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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
5/44

 言い終わるかどうかというタイミングで俺は二人とは逆の、学食の出口に向かって全力ダッシュでエスケープした。

 驚いただろう? みっともないだろう? これが俺さこんちくしょう!

 ついでに、唖然とする生徒の間をすり抜ける途中、西川を見つけたのでボディに一発決めてやった。俺を見捨てくれやがった報いだ。

 そして勢いよく学食を飛び出した俺は、すぐ左の階段で一階に下り、走りながら隠れる場所を探していた。今頃、彼女たちは何が起こったのか分からず呆然としていることだろう。だからこそ早く隠れなくては。

 下駄箱に到着。靴を取り出そうとした時、ふと思った。

 今は昼休み、まだ午後の授業が残っている。

 おそらく日本の高校のほとんどは、特別な事情がない限り放課後まで学生が学校の敷地から外に出ることを禁止している。つまり、このまま外に出てしまえば、必然的に彼女たちは追ってはこないのではないか?

 「ふっ、いったい何を迷っているんだ俺は。こんなの迷うことなんかじゃないか」

 やれやれ、といった感じに頭を振って、俺は下駄箱を後にした。

 そりゃ当たり前じゃないか。彼女たちができないなら、当然俺もできない、俺も一介の高校生なのだから。そして小心者なのだから。

 よって、校外逃亡案は否決。そのまま廊下を走る。

 正面には校舎から体育館をつなぐ渡り廊下が見えてきた。そこから校舎の外に出ることも可能なはずだ。

 よし、あっちなら隠れる場所もありそうだな……あれ? でも、校舎の外に出るなら下駄箱から行っても良かったんじゃないか? まぁ、気にしない。

 一応後ろを振り返ったが、幸いまだ誰も追いかけて来ないようだ。ひとまず安心。

 それで、前に向き直った次の瞬間――

 「……え~」

 その、体育館へ続く渡り廊下の真ん中に一人女の子がいるのが見えた。

 いや、単なる女の子ならばそこいらにもいる。だから、俺がこれだけ注目する理由はもっと別なところにある。

 あそこで、まさに仁王像のごとく立って――いや、君臨していると言った方が適切な表現だと思ってしまうあの方は、先程までずっと顔を合せていた、まだ後ろにいるはずの、とても強そうな女の子の方だった。よし、彼女のことはこれから仁王さんと呼ばせていただこう。

 かなり後ろにいたはずの仁王さんが、どういったわけか十数メートル前方に現れた。どうやら彼女にはもはや人知を超えた何かが宿っているとしか考えられない。恐るべし仁王さん、あながちこの名前は間違ってはいないのかもしれないな。追いかけてくるどころか、すでに先回りされていたのだ。神の所業としか思えないじゃないか――なんて悠長に考えている暇はない。

 「うそん」

 仁王さんは俺を見つけると、その仁王らしからぬ顔にこれまた仁王らしからぬ笑顔を浮かべながら、こちらにゆっくり歩いてくる。

 でも俺には分かる。彼女は真の意味で笑ってなどいない。その証拠に、両の手のこぶしが固く握られている。まがまがしき何かに仁王さんの周囲の空気が歪み陽炎のようになっている。

 立ちふさがるものは何もなく、空気さえもその道を譲っているようだ。

 俺はスピードを維持しながら九〇度の直角ターンで方向を変更、階段を上った。

 二階は学食の方へと続く廊下と、反対の校舎――通称特別棟へと続く渡り廊下の二手に分かれている。だが学食のほうに行くのはあまりにも危険と判断し、渡り廊下を渡り反対側の校舎のほうへ走った。

 その間、俺は三階に行くか一階に下りるか考えながら走っていた。

 だから、すぐには気が付かなかった。後ろからものすごいスピードで何かが近づいて来ていることに。

 その何かが醸し出す雰囲気というかオーラというか、そんなものを感じ取った時には、すでにかなり距離が詰められていた。後ろを振り返ったわけではない、振り返る必要がないほど、彼女の気配はすさまじいものであった。背中がじりじりと焼かれているかのようだった。

 特別棟に入った俺は、何か案があったわけでもないがとにかく上に上がった。階段を上り切って廊下に出た時、違和感を感じた。

 そして、それがなんなのかはすぐに分かった。

 「……誰もいない」

 この階の廊下には生徒が一人もいない。もともと生徒が普段使う教室があるほうの校舎ではないので、昼休みの時間帯は人が少ないだろうが、これは異常だ。本来なら午後の授業を待つ生徒が少しくらいいてもおかしくないはずだ。

 もう少し考えれば分かりそうだったから、俺は考えることを拒否した。

 とにかく走った。

 後ろからは依然として何かが迫ってくる。その距離は徐々に詰められている。

 必死に走った。

 そして、廊下の半分くらいまで来たところで、向こう側の階段から人が出てきたのが見えた。

 それはそれはとても観音菩薩様が如き慈愛に満ちた顔をした、とても頭がよさそうな女の子。……が、後ろには怖いお兄さんたちを引き連れている。

 そう、読まれていた。俺が仁王さんに先回りされ、苦し紛れにこちらの校舎の三階に逃げてくることを、彼女は読んでいたのだ。

 急ブレーキをかけた。廊下はあまりすべりが良くないので前につんのめりそうになった。

 それと同時に前の集団と後ろの御方の動きも止まる。

 しばしの沈黙。俺はさっきまで全力で走っていたにもかかわらず、呼吸を忘れてしまったかのようにただ立ち尽くしていた。しかし汗だけは絶えず額から顎にかけて流れている。

 誰も動かないその場所は、まるで時間が止まったようだった。もしかしたらそれが俺の能力だったのかもしてない。でも俺も一緒に止まってしまうのだから大した能力ではなかった。

 最初、俺は頭を通常の三倍速で活動させここからの逃亡案を考えていたが、現実は厳しい。どうやら俺には追い込まれた土壇場で開花するお話のヒーロー的な潜在能力はない。

 どうやってもこの状況を抜け出す策がないと分かった瞬間、パンッと良い音を立てて頭の中が真っ白になってしまった。

 依然、体中の肌を針千本で突かれているような沈黙が続いている。とにかく誰でもいいから早くこの沈黙を打ち破ってほしかった。しかし、前にいる集団も後ろにいる御方も何もしゃべらず、ただひたすらこちらを見ている。これが均衡状態ってやつだろうか。

 長い沈黙、そろそろ昼食の時間も終わる。俺のカツカレー……どうなったかな……

 どうしようもなくなった俺は、自分を保つために現実逃避という方法をとっていた。

 「これが最後のチャンスだな」

 逃避中だった俺の頭にこの言葉が入ってくるまでには少し時間がかかった。

 少し間が空いてその声の主がいるほうに振り向き、どういう意味か聞こうとした時、今度は反対側から声が聞こえた。

 「どちらをお選びになるのですか?」

 その声がした方に振り返る。そのどちらもが俺に対しての発言のようだ。

 そして、どうやらこの話は学食でされていたそれの延長。

 「もちろん私だよな」

 と後ろから、

 「私は信じています」

 と前から、

 すごい勢いで汗が出始めた。足が震えている。

 今、十五年間の生涯で最大の恐怖を感じている。

 答えなければ……でも何て?

 どちらかを選べば、選ばれなかった者からの制裁を受けるのは分かり切っている、かといって答えなければ両方から。

 迷っている間にも距離は少しずつ詰められている。

 どうするどうするどうするどうするどうするどうする……

 一歩詰められるごとに早くなる脳の回転。しかし実際カラカラ回っているだけで何も思いつかない。

 一歩、また一歩と、どんどん近付いてくる。

 どちらも笑顔で。

 それがより恐怖心を駆り立てる。

 やばいやばいやばい――

 「……くっ!」

 その時俺が何を思ったかよく覚えていない。たぶんあまりに大きな恐怖とか焦りにとか諸々の心境に俺は支配されていた。そうじゃないならどう考えたってこんな行動をとるはずがない。

 俺の体は動きだしていた。前でも後でもなく、横に。

 もちろん急に都合よく横に道ができたわけではなく、そこにあるのは壁と、窓。

 

 そう、俺は窓から飛び出した。


 ……はぁ? 何やってんだよ俺、普通窓から飛ぶか?

 もはや呆れを軽く通り越して笑えてきた、というか笑うしかないな。ハハハ!

 人は追い詰められると冷静な判断ができなくなる、まさに全くその通り。

 俺が飛び出したのは三階だ、まぁただでは済まないんでしょう。もしかしたら助からないかもしれない。あぁ、グッバイマイスクールライフ。たった一週間だったけど楽しかったよ。父よ、母よ、先に冥土に旅立つ親不幸な息子をお許しください。今思うことは、出来ることなら、もう少し子供の意見に耳を貸していただきたかった。子供のハートって意外と繊細なんだよ? ちょっとした環境の変化が、だいぶ負荷になるんだよ? せめてわが妹の話は聞いてくださいな。そしてこんな超高校級の間抜けな死に方をしてごめんなさい。妹よ、特に何もない。強いて言うなら高校受験頑張れ。西川、殴ってゴメンな。俺がお前でも確実に逃げてたよ、死んで詫びるよ……笑えない! あとは……そうだ、一年一組のみんな、短い間しか会わなくて、しかもほとんど話したこと無いやつばっかだけどありがとう。俺のことは出来れば忘れないでくれ。あと、瞬間的ど忘れによって名前が出てこなかったどこかの恩人や親しい方もありがとう。今までの自分はたぶんあなた方がいてくれたおかげです。ただ、一番悔いに残っているのは、どうしてこんなことになってしまったのか。もしそこのあなた、この疑問を解決していただけるなら、私は一生あなたの守護霊として影からお守りいたします。どうぞよろしく。

 よし、これで全部かな。あとは待つだけだ。

 俺は静かに目を閉じた。

 すると突如、目蓋の裏に映像が流れ始めた。

 ははん、これが走馬灯ってやつか。はたして俺はどんな走馬灯を見るのだろうか……なんて、こんな状況をどこか楽しんでいる自分がいた。もうやけっぱちだ。

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