第二十五話 主食の間
ロストは真上から自分に降りかかってくる無数の羽を見つめていた。
「キュアアアァァ!!」
「・・・・」
その時ロストが抱いた思いは恐怖でもなく悔しさでもなかった。
「・・・・」
ロストは無感情にその羽を見つめる。もうロストと羽の距離はほんの僅かばかり。しかしロストは無感情にその羽を見続ける。
そう、ロストが抱いた気持ちは“無”。ただ無心に羽を見つめていた。
そして遂に羽が自分の目前に迫った瞬間羽がロストを避けた。
羽の衝撃により辺り一帯に砂塵が舞う。
「キュァァ!!」
怪鳥は勝利を確信し、歓声をあげる。言葉にするなら‘ざまぁみろ’、と。そう言っているような感じだった。
バガンッ!!
しかしその歓声に答えたのは断末魔ではなく一発の銃弾だった。
「キュアァァァ!!!!!」
怪鳥の翼が一つ吹き飛ばされた。そして砂塵の中から自分の身長以上もある銃を抱えたロストが現れる。
「存外避けられるものだな。少し驚いたが」
ロストはただただ冷静に呟く。
「まあ確かに一回死んだ、とは思ったんだがな。そうなると急に頭が冷えてって冷静になった。軌道が綺麗に見えるんだよな」
「キュァァ・・・・」
「ああ、安心しろ。確かに普通の人間なら俺なんてただの挽肉になってたから。ただ俺が少し異常だっただけだ」
「キュルルルル・・・」
ロストは自分に降りかかってきた無数の翼を直視した時確かに死んだ、と感じた。しかしロストは急に頭が冷えてきただけでなく理論上は可能だが考えるのも馬鹿らしくなる対処方法を次々に思いついてきた。更に今の自分には絶対に不可能ではないと考えられる自分がいた。
「・・・・」
「キュアアア!!」
怪鳥は地に這い蹲りながらも残った片翼で羽を一気に飛ばしてきた。怪鳥とロストの距離はもはや3m程度しかなかった。通常なら視認もできずに絶命する距離だった。
しかし再び翼がロストを避けていった。
「無駄だぞ、いくら飛ばしても俺には当たらない」
「キュアアァァ!!」
しかし怪鳥は他にどうしていいのかも分からずただがむしゃらに羽を飛ばし続ける。しかしその尽くがロストを避けていった。
「だから無駄だって言ってるのに・・・まぁいいか。そろそろ決着をつけよう」
ロストは先程から撃っているライフルを排莢し再び構える。
バガンッ!
「キュアァァァァ!!」
「これでお前の武器の8割は奪ったか?」
ロストは怪鳥のもう片翼を更に吹き飛ばした。これで怪鳥には遠距離用武器が無くなったことになる。
「・・・仕舞いだ」
「キュァァァ・・・」
怪鳥はなくなった両翼から血を噴出させながらも立ち上がりロストを喰らおうとする。しかし爪は飛べなければ振るうことも満足に出来ない。嘴は通常の相手なら簡単に貫くスピードを出せるがロストにとってはあくびをしていても避けられる速度でしかない。
カチャッ、キンッ・・・
ライフルの排莢を終わらせ次弾を装填し終える。そしてロストは怪鳥の眉間に狙いを確実に定める。
「じゃあな」
「キュァァァ!!」
怪鳥は最後の足掻きとして突進してきた。しかしロストは既に怪鳥の眉間に狙いを定めていたため外すような愚行は犯さない。
バァン!!
長かったようで短かった一人と一匹の決着は一つの銃声で幕を閉じた。
「へぇ・・・すごいな。まさかあの守護者を突破するとは思わなかったよ。あの守護者はなんとかして避けるようにと作ったんだけどなぁ」
「ふふふ・・・私の騎士になる人よ?それくらいしてくれないとこっちが困っちゃうわ」
「あの守護者が突破できなくてもなんとかして階段を降りれば一匹一匹は大して強くないが数が多い魔獣がいっぱいいるエリアに行くんだ。結局対した差はないよ。でもあの守護者を突破できたのならこれ以上降りても意味がないなぁ」
「それじゃあどうするの?」
「彼を主食近くまで一気に引っ張ってこようか」
「ということは彼に会えるようになるまでの時間が短縮されるってことなのかしら」
「そうなるね」
「楽しみだわ」
「じゃ、僕は仕掛けをしてくるとしよう」
「ええ。彼によろしくね」
「僕は設置してくるだけだから会えないさ」
青年はそう苦笑し闇に溶けるように消えた。
「さて・・・次の階層はどんな物か」
ロストは討伐した鳥型の魔獣の死骸と素材を袋に入れ、次の階層へ向かうことにしたロスト。そして階段に足を踏み入れた瞬間いつもとは少し違う違和感を覚えた。
「む?」
少し気にしつつも害はなさそうなためそのまま階段を上がっていく。
そして階段を上りきった先には驚きの文字があった。
“主食”
「・・・おいおい、マジかよ。まさかいきなり主食に着くなんて思わなかったんだが」
ロストは正直驚いていた。少し前に“前菜”にて激闘をこなしたばかりなのにいきなり主食にきたのだ。ここに来るためには本来“前菜”から5つほどの過程を踏まなければ主食ではない。
「・・・・・まぁいいか」
ロストは気にしない事にした。
そして扉に手をかけ力を込め押し開く。
「っと・・・少し眩しいな。ここは前菜とは少し違うか」
そして前へ進んでゆく。すると目の前にいきなり黒いローブを纏った人型が現れた。
「強化」
ロストは瞬時に身体強化を行いリボルバーを抜き放ち銃口を人型に向ける。
「ほほぉ・・・いい反応をしよる。流石にここまで登ってきただけの事はあるというもの」
「・・・・何者だ」
「ほっほっほ・・・余の事を知りたい、と」
「喋らなければ殺すぞ」
「これはまた随分とせっかちな奴がきおっ――」
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
ロストは相手の言葉を言い終える前にリボルバーの引き金を4回引く。
「素直に話せばいいものを」
「随分と容赦のない童よ」
「何?」
ロストは今間違いなく眉間に2発、心臓に1発、足に2発狙ったはずだった。しかし目の前のローブの人型は何もなかったかのように立っている。
「どうやって避けた?」
「ほっほっほ・・・童よ。己は気配を読めんのかえ?」
「?」
「そうか・・・ならばすぐに死ぬ事になるかのぅ」
「何をいって――っ!!」
ロストは体に怖気が走り今いた場所から全力で移動する。そしてそれが結果的に功を奏したのか今ロストがいた場所には相当大きい大穴が空いていた。
「今のを避けるか。これは意外。てっきり直ぐに死ぬことになるかと思っておったのだが・・・存外楽しめるかのう?」
ローブの人型は何もない虚空に向かい話しかける。
「のう?チハよ」
「グルルルルゥ」
「っ・・・」
ローブの人型が虚空に手を差し出した瞬間虚空からいきなり漆黒というに相応しい毛色をした狼が現れた。
「そいつか、俺の銃弾を防いだのは」
「ほっほっほ、そうなるのぉ。可愛いじゃろ?チハって言ってのう。このチハには長らく遊ぶ相手がいなくてのぉ。己よ、少し相手してやってくれんか?」
「へっ・・・生憎俺は犬や猫とかペットを飼おうとすると長生きしなかったんだ。兄妹に殺されてたからな。そのお陰で犬との遊び方なんてまったく知らないんだ」
「なぁに、安心してくれ。遊び方はこのチハが教えてくれるわい」
「そうかよ、じゃあ来い、犬っころ。遊んでやる」
「グガアアア!!」
チハとロストの戦闘が開始された。
「グガアアア!!」
「速いっ!!」
チハは一瞬でトップスピードへ移行しているのか最初から猛スピードで突進を仕掛けてくる。
「強化がなかったらこりゃ即死してたな・・・」
「グルルルルゥゥゥ・・・」
突進を外したチハは悔しそうにしながらロストを見据える。そして今度こそは当てるとばかりに再び駆け出す。
「突進程度、俺にとっちゃただの動く的だ!!」
バンッ!
ロストはチハの進行方向を先読みし突進の進路上に銃弾を送り込む。このままいけば確実に眼球に当たり、眼を潰すことが可能だ。
「ガッ!」
しかしチハは突進の最中にも関わらず、獣の本能で何か危機を感じ取ったのか無理やり体を下に伏せる。その上を一発の銃弾を駆け抜けていった。
「ほほぅ・・・あの武器をここまで上手く扱うとは・・・」
ローブの人型はロストを興味深げに眺め感想を漏らす。一方ロストは当たるはずだった銃弾が当たらず憮然としながらもリロードを行う。
「グルルルル・・・」
「ちっ・・・次は確実に仕留める」
「グルァ!」
チハは今の一連の流れで突進はまずいと理解したのか攻撃方法を切り替えてきた。
「グルァ!」
「くっ、遠距離攻撃もちゃんとあるのかよ!」
チハは右前足を振り下ろし、鎌鼬を飛ばしてきた。
「くぅ!」
ロストは鎌鼬を必死に避ける。そして避け続け、僅かな隙を見つけては射撃を行う。
バンッ!
「ルァ!」
「うおっ!」
チハは鎌鼬を放つだけではなく、少しでも可能ならば突進をしロストを押し潰そうとしてくる。
「ガァ!!」
「ハァ!!」
ガキンッ!!
そしてすれ違い一旦停止。そのため互の距離は一気に縮まる。
お互いに距離を離さず近距離で戦い始める。
「ガアァァ!!」
「舐めんな!!」
キンッ!ガッ!
チハは牙と爪でロストを襲う。ロストは銃を蹴りを多用し凌ぎ、攻撃を入れる。
「ガアアアアアアアアァァァァ!」
「っ!!!!」
近距離でチハは大声を上げこちらを威嚇してきた。
ここでロストの動きが一瞬だが止まってしまった。ロストは反射的に身を竦ませてしまったのだ。
「ガァ!!」
チハはこの一瞬の隙を逃すまいとばかりにロストの頭を噛み砕きにきた。相手との距離はもはや足一歩分もないような近距離で動きを止められた。
「ガァ!!」
「ラァ!」
ドンッ!
ロストはチハが自分を噛み砕きにきていたのは分かってきた。ロストはここで回避ではなく、逆に自分から前へ出た。そして一気にチハの顎へ向かい掌底を放ち口を無理やり閉じさせたのだ。
「ふぅ・・・あぶねぇあぶねぇ。思いっきり噛み付きに来たもんだから少しビビった。まぁ顎を押されて口を閉じちまえばなんにもないがな」
「グゥゥ・・・」
「おまけだ、持っていけ!」
ロストはこの好機を逃さずにチハの顎に銃口を突きつける。
バンッ!バンッ!
「ガ・・・」
ドサッ
「ふぅ・・・少し危なかったな。さてそこの人型。お前の手駒は殺したぞ」
「・・・まさかチハが突破されるとはのう。これは意外じゃったわい」
「分かったら早く上階への道を開けろ」
「ふむぅ。こいつは困ったのぅ」
「早くどけ。殺されたいか」
「ふむぅ・・・まさかチハが殺されるとはのぅ。致し方ないか」
「そんなに殺されたいのかいいぜ、一発で眉間を貫通させてやる」
ロストは銃口を黒ローブの人型の頭に照準を付けた瞬間だった。
「別の子を使うとしようかのう」
「っ!!」
突如としてロストの背後に気配が現れる。そこで一瞬で後ろへ振り向いた瞬間純白の毛色をした狼が口の前で魔力が収束していた。
「カァ!!」
「っ」
白銀の光がロストの体を貫いた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回は頑張って気になる引きというのに挑戦してみました。読者の皆様が次回が凄く気になるぅぅ、って思って頂ければ幸いです。
本来ならこの話の前話は9月13日0時更新の予定だったのですが間違えていたようです。申し訳ありませんでした。
誤字脱字がありましたらお手数ですが報告よろしくお願いします。
たくさんの感想ありがとうございます!感想には基本返信を心がけています。感想が作者の励みであり、執筆の原動力になります。感想お待ちしています!
次回の投稿は9月27日0時になります
ながーれーてく~、雲の速さへとー