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かりん党  作者: 相上音
後編 黒白
41/44

15

 さて困った。

 何が困ったのか。

 馬鹿みたいな自問自答――だがしかし、これが案外必要なんだと俺は昨今痛感している。何事にも通じる大切なことはまず自分をよく知ることだ。

 で、何が困ったのかを整理してみよう。

 それは今朱根さんが入っているお風呂をどう覗こうかということだろうか? それともトイレに行きたいんだけど鷲頭さんがトイレに入っている今、その扉の前で待っていたらダメかなということだろうか?

 ……間違いないな。

 「いや違う!」

 あ、いや、違くもないか。

 でも、目下一番困っていることは他の事だろう、俺。

 そう、何だ? 電話だ!

 誰との? もちろん、二人の親との電話だ。

 「この状況、何と説明したら良いのだろうか……」

 次に何をしなくてはならないか何て明白なのに、目の前の携帯電話になかなか手が伸びない。紙に描かれた番号はそろそろ空で言えるんじゃないかという程何度も読み返してしまった。

 正直、二人を売るような行為で申し訳ない気持ちではある。しかし二人の人間を――しかも女の子を――家に置くと言うことは、そう安請け合い出来る問題ではない。姫も言ったように、何かあっても「し~らんぺっ!」と言い逃れすることはできない。出来ればしたくない。たぶんするけれど!

 だから……申し訳ないけれど、このことを二人の親御さんに伝えて、引き取っていただこうと思う。いや、別に引き取ってほしいわけじゃないのだけれど、常識的に考えて結果的にはそうなると思われるという事なのだ……。それに、きっとその方が二人のためでもあるから。彼女たちの家出はあくまで表現の一方法に他ならない。自分の主張を受け入れてもらうための説得の言葉と同義だ。ただ、言葉では相手方の意見を覆すことが出来なかったため、別の手段としてこれが選ばれただけだ。つまり、彼女たちの真意は家を出ることではなく、また、この状況が続くことが必要だという事ではないのだ。俺の家にいる必要なんてないのだ……。何と俺は、ここまで彼女たちの事を考えているのか……素晴らしく出来た人間ではなかろうか。まぁ、一番は自分のためだけど。

 さて、だから残された問題はこの状況を何と説明するか、だ……。正直なところ、俺は怒鳴られるのがナマコを口で捉まえるくらい苦手だ。やったことないけど。

 だから、どうにかしてナマコを口で捉まえないよう――もとい怒鳴られないよう、誤解なく正確にこの状況をお伝えしたい、切に。

 という事で、何を言うか考えよう。

 「どうもこんばんは。突然ですがあなたの御嬢さんが私の家にいます」……正攻法のようで、不躾か。かといって学校の屋上で彼女らに会ってからここに至るまでの経緯をどう説明しろと? 出来るやつがいるなら美少女二人付けて変わってやるぞ。

 「御嬢さんは――俺が預かった!」……うん、一度は言ってみたいけれど。今じゃない。今はふざけない。極度の緊張下に置かれるとふざけたくなるのは俺の良くない性質だな。自重。

 どうしたものか……なんて、考えている間に彼女たちがこっちに来るかもしれない。そうしたら、俺、もっとまずいかもしれない。

 「すみません……何故か、不思議なことにええとっても不可解なんですけどね……御嬢さんが我が家にいるのですが」……これは、完全に保身に走ったな。責任逃れもいいところだ。だがしかし、この言い回しにとても心惹かれるのは俺が自己保身のためならプライドだろうが何だろうがかなぐり捨ててとんずらこく小心者だからだろう。……何それ辛すぎ。

 考えれば考えるほどにドツボにはまっていく。

 「あぁ~もう! わっかんねぇ! 知るかっ! どうとでもなれこんちくしょうがっ!」

 三ケタ以上の積算さえ覚束ない俺の拙い演算機能が音と煙を立ててショートする。頭をかきむしって携帯を乱暴につかむと、俺は覚えていた番号を押した。

 プルルルルル――

 あ、やべ、繋がった……どうしよう……

 「――はい、朱根ですが」

 ひゃ、出た!

 電話に出たのは非常に物腰の柔らかそうな男性の声。もしかして、お父さんかな? どうしよう……何と言えばいいのやら……

 「あ、あ、もしもし、あの、えっと、私は、あ、別に怪しいものではないんですけど――あ、それはあくまで僕主観の話しであってですね、もしそちらが怪しいものだと思ったとして、その考えを横暴に否定しようなんて気は全くこれっぽちもありましないのですが――」

 「……もしかして、華の件ですか?」

 「え!? あ、はい。……え? 何で分かったんですか!?」

 「ははは、まぁ、何となく……そろそろかなと」

 大人ってすげぇ!

 朱根さん父のおかげで、俺は少し平静を取り戻すことが出来た。

 「あ、はい、まさしくその通りなんですけど……実は、お子さんの朱根さん――あ、いや、華さん……朱根華さんがですね」

 「華で良いですよ」

 「あ、すみません。あの、お子さんの華さんがですね……その、何と言いますか……実はですね――」

 しかし、やはり内容が内容なだけに言い出しづらい……

 「……なるほど、分かりました」

 何が?

 「つまり家出をしたうちの華が今そちらにお邪魔していると言うわけですね」

 大人ってすげぇ!

 「ま、まさしくその通りです!」

 「ははは、そうですか、こりゃまた……いや、どうもうちの子がとんだご迷惑を」

 「あ、いえいえそんな……」

 「で、華は何と?」

 「あ……それが、本人たちが言うには、どうもうちに泊まる……に非常に近い状態になると言う事らしいのですが」

 ぼかし方ド下手か俺は。

 「ははは、そうですか……どうも、重ね重ねご迷惑を」

 あれ、動じてない……つーか普通過ぎない?

 「あ、いえいえそんな……って、あ、あの……良いんですか?」

 「どうせ何を言っても帰っては来ないのでしょう。あの子は見た目通りとても頑固ですから」

 そんな見た目だったか?

 「……もし夏依君がよかったら、しばらくその子を預かってはくれないかな? うちの家内には、私から言っておくから」

 「え……は、はい!? 良いんですか!?」

 「いや、良くはないだろうけどね」

 「ですよね」

 「でも、私は個人的にこういう経験も必要だと思う。他者との共同生活でしか見えてこないところはあるからね、外にも内にも。……だから一つ、娘をよろしくお願いします」

 か……かっけぇ! 涙が出るほどかっけぇ!

 「いや、こちらこそ! ……あ、安心してください! 娘さんの体には指一本触れませんからっ!」

 「ははは、そうかい。でも別にそこまで私に気を遣う必要はないよ。それは君と娘の間で折り合いをつけてくれ」

 「いや! もう本当に指一本触れませんから、ご安心ください!」

 「ははは、本当に、聞いた通り良い子だね」

 「……はい?」

 聞いた? 誰から?

 「実はね、僕と君のお父さんは顔馴染なんだ」

 何だと!?

 「お父さんから君の話しをよく聞いていたよ。引っ越す直前にも会ってね、君のことを頼まれていたんだ。私にもちょうど同い年の娘がいたからね。だからそのうち君にも会ってみようかと考えていたんだが……まぁ、これも何かの縁だな」

 ……ああ、だからさっき俺の名前を知っていたのか。

 「え、あ、そうだったんですか……」

 何て偶然だよ。まさか、うちの父親と知り合いだったなんて。あの人いつも休日は家にいるから、てっきり友達なんていない人なのかと思っていた。つーか、どんな話をしたんだ?

 「そもそも、知らない男の子の家に娘を預けるなんて、そんなこと出来るわけないだろう?」

 「た、確かに」

 「でも君なら安心だ。なんたって夏繰(かぐる)の息子なんだからね」

 「あ、いやそんな……父もそう言ってもらえて嬉しいと思います」

 「ははは、本当に良く出来た子だね。うちの子も少しは君を見習って帰ってきてもらいたいものだ」

 「きょ、恐縮です」

 「そうだ、このことは夏繰には?」

 「言わ……ないわけにはいかない、ですよね?」

 「だろうね。だがこれは君の責任ではないから、君の生活に支障をきたすような事にはしないよ。夏繰にも、私からちゃんと伝えておくよ。彼は理解ある人間だから、きっと大丈夫だ」

 「あ、ありがとうございます」

 何か……父さんの評価高くね? まあ……悪い気はしないけどね。

 「それじゃあ、当分の間、華をよろしくお願いします。必要なものは適時私から華に渡すようにするから」

 「あ、はい……失礼します」

 電話が切れてからも、俺はじっと携帯電話を見つめたまま動けなかった。割と衝撃的な事実が分かったこともそうだし、何よりまさかこの状況に対しゴーサインが出るなんて、夢にも思っていなかったからだった。物分かりがよすぎるだろうて。

 何だか……肩透かしを食らった気分だった。

 「……とりあえず、次は鷲頭さんか」

 俺は番号を押した。

 「――はい、鷲頭でございます」

 最初の呼び出し音が鳴り終わるか終らないかのタイミングで、相手が出た。その声からして、鷲頭さんのお母さんだと思う。きれいで、落ち着いた声だった。

 「え、あ、あの! 私は、実は、その……はい!」

 それに引き換え俺は一体……「はい!」って何だよ。

 「……もしかして、凛の件ですか?」

 二人は超能力者か何かなのだろうか?

 「……まさしくその通りなのですが、よく分かりましたね」

 「ふふふ、まぁ、そろそろではないかと」

 子供のすることなんてすっかりお見通しってわけだろうか。大人ってかっけぇ。

 「それで、あの子は?」

 「今はちょっと近くにはいないのですが……実はですね、その、今鷲頭さんが――あ、凛さんが……いや、鷲頭凛さんがですね」

 「凛でいいですよ」

 「すみません……あのですね、凛さんがですね、実は……ですね、何と説明していいやら……」

 「なるほど、だいたい分かりました」

 だからあなたたちは一体何なんだ!? ――と、出かけた言葉をぐっと押しとどめた。それじゃあ向こうの思うつぼだと言う、何に対するかよくわからない俺の対抗意識がちょっとだけ顔を出したのだ。

 「お察しの通り、凛さんがですね、ひょんな流れで今私の家にいるのですが……その、ですね、本人がですね、私の家にですね、泊まる……ようなことを言っていられたような気がしないでもないのです」

 「まったく、何と言う事でしょう」

 電話口だけど、向こうで鷲頭さんのお母さんが頭を抱えているのが分かる。何だか今回は普通の対応が期待できそ――

 「そうならそうと、何故連絡しないのですかね、あの子は」

 ちくしょう予想斜め上か!

 「……あの、良いんですか?」

 「良くは無いでしょうが、これで無理矢理その子をうちに連れ帰っても、根本の解決にはならないでしょう。これは、あの子には与えられるばかりでなく自ら学んでいく大切さを知るいい機会かもしれません。それに――夏依君なら、心配はいらないでしょう」

 おやぁ? これは……何だか知っている流れだぞ? ひょっとして、ひょっとしますか?

 「もしかして。うちの親と面識がある……なんてことないですよね?」

 「あら、聞いてませんか? 夏依君のお母様とは仲良くさせていただいているんですよ」

 ここもか……どういうことだよ。これやっぱりドッキリなんじゃなのか? 何か出来すぎてると思ったんだよ、一人暮らしが許されて、よく分からない流れで美少女を家に泊める事になってさ。実は皆近くにいて俺の慌てふためく姿を見て楽しんでるんだろう? そうなんだろう? 俺は騙されないぜ! ……って思っていた方が本当にドッキリだった時俺の心へのダメージを軽減できるはずだ。そうしておこう。

 「夏依君が一人暮らしをすることにとても心配していらっしゃったんですよ? ついこの前も電話で『夏衣が怪我をした、どうにかしてやめさせる!』とかなり興奮してましたし」

 そう言えば、マジでやめさせられそうになったんだった。ていうかそんなことまで話してるのか……恥ずかしいじゃんか。

 「はは、痛切に感じております」

 「しかしまさか夏依君の所へ行くとは……不思議な縁ですね。あの……無理を承知のうえで大変申し訳ないのですが、しばらくうちの子を預かってはもらえないでしょうか? 旦那には、私から言っておきます」

 「あ、いや、それは全く構わないのですが……」

 母さんとしょっちゅう電話する中じゃあ、このこともすぐに知られるだろう。父さんならともかく、母さんに知られた日には……

 「大丈夫、この件は依瑠美(いるみ)ちゃんには内緒にしておきます」

 うちの母さんを『ちゃん』呼びだと!?

 「それは非常に助かります――じゃなくて、あの……指一本触れませんから、安心してください」

 「ふふふ、それは二人の間で決める話ですよ」

 「いや! 本当にお安心を!」

 「必要なものはその都度凛に持たせますから。それではまた」

 「はい……失礼します」

 そうして、電話は切れた。

 「ふう……一件落着~」

 こうして、二人は正式に我が家に住むこととなったのだった。

 「……おっと、そう言えばトイレを我慢していたんだった」

 思い出した尿意に、俺は部屋を飛び出し急いでトイレへ向かう。

 「あ、夏依さん、先にお風呂いただきました」

 「あ、はいはい」

 今にはピンク色のパジャマに身を包み、髪を拭いている朱根さんがいた。体温が上がって上気した頬。しとどに濡れた髪。……艶やかだ。

 「おお、夏依、ちょうどいいところに。先にお風呂に入るか?」

 今度は部屋から鷲頭さんが出てきた。まだ着物に身を包んでいる。

 「いや、鷲頭さんの次でいいですよ」

 そう言うと、俺はそそくさとトイレに入った。

 ふう……いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど、こうして二人とも我が家に住めることになったんだし、めでたしめでたし、だな。これからの生活が楽しみだ!

 「……あ、あれ? 何かおかしくね?」

 その、『こうではなかった感』はのどに刺さる魚の小骨のように俺の意識を傾けさせるが、今日一日色々ありすぎて疲れてしまっている俺の頭では、何がおかしいのか皆目見当がつかなかった。

 そんな疑問も、トイレを出た時にはトイレの水と一緒に流れてしまったけれど。

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