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ピピピピピピ……
携帯電話から七時半に鳴るように設定したアラームが一人きりの部屋に響き渡る。この音が『マスターもう家を出る時間ですよ』と優しくも厳しく俺の鼓膜を揺り動かす。もしそんな時間にも関わらずお家にいてぐずぐずしていようものなら、それはもう大変ことになってしまうことを、俺はここ最近、切に感じている。
感じて、学んでいるはずだった。
しかしどういたことだろうか、人の習慣とはそうたやすく変わらない。ままならないね。
「あぁ……やば、遅刻だ」
俺は携帯電話のアラームを切って、立ち上がる。
「あのう……もう、ほんとに、遅刻確定なんですが……」
「なら、君も手伝ってくれ!」
「いや、そうしたいのはやまやまなんですが、そうもいかないじゃないですか……」
ホント、どうにかして手伝いたい。俺も入って混ざりたい。だが、それは出来ない。苦渋の決断だが、俺は狼にはならない。
何故なら、俺が狼になった途端、きっと赤ずきんをかぶった姫が笑顔と猟銃を携えて俺を始末しに来るからだ。
何これ辛い。
「なんてことだ。どうして起きない……こんな人間がいるのか。おい! いい加減にしろ!」
「イヤデス」
「あの……本当に起きていないんですか?」
俺は扉の空いた隙間に声だけを侵入させる。出来れば、覗きたい。
「分からない……だがもしこれが起きていないのなら、もっとひどいぞ」
「ネテマス」
「ホントに?
「ホントニ」
「ハロー?」
「ナマステ」
「「イェーイ」」
何これ楽しい。
「おい! 君も一緒になって遊んでないで、手伝ってくれ!」
「無理ですよ……僕がどうにかなってもいいんですか?」
「どういう意味だ?」
「何でもないんです」
「おいいぃぃぃ! 頼むから起きてくれえぇぇぇ!」
「イヤデス」
「ブエノス」
「ノチェス」
「「イェーイ」」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鷲頭さんが発狂した!?
「何やってんのよ」
「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「そんなに驚かないでよ」
俺の背後を取ったのは姫だった。
「そりゃびっくりするよ! 何でいんのさ!」
「何でって、そりゃ、困ってたから」
「お前ホント何なんだよ!?」
うちに盗聴器とかでも仕掛けてんのか?
「まあまあ、姫さんにお任せあれよ」
そう言って、姫は朱音さんの部屋に入って行った。
待つこと数秒。
「キャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!」
黄色い悲鳴が家にこだました。
それから待つこと数分。
「お待たせ」
最初に居間にやって来たのは姫だった。何事もなかったかのように、澄ました顔をしている。
「…………」
続いて、無言のまま肩を落として入って来たのは鷲頭さんだ。
「おはようございます」
最後に、先ほどの悲鳴なんて俺の幻聴だったかと思ってしまうほどすがすがしい笑顔で入って来たのは朱音さんだった。
三者三様。
「どうも、おはようございます」
「さて、行きましょうか」
「はい!」
姫の号令に、朱音さんが元気よく返事する。
「……ああ」
鷲頭さんは、かなりお疲れの様子だった。心中お察しする。
「でも、遅刻確定だね」
「大丈夫よ」
俺の発言を、姫が何故か自信満々に否定した。彼女には時間すら掌握する能力があると言うのか。
「今頃、学校にいるのは先生と西川だけだから」
「はい?」
「他の生徒の登校時間をずらすよう妨害しろって、党員に言ってあるわ」
「お前何者だよ!?」
「無論、かりん党総裁のご指示として」
「それって俺の責任になっちゃうんじゃねえの!?」
「大丈夫よ、ちゃんと西川だけを向かわせたから」
ヤマタノオロチに差し出されたクシナダヒメだな。しかも誰も助けに来ないバットエンド。
想像したら笑えてきた。
「でもどうして、それで俺の責任にならないの?」
「…………」
「お前なあっ!」
結局怒られるのかよ!
「仕方がないじゃない。あなたの監督不行届きよ」
「マジかよ……」
西川笑ってごめん。俺も一緒に喰われてやるよ。
「あの……夏衣さん」
おずおずと声をかけて来たのは朱音さんだった。
自分の責任だという事に責任を感じて、一緒に謝って――
「ファイトです。前向きに生きましょう」
くれなかった。
膝をくじかれて項垂れる俺の肩に、鷲頭さんの優しく温かい手のひらが置かれた。惚れそうだった。
「さあて! 行きますか!」
姫を先頭に、三人は歩き出す。引きずられるようにして、俺も追従する。学校を目指し、歩む足は止まらない。数十分後盛大に怒鳴られると分かっている俺は、この時この瞬間を、確かに生きている実感を持つことが出来ている。
こういう意味じゃ、なかったんだけどな。
やはり、ままならない。
「俺……間違えてない、よね」
俺の突発的な発言に、他の二人はキョトンとした顔をしたが、たった一人だけは、不敵に笑った。
ここで一旦区切りとなります。




