で後方へ下がり続ける。そして遂に邪龍は体を完全に蜷局を巻いた状態から脱する。そして自分の尻尾をロスト目掛けて薙ぎ払ってきた。
「ハァ!!」
ロストは自分の生み出した壁全てに神力を伝わらせ少しでも壁を強固な物にしようとする。そして尻尾が最初の障壁にぶつかる。
バカンッ!
神力を込めて作られた障壁は通常ならば一つあるだけで尋常ではない防御力を発揮する。しかし相手の攻撃はその障壁をやすやすと突き破ってくる。
バカンッ!バカンッ!バシャッ!
「くそっ!」
邪龍の尻尾はロストが作成した障壁をいとも簡単に突き破り遂に全ての障壁を突破し、ロストに振るわれてきた。
「ッ!?」
ロストは一瞬自分の体は存在していないのではないか?という錯覚に陥った。
「ッ!・・・・・ッ」
「オォォォ」
まるで摩擦など存在しないかのように地面を転がるロスト。障壁を張っていなかったら間違いなく体の真ん中を吹き飛ばされただろう。
「ッッ!」
ロストは余りの痛みに声どころか呼吸もままならない状態であった。
「ォォォ・・・」
邪龍は今が小物を消し去る好機を見たのかブレスの用意をし始めた。更にブレスを用意し始めたのは一つの頭だけでなく残り二つの頭もブレスの用意を始めた。
「ッ・・・」
しかしそれでも状況の危うさをロストは理解していた。未だに呼吸すら回復していないが必死に立ち会がる。
(多分肋骨全て折れてる・・・それにこの感じ、肺もやられた・・・)
未だに足の震えが止まっておらず生まれたての小鹿のように足を震えさせているがそれでもロストは立ち上がった。
(多分あのブレスは防げない。俺、死ぬかも)
生存確率は余りに絶望的な状況だった。しかしそれでもまだロストは気丈に生き延びる方法を模索し続ける。
(どうする・・・今の俺の体の状態ではあのブレスを回避することなど不可能だ。かといって魔法を使うか?駄目だ、あのブレスに対抗できる魔法が俺の覚えてる魔法の中にあるとは考えられない。それに俺の魔法じゃ2m過ぎれば消えるんだぞ?あのブレスにそんな魔法で打ち勝とうとするなんてそれこそ自殺行為だ・・・どうする、どうする、どうする!)
考えを巡らせてる間にも邪龍はブレスの発射体勢に入る。
(諦めるな・・・なんのためにここまで生き延びた。何のためにここまでの力を得たと思っている!)
邪龍の3つの頭全てがロストの方へ向く。
(考えろ・・・考えろ・・・奴は今何をしようとしている?竜族が得意とするブレスだ。ではブレスとは何か?ブレスは魔力を自分の体内の口の部分に収束し、放つ行為だ)
邪龍の六つの眼が完全にロストを捉える。邪龍はこのブレスで間違いなくロストを塵も残さず消し去るだろう。流石のロストも塵ひとつ残さない状態になっては回復なんて不可能である。
(ブレス・・・魔力を一点に収束させる・・・一点に・・・収束・・・・・一点に・・・)
ロストは不意に一つの考えを思いつく。余りに馬鹿らしく、余りに可能性の低い一つの考えが。
(・・・出来るのか?分からない。でも・・)
ロストは自分の銃に視線を落とす。
「やらなきゃ・・・分からねぇよな」
ロストは腕をなんとか動かし、弾丸を全て排莢する。そして銃を左脇に抱え、右手を道具袋に入れる。その間にも邪龍は炎の熱量を更に上げていく。
「弾は・・・一発。どうせ何発も作れないし、何発も撃つ暇がない」
道具袋から弾丸を一つ、取り出す。
「使う属性は・・・火か氷か・・・」
ロストは邪龍の方へ目を向ける。
「氷は直ぐに溶かされるだろう。なら火、だな」
不思議と恐怖はなかった。ただ淡々と準備を進めていた。
「俺の魔力の底力、信じるしかねぇよな」
そしてロストは自分の全ての神力をたった一つの魔法に使う。
「【火炎】」
ロストの掌に炎が一つ出現する。そしてそこに燃料を投下するように一気に神力を注ぎ始める。
「オォォォ!!」
邪龍は完全に準備を終えたのか遂にブレスを吐き出そうとしていた。
ロストの方は今や掌の炎は今やロスト自身の神力を全て受け、掌どころか部屋全体に蔓延っていた。
「・・・収束」
ロストはこの広大な部屋を全て焼き尽くさんとする自分の炎を一点に収束させる。そして一気に部屋全体に蔓延っていた火炎は完全にロストの掌に収まる程度の大きさの炎になっていたがあれだけの火力が一点に集中しているのだ。どれだけの破壊力を持っているのかはもはやロストですら分からない。
「【固定化】、【付与】」
そしてその炎が遂に魔弾となり、銃に装填された。
「ゴガアア!!!」
「・・・・・」
邪龍は完全に目の前の小物を消し尽くす様な叫びを上げて、ロストは唯冷静に照準を付けて引き金に指をかけた。
そして部屋全てが光に包まれた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
さて、今回の話、如何だったでしょうか?最上階なのでとても強力な敵である龍にすべきかと思いこの話を執筆しました。この邪龍の参考となったのはアジ・ダハーカという邪龍でした。分かった人はおられたでしょうか。
次回で遂に食堂編、完結です。しかしこの場合だと次回は相当長くなるか、もしかするともう3話程続くかもしれませんがそれでもお付き合いして頂ければ嬉しいです。
たくさんの感想ありがとうございます。感想には基本返信を心がけています。感想が作者の励みであり、執筆の原動力になります。感想お待ちしています!
次回の投稿は11月1日0時です。