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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
8/44

 次の日、案の定体の痛みは完全には治まってなかった。やっぱ病院行った方がいいのだろうか? でも病院って無駄に緊張してしまうし、やっぱりここは我慢しよう。考えようによっちゃこんなの久しぶりに運動した次の日の筋肉痛みたいなものだ。今日はちょうど休みだし、ゆっくりしていようそうしよう。

 それじゃあまず、朝飯をどうにかしないと。さすがに昨日二食も抜いたせいで、起きた時からずっとおなかが鳴りっぱなしだった。

 「……買い出しに行くか」

 俺は簡単な身支度にえらい時間をかけて家を出た。

 まだ四月ということもあって、外は少し肌寒いけれど、よく晴れて気持ちのいい日だった。昨日の一件で底辺まで下がってしまったテンションが少しだけ回復した。

 スーパー三平は俺の家から歩いて二十分程度にある。あんまり遠すぎないところでよかったとこれほど感謝したのは、きっとこれが初めてで俺が初めてだろう。

 店内は、俺と同じように買い出しに来ていた主婦たちが大勢いた。きちんと並べられているキャベツの鮮度を見比べていたり、肉の前で今夜の献立を考えていたり、一つの商品を買うだけにこれでもかってくらい時間をかけている。ほんとにすごいと思う。

 母さん、俺少しだけだけど、母さんの苦労が分かった気がするよ。

 何が旬だとか、何が特売だとか、いつからタイムセールが始まるだとか、ここにいる主婦たちはすべて把握している。それほどの準備と覚悟が必要な場所、そう、ここは戦場なのだ。

 そして俺は、丸腰で戦場にのこのこ出てきてしまったドシロートだ。なんだかここにいるのが恥ずかしくなってくる。

 とりあえず、すぐに食べられるものがいいからパンでも買っていこう。

 俺は野菜コーナーに群がる主婦たちの間を通って置いているコーナーに向かった。

 実にさまざまな種類のパンが置いてあったけれど、今は質より量。適当に選んだらレジに持っていって清算。サッサと店を出た。

 帰る途中、あまりの空腹にもはや我慢の限界だった。「一個だけ」で始まって、家へ帰る途中で買ったパンのほとんどを食べてしまった。お行儀の悪いことだ。

 空になったスーパーの袋を持って家に帰ると、今度は睡魔が襲ってきた。おなかが膨れたら次は睡眠、人の構造とはいとも簡単にできている。

 布団に倒れこんだ。どんどんまぶたが重くなる。

 ピンポーン。

 その時、インターホンが鳴った。でも体は動かない。どうせこの辺で俺に会いに来るやつなんて新聞勧誘のお兄ちゃんか得体のしれない宗教勧誘のおばちゃんか西川ぐらい。出る必要なんかない。

 ピンポーン。

 何故なら、そのうちの誰であろうと一度出てしまえば大変面倒なことになる。

 そういえば引っ越しをした次の日は、どこからかエモノの匂いをかぎつけた新聞勧誘のお兄ちゃんがやってきて、今の世の中新聞読まなきゃダメだとか何とかさんざん熱弁した挙句、三種類ぐらい契約せようとしてきた。

 そのまた次の日には、これまたどこからかエモノの匂いをかぎつけたなんだかよく分からない宗教勧誘のおばちゃんがやって来て、世界をお造りになったのはナントカさんというまぁそれはそれは偉大な御方で、その御方の今までの偉業についておばちゃんのかなり偏った感想も交えながら長々と語られた。すっかり脳みそがマヒしてしまった俺は危うく入会のお誘いに頭を縦に振ってしまうところだった。

 ピンポーン。

 西川に関しては入学式の後うちに来て、その時あった食料の三分の二を平らげていきやがった、昨日バナナしか食べられなかったのは大部分がやつのせいだ。

 ピンポーン。

 まともな来客など来るはずがない、それが分かっているのだから、俺がとるべき行動はただ一つ、居留守だ

 コンコン。

 普通の人ならさっさと出て、適当な理由をつけて追い返すのだろうが、そんなことが俺にできるわけがない、だって俺、小心者ですから……って開き直ってる俺情けねー。小心者道まっしぐらだぜ。

 ピンポーン。

 ……粘るな、しかし俺だって負けない。お互いどちらが先に折れるか、勝負だ。

 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。コンコン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 ……え? え? ちょっと長くない? 粘り強さ水戸納豆クラスじゃない?

 コンコン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。コンコン……

 「……ちょっと待って下さい今開けます」

 ハイ俺の負け。降参です。いくらなんでも粘りすぎだよ。

 ……もしかして、俺がいるの知ってんのか?

 ドアスコープから外をのぞくと――そこには夜の闇に輝く月のような色にフリフリフリルが付いた服を着た黒髪ロングのお人形さんみたいにかわいい子が立っていた。

 新聞勧誘のお兄ちゃんでも、宗教勧誘のおばちゃんでもない、かわいい子だ。

 俺は約十秒ぐらいだろうか、フリーズしていた。目の前の現実を受け入れるために。

 ただいまの時刻十一時三十分三十二秒。

 最後の安息は十一時間と三十分と三十二秒で一日目を終えてしまった。

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