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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
7/44

 気が付くと、目の前は真っ暗だった。

 最初何がなんだかさっぱり分からなかったが、自分が走馬灯を見ていたことを思い出した。

 今のが走馬灯ってやつか、それにしても死ぬ直前に自転車の思い出を見る俺って……

 何だか、すごく泣きたくなった。

 そして意識は遠くなっていった。


 夢を見ていた。空を飛んだ夢だった。

 その間不思議なことに時間はゆっくりと流れ、俺はかなり長い時間空にいた気がした。

 後ろで誰かが俺を呼んでいたが、その声はやたらスローで、やっと俺の名前だと聞きとれるくらいだった。

 体は仰向けになっていて、空には雲は一つもない青空、そこに太陽と俺だけが存在していた。

 なんだかとても気持ちがよかった、ずっとこのままいたいと思った。

 しかし突然何かが俺の体の周りにまとわりつき、一気に地面に引っ張った。

 俺は抵抗しようとしたがその術が分からず、されるがままどんどん空から離されていく、それはさながら蝋が溶けて落ちて行く誰かさんのようだった。

 そして、うっすら目を開くと、そこはやたら白い部屋だった。

 それが今の俺が思い出せること、それ以上は寝ぼけていて頭が働かない。

 少し頭がはっきりしてから部屋をよく観察すると、ここは学校の保健室ということが分かった。実際はまだ入ったことがないから確信はないけど、そんな雰囲気の場所だから、たぶん間違いない。

 でもなんでこんなところで寝てるんだろ?

 ここに至る経緯を思い出そうとしたがうまく思い出せない。

 とりあえず上半身を起き上がらせようとしたその時、体中に十万ボルトの電流が流れた。

 「い――たぁっ!?」

 実際に電流が流れたんじゃないかってくらいの、衝撃だった。そのおかげさまで恥ずかしくもかなり大きな声が出た。

 突然大きな声を出されたもんだから、あわてた様子で保険の先生がカーテンを開けて入ってきた。

 「何!? ……あ、起きたのね。どう具合は?」

 「……痛いっす」

 「痛いっすって……それだけ? あなたずいぶん頑丈なのね」

 先生は驚き呆れたような顔をした後、吹き出して笑いだした。でも実際そうなのだから仕方がない。それにこっちは何が何だか分からず若干パニックに陥っているというのに、先生はなんだか事情を知っているみたいで俺はちょっとムッとした。

 「ごめん、笑っちゃダメよね。とりあえず担任の先生に報告してくるからあなたはもう少し横になってなさい、それと、病院はどうする、一応行っておく?」

 俺は首を横に振った、病院なんて行ったら、事はもっと大きくなってしまう。

 すると先生は「分かったわ」と言って立ち去ろうとしたので、俺はあわてて聞いた。

 「先生! 俺なんでこんなことになってるんですか?」

 すると先生は驚いた顔をして聞き返した。

 「え? 覚えてないの? 三階から落ちたこと?」

 この人は何を言っているんだろうと思った。三階から落ちる? 俺が? 何故?

 そう思った瞬間、俺の頭の中にある映像が流れた。そこは学食で、女の子が二人前にいる。いろいろあって逃げ出す俺、学校中を走り回って、三階で挟まれる。そして……

 「ああっ!?」

 俺の奇声も先生を二度驚かすことはできなかった。俺が記憶喪失になっていなことにホッとしたらしく、そのまま部屋を出て行った。

 先生が行った後、しばらくボーっとしていた。正直さっきの、学食から三階から飛ぶまでが、どうも現実のことに思えなかった。確かに体中痛いし、先生もそんなことを言っていったのだから本当のことなのだろうが、いまいち実感がわかない。もしかしたら夢だったんじゃないかと思ってしまう。でももしこれが本当だとしたら……

 恥ずかしさが体の奥からかすごい勢いでわきあがってきて体中がかゆくなった。確認できないが顔も真っ赤になっているだろう。

 その後すぐ後悔がやってきた。体に力が入らなくなり、そのままベッドに倒れこみ掛け布団の中にうずくまった。

 「こうして俺の高校生活は早くも終わってしまうのか……これじゃ助かったのか助からなかったのか分からないな……」

 俺は学校中の笑い者、みんな俺を見るたび指をさして笑うんだろうな。「あいつが女子に追っかけられて三階から飛び降りたやつか」とか、「頭おかしいんじゃねーの」とか、「根暗そう」とか、「変態じゃないの」とか、好き勝手言って笑うんだろうな。

 あぁ、どうしてこうなってしまったのか。俺はただこの一年、多少楽しくあんまり目立たない様におちゃらけた学校生活を送りたかっただけだというなのに。入学してわずか数日、俺のこのささやかな望みはぜーんぶ木端微塵ですよ。一体誰が悪いですか? 俺ですか? 俺が親にわがまま言ったからですか? だからこんな仕打ちを受けるのですか? お願いですから知ってる人がいたら教えて下さいよ。

 「私のせいです」

 その声にビックリしすぎて心臓が胸の裏側に当たったような気がした。

 いつのまにか、俺が寝ているベッドのそばに誰かいる。掛け布団の隙間からのぞくと、スカートが見えた。立っているので残念ながらその中までは見えなかったけど。

 「いや、私にだって非はある」

 さっきほどではないがまたビックリさせられた。

 もう一人いた。声は後ろからしたので、どうやら俺から見える人の反対側に、向かい合うように立っているみたいだ。

 二人はそれっきり何もしゃべらなくなった。保険室はあまりに静かで、さっきからバクバクと音を立てている心臓の鼓動が二人に聞こえてしまっているのではないかと思った。

 とにかく落ち着こう。二人に聞こえないように深呼吸、精神と心臓を落ち着かせよう、まずこの二人が誰か知らなくては。立っていて顔は見ないので声だけが頼りだ。

 幸い聞き覚えのある声だった、それもごく最近、確か……学食で。

 気付いた途端、鼓動がまた激しくなった。

 ―――あの二人だ。

 今後こそ完全に追い詰められた、どこにも逃げ場はない。もちろん窓も。

 最初は焦ったが、そんなのすぐにどうでもよくなった、もう疲れた。やっぱり人間諦めが肝心。もう焼くなり煮るなりお好きにどーぞ。

 しかし二人は何もしないで、ただそこに立っているだけだった。それに不思議とさっきのような威圧感は感じない、今ここにいるのはずば抜けてかわいいという以外普通の女の子だ。

 こんな子たちから必死に逃げていたと思うと、それはそれは恥ずかしくなって体中がかゆくなった。

 俺が自分の行いにもだえ苦しみ布団の中でもぞもぞしているのを、苦しんでいると思ったのか、二人が布団の上からさすってくれた。それはとても優しくて、布団を通して温かさが伝わってきたような気がした。

 きっと二人は俺が起きているのを知らない。だましているのにすごく気が引けたが、もう少しこのままいたいと思った。この温かさを感じていたいと思った。

 そして、いつのまにか眠ってしまっていた。

 気が付いた時には、もう二人はいなくなっていた。布団をはぐと、窓から入ってくる夕日は眩しく、きれいだった。一応起き上れるくらいまでは回復したけれど、一挙手一投足に激痛が寄り添う。

 保険の先生にお礼を言うと、ニヤニヤしながら「さっきの子たちは?」と聞いてきたので、肩をあげてさっぱり分からないというジェスチャーで返しておいた。先生は意味ありげな笑みを浮かべていたが、実際俺にはさっぱり分からない。

 帰りに担任の先生の所に行くように言われた。全く行きたくなかったが行かないわけにもいかないので、先生がいる職員室に行ってみると、案の定快く出迎えてはくれなかった。

 先生は俺を見つけ近くに呼ぶと、右手の人差指と親指で両方のこめかみを押さえながら呆れたように頭を振り、今まで教師という職業をしていていろいろな生徒に会ってきたが、窓から飛行を試みた生徒は初めてだ、と言った。俺だってしたくてしたわけではない。

 「先生の初めてになれて光栄です」

 「調子に乗るな」

 怒られた。確かに今の俺は少し変だ、普段ならこんなこと言わないのに。まさにまだ窓から飛び出したまま地に足が付いていないのかもしれない。

 とりあえずその後はなにも口答えせず先生の話を聞いた。その間も退室する時も、始終他の先生の視線を背中で感じた。まったく、なんでこんなことに。

 そういえば、重要なことを忘れていた。職員室を出る直前に、先生にこの件は親に黙ってもらえませんかと頼んでみたが、やっぱり断られた。なんでこんなことに。

 壁を伝い、スロープをつかみ、やっとこさ下駄箱まで来たところでカバンがないことに気が付いた。でもこの体では取りに行けそうにないからあきらめることにした。

 家に帰るのは一苦労だった。体中が痛くて思ったように動かない、二足歩行がこんなにきついものだとは思わなかった。壁を伝いながらかなりぎこちない歩き方をしている俺をおばちゃんが怪訝な目で見る。見世物じゃないんだよまったく。

 家に着くころにはもう七時を回っていた。制服を着たまま布団に倒れこむ。もう動ける気がしない。今日はいろいろあって疲れた。もう何もやる気が起きない。

 しかし一息つくと、おなかが減っていることに気が付いた。そういえば昼飯も食えなかったんだった。

 嫌がる体をいやいや起こして冷蔵庫に這って向かおうとしたその時、思い出した。

 「そういや、何もないんじゃん」

 冷蔵庫の中は朝と変わらずすっからかん、今はバナナすらない。

 大きくため息。なんだかさらに疲れが増した気がした。もう買いに行くのすらめんどくさい。

 今日は飯をあきらめて、早く風呂に入ってサッサと寝ることにした。

 しかしいざ布団に入ると、さっき保健室で寝てしまったせいかそれほど眠くないし、そのうえ腹が減ってなかなか寝付けなかった。無理矢理でも寝ようと目を閉じている間、今日あったことを思い出していた。

 学食でみんなの注目を集め、学校中を逃げ回り、挙句の果てに窓からフライアウェイ。

 ……何やってんだか、こんなはずじゃなかったのに、ただ、一年間静かに普通の、でもたまにちょっとした事件がある、学校生活をしたかっただけなのに、入学早々こんなトラブルに巻き込まれるためにわざわざ親に無理言って独り暮らしさせてもらったわけじゃない。俺明日から学校でどうやって生活していこう……あ、明日は土曜日だから学校休みか。月曜になったらみんな都合よく今日の記憶だけ無くなってないかな。なるわけないか。

 それにしてもあの子たち……一体どういうつもりなんだろ? ただの悪ふざけか? 

 それだったら許さないけど助かる、心の方は、致命傷だけれど。

 でももし本気だとしたら……俺これからこんな生活を続けていかなきゃいけないわけ?

 「……はぁ」

 また大きなため息が出た。先が思いやられるとはまさにこのことなんだろう。

 とりあえずこの土日は何も考えないようにしよう。おそらくこれが、俺に許された最後の安息だろうから。

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