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かりん党  作者: 相上音
後編 黒白
42/44

16

 部屋に戻った俺は、机に向かってはいても何かをするでもなく、しばらくの間ボーっとしていた。何故ボーっとしていたかと言えば、特別何かを考える必要がないこともそうだし、考えたってもうどうにもならないと言うこともそうだし、俺が考えることに何の意味もないなど諸々だ。

 こんな状況になって、今の自分がさほど取り乱していないのは、果たして慣れたからなのか、それとも実感がないからか……うん、やっぱ考えたって分かんねーや。

 イスに座ってくるくる回って、すぐに気持ち悪くなってしばらく止まってから、また回り出す……を何度か繰り返していると、ふと階段が目に入った。個人の部屋の中に階段がある家を、俺は一軒しか知らない。我が家だ。

 何となく、俺は部屋から伸びる階段を上って、扉を開いた。途端、肌寒い風が当たる。眼前に広がった夜空に雲は無かった。視界の端で、洗濯物の取り込み忘れがひらひらと揺れている。

 このバルコニーを作った時に、父さんは木製のテーブルとイスのセットを買っていた。全四脚で、家族の人数分だ。これが全部埋まることはついぞなかった。俺はこのイスに座る時、なるべく一つのものに限定せず、その時毎に違うイスに座ってしまう、何故だか。

 今日は一番手前にあったイスにした。背もたれが頭の位置まであって、体全身を預けることが出来る。そのまま、星を見上げていた。もしこれで隣に女の子でもいて、「ほら、あれが何とか座だよ」とか言えたら、かっこいいのにな……何て他愛もないことも考える。それだけ、気持ちに余裕ができた。そう、俺は今落ち着いている。たぶんそれは、今日の我が家が、何と言うか、温かいからだった。やっぱり人がいるといないのとでは大違いだ。そりゃ家だって誰かに住んでもらうために作られたんだから、当然と言えば当然だよな。しかもあんなかっわいい子たちが住むってんだから、俺だけの時よりテンションも上がっちゃうよな。分かるぜ、俺も上がっちゃうもん。

 しかし、その懐かしい感覚が、実はちょっとこそばゆいと言うか、こう……胸の辺りをわしゃわしゃさせるのはさてどうしたことだろう? まさか……これがホームシック的なものか? おいおい勘弁してくれよ。

 「わぁ、すごいですね!」

 「ビッ――クリしたぁ……」

 突然の来訪者に、俺の心臓が「キュッ」と可愛い音を立てて縮んだ。

 いつの間にか、俺の真後ろには朱根さんが立っていた。空を見上げる彼女の顔は、空にあるそれらに見劣りしないくらい、まばゆく輝いていらっしゃった。あまりの神々しさに心中で合掌。

 「ふふ、ごめんなさい。……あ、勝手に入ってすみません」

 「いえいえ良いんですよ。別に秘密にしようとしていたわけでもないですから」

 「ふふふ、ありがとうございます。でも、部屋にも勝手に入ってしまって」

 「それも全く問題ございませんとも」

 ……あれ? 見られたら困るものなかったよな?

 「声をかけたんですけど、いらっしゃらなかったみたいで……そしたらまさか、こんな素敵な場所があるなんて」

 「そうですね、言ってしまえば我が家のちょっとした自慢です。田舎だから空を遮るような高い建物もないし、明かりも少ないし――って、そんなこと知ってますよね」

 「はい、知ってます」

 そう言って微笑んだ……天使か!

 「あ、どうぞお座りください」

 「はい、ありがとうございます」

 そう言って、俺の右隣に座った。

 あ……やべぇ、ただ単純に、この瞬間が嬉しい。

 朱根さんはパジャマの上に白いカーデガンを羽織っていた。確かにそれくらい欲しい気温だった。髪はもう乾いているみたいで、先の方をやたらふわふわしたゴムでまとめている。その髪が風で舞ったりして、それを押さえる仕草がもう何とも――艶美!

 「ふう~」

 「うひゃあ!?」

 耳が! 耳がくすぐったい!

 素っ頓狂な声をあげて振り返ると、したり顔の鷲頭さんが立っていた。

 「……ビックリしたぁ」

 「ははは、期待通りの反応だ」

 ……え? こんなお茶目キャラだったっけ?

 見ると、朱根さんも笑っていた。

 「……もしかして、グルですか?」

 「ごめんなさい。凛ちゃんが」

 「あ、華ちゃんそれはずるいぞ、加担した時点で同罪だ」

 凛ちゃん華ちゃんて……すっかりくだけてるなぁ。一応お互い家出をしてきたのだから、もう少しぎすぎすと言うか、とげとげしい感じなのかと思ってたけど……あれか、友達の家でのお泊り会感覚か。

 ――まぁ、それはそれでいいか。

 鷲頭さんは俺の左隣りに座った。

 「しかし――ここは良いな。まだちょっと肌寒いが」

 鷲頭さんはそう言うと体をさすった。鷲頭さんは意外にもスウェット派だった。少し大きめなのか、全体的にタボついている。しかも上下濃い緑色って、俺のとお揃いじゃ……え?

 「――あ、そうだ、すまない。寝巻を忘れてしまって、夏依の物を勝手に借りてしまった。……怒ったか?」

 「いや全然! ありがとうございます!」

 ……ちょっと待てよ。俺のスウェットは俺の部屋にあったはずだ。とすると、鷲頭さんはここまで……ちくしょう!

 「なんで夏依がお礼を言うんだ。お礼を言うのはこちらの方だ――本当に、ありがとう」

 「私からも、本当にありがとうございます」

 「あ――いや、もういいですから。やめましょう、そう言うの。息苦しいでしょ? ね?」

 「そうですね。でもこれだけは言わないといけません」

 そう言うと、朱根さんはすっと立ち上がった。

 「そうだな。ちゃんと言わなければいけないことがあった」

 続いて、鷲頭さんも立ち上がる。

 何となく、俺も立ち上がった。

 

 「これから、どうぞよろしくお願いします」

 「これから、どうぞよろしく頼む」

 「……こちらこそ」

 

 こうして、俺と二人の美少女との共同生活は幕を開けた。

 これは、俺が望んだ高校生活なのだろうか。その答えは、まだ分からない。ただ、今この瞬間を噛みしめておきたい。

 だから、俺はしばらく黙って空を眺めていた。他の二人は何を考えていたのかは分からないけど、一緒になって、静かに空を見上げてくれていた。

 「……そろそろ、中に入りましょうか。ここにいたら風邪を引いちゃいますよ」

 「ん、そうだな」

 「ですね」

 俺が扉に手をかけ、二人を先に中に入れる。洗濯物は、また後で取りに来よう。

 「……あ、そう言えば知ってました? お二人の親御さんとうちの親、顔見知りらしいですよ」

 俺は階段を下りる二人の背中に向かって言った。

 すると二人はほぼ同時に振り返った。

 「え!? そうなんですか?」

 「それは、知らなかった」

 二人の顔には驚きと同時に、警戒の色が見えた。

 「俺もです。朱根さんのお父さんとうちのお父さん、鷲頭さんのお母さんとうちのお母さんが知り合いみたいです」

 「それは……良かったです」

 「同じく」

 なるほど、この反応からして、やっぱり二人はもう片方の親とケンカしているみたいだな。あの電話にそちらの親が出なくて良かった。俺まで危ない所だった。

 「……でも、どうしてそれを夏依さんが知っているんですか?」

 「確かに、その口ぶりだとついさっきまで知らなかったかのようだ」

 「あ……それは……」

 どうしようか、やっぱりさっき電話したことを言うべきだろうか?

 ……いや、今はまだいいだろう。多分二人にはおいおい親から連絡が入るだろうから。何だかそんなことを言っていたし。

 「……風の噂です」

 「怪しい」

 「怪しいな」

 二人がジトッとした目で俺を見る。その目にすくみ上った俺は、安定の小心者だった。

 しかし二人はそれ以上詮索せず、また階段を降り始めた。

 俺の部屋を出てそれぞれの部屋の前に立つと、一度俺の方に振り返った。

 「それじゃあ、おやすみなさい」

 「おやすみ」

 「はい、おやすみなさい」

 二人が部屋の扉を開けたので、俺も部屋の扉を閉めようとした――

 「――あ、の!」

 そこで俺はあることを思い出した。それは今までずっと感じていた疑問。ついうっかり聞き忘れていたことを。

 「はい?」

 「何だ?」

 二人は扉の陰から顔だけを出している。

 「一つだけ聞き忘れていたんですけど――二人は、何でうちの場所を知ってたの?」

 そう、ずっと疑問だった。俺が窓から飛び出した翌日と翌々日、二人はうちに来た。でもうちの場所なんて知らないはずだ。今はどこも個人情報保護法とか何とかいうものによって、安易に情報が引き出せないようになっているなんてことを小耳にはさんだことがある。だからうちの場所を知っている人間は非常に限られてくる。学校とか、小学校、中学校の友達とか、それくらいだ。その中のどれかなら合点がいくのだけれど――なんて、俺の安直な予測をまんまと打ち砕き、その実本心ではほぼ確信していた単語を、二人は口にした。

 「西川さんにお聞きしました」

 「西川君が教えてくれた」

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