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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
6/44

 それは、近所の自転車屋から始まった。

 その日俺はこれからの通学の相棒になる者の品定めに来ていた。

 たとえ短期間といえども通学中何かあったらいけないと、多少高くても安全なものを買うよう親は言っていたので、俺は選びに選び抜いた。

 長い時間をかけた。そして俺に選ばれたそいつは、一見フレームが赤いただのママチャリだが、ライトは暗くなると自動で点くのでいちいち点ける手間がなく、またフレームはチタン製と錆にも負けない仕様。カギはもちろん二重ロックと防犯機能もばっちりで三段変速のギアつき。その他にもこぎ手をいたわる機能がいろいろ付いている優れモノのくせに、パッと見そんなことを感じさせない控え目なやつ。赤をえらんだのはいつも選ぶ色が地味と言われていた俺のちょっとした冒険心からだ。

 さっそく乗ってみると、思った通り乗り心地はばっちり。そのまますぐ家に帰るのも惜しくなって、家の方向とは反対の、これから自分が通う学校に行ってみることにした。

 わりと有名な進学校、校舎は改築してから間もないのでまだ新しい。パンフレットに載っていた航空写真でこの校舎はカタカナの「コ」のような形をしていることが分かった。

 片方の校舎は生徒の教室からなっている通称「一般棟」。

 その一般棟の先っぽのところは校舎より少し大きな四角形の二階建ての建物と繋がっている。そこの二階が学食になっていて、一階は天下のお役所地獄の一丁目、職員室。

 もう片方は音楽や美術などの授業で使う特殊な教室からなっている通称「特別棟」。

 一般棟と特別棟との間には二つをつなぐ渡り廊下がある二階建ての建物と、緑生い茂る生徒たちの憩いの場、中庭になっているらしい。サッカー場が一つ半くらいすっぽり入るほどの広さがある校庭では陸上部が校庭に石灰で書かれたトラックを走っている。

 しばらくその光景を見ながら感傷に浸ろうと思ったが、出来ないので帰ることにした。

 帰り道には少し左カーブを描く傾斜の低い坂道がある。ここを毎日登るのを考えると少し面倒に思えた。

 坂道を下る新しい自転車は順調にスピードを上げている。すると目の前に十字路が見えた。数人が左の道に入る曲がり角に溜まっているのが見える。

 「あ……」

 その時の俺は少しテンションが上がっていたのだろう、そうとしか考えられない。

 路上に立つミラーで車が来ていないことを確認し、ついでに目標も確認し、勢いを殺さずに左折。

 ガッシャーン!

 「ぐぇっ!?」

 そして、人をはねた。

 「うっ」

 俺は前につんのめって腹にハンドルが食い込み、バランスを失った自転車は派手に倒れた。

 肝心のはねられた人は、すごい勢いで転がっていく。

 その様子は少し面白く笑いそうになったのであわてて口をふさぐ。そのせいで謝罪を言いそびれた。

 すると、視界のわきから二人組の男が出てきてはねられた人に駆け寄った。

 「もっちゃん!?」

 「大丈夫!?」

 二人は金髪と茶髪。なかなか派手な色と一体何と書いてあるか分からない英語がプリントしてあるシャツ、ズボンは太ももの位置にどうにか固定されていて……つまり見るからに明らかな不良さんたちであった。

 吹っ飛んだあの人も黒髪オールバックでバッチリ決めた、明らかな不良さんであった。

 しかもよりにもよって、この二人の態度からしてどうやらリーダー格らしい、明らかな不良さんであった。

 俺は頭の中で必死に謝罪の方法を考えた。

 「いっ……てぇなゴルァッ!」

 とても迫力ある声で言うと、立ち上がってこちらを睨んできた。その目に声に完全にビビってしまった俺。

 「てめぇ、どういうつもりだよ」

 金髪の取り巻きががに股で近づいてくる。

 「もっちゃんに何してくれてんだよ」

 茶髪もそれに続く。

 「マジで……ぶっ殺す」

 と、なんかかわいいあだ名のもっちゃんなる人物が二人をどけて走ってきた。

 思考停止。俺は本能が命ずるまま、回れ右して即刻逃げ出す。

 「待てやゴルァッ!」

 後ろから俺を呼んでいる声がする。

 しかし振り返らなかった。一目散に逃げた。

 ずいぶん走った後、ふと後ろを振り返るとすでに彼らの姿は見えなくなっていた。

 そしてそこで、自転車の前輪が少しひしゃげていて、右のペダルも若干曲がっていることにも気が付いた。多分ぶつかって倒れた時だ。

 その場でひとしきり落ち込んだ後、辺りに意識を張り巡らしながら帰った。

 翌日、入学式前日、俺は昨日とだいたい同じ時刻に同じ自転車屋にいた。

 店長のおじさんはかなり呆れていた。とりあえず明日使うことを伝えると、優先して直してくれた。

 少し待つと修理が終わったので礼を言うとおじさんは「当分来るなよ」と笑って言われた。

 それから、なんとなくまた学校に行ってしまった。出不精のくせに一度外に出ると今度は早く帰りたくなくなるのだ。

 校庭には野球部とソフトボール部がいた。しばらくその光景を見ていたが、やっぱり何もすることがないので帰ることにした。

 また昨日と同じ坂道を下る。もちろん今回はスピードをセーブしながら。

 十字路が見えてきた。右の曲がり角、カーブミラーのところに人が数人が溜まっているのが見える。

 「あ……」

 その時の俺も多少テンションが上がっていたことは否めない。

 今回は道路の右側に移り、大きく左折して道に入ることにした。いわゆるアウトインアウトならぬアウトアウトアウト、だ。

 そして、そろそろ左にハンドルをきるタイミングに差し掛かるだろう時だった。

 ドンッ!

 また、人をはねた。

 しかし今回はスピードが出ていなかったので、こちらは倒れたが向こうは少しよろめいただけだった。

 「すみませ~ん」

 あわてて謝罪して顔をあげると、ぶつけられた人はどこを向いて歩いていたのか分からないが、こちらからは背中しか見えなかった。

 「いってぇな!」

 乱暴にそういうとその人はこちらに振り返った。

 その時、時間が一瞬だけ止まった。

 デジャブ? いや違う、同じなんだ。

 また昨日の不良さんだった。しかもぶつかったのは何の御縁かまたもっちゃん。後ろにはやはり金髪と茶髪がいたのだろうか。確認する暇はなかった。目の前にいるもっちゃんが、まるで髪の毛が逆立ち金髪にならんばかりの怒りに満ちた表情で俺の愛車をつかんだ。

 「……ぶっ殺」

 言い終わる前に、俺は自転車から飛びのき、回れ右してまた走り出していた。

 向こうもまた追いかけてきた。

 「待てやゴルァッ!」

 また同じことを言っている。

 そのとき俺は二度目ということもあって少し余裕があったのか、聞いてみたくなった。

 「待ったら許してくれますか?」

 「……お前マジで殺す」

 結果、不良さんたちの気持ちをより煽っただけだった。

 しかし不良さんたちはあのズボンのせいかあまり速くはなく、振り切るのに時間はかからなかった。しかし姿が見えなくなってもそれでは不十分だったのか、俺の脚は走り続けた。

 気が付くとだいぶ遠くまで来ていた。しかも家と逆方向。

 それだけでもかなり脱力してしまったが、その時になって初めて自転車を置いてきてしまったことを悔やみ、本気で泣きそうになった。

 フラフラと歩き始め、そこからどうやって帰ったのか分からなかったが、気が付くと家に着いていた。

 そのまた翌日で入学式当日、まだどこも汚れていない制服に身を包んだ新入生が親と一緒に坂道を登っている。その集団の中俺は一人で歩いていた。途中、道のわきに赤い何かが置いてあった。それが視界の隅にちらっと入った時、仲間を見捨てた罪悪感のようなものが心の最も深いところから湧いてくるような気がしたが、考えないようにして集団と一緒に坂道を上った。

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