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かりん党  作者: 相上音
後編 黒白
35/44

 「…………」

 一陣の風が、目の前に立つ二人の女子生徒のスカートをはためかせて俺を置いていく。

 「……私を、家に置いてください」

 「……私を、家に置いてくれ」

 「あ、いや、別になんて言ったか聞こえなかったから黙ってたんじゃないから、繰り返さなくてもいいよ、ごめんね」

 「そうですか」

 「じゃあ早速」

 「えっと……うん、ごめん、よく分からないや。誰か理路整然と説明できる方、いたらお願いしようかな」

 そう言うと、二人は顔を見合わせた。朱根さんが目で「どうします?」と聞き、鷲頭さんが「では私が」と答え、また朱根さんが「よろしくお願いします」と言ったように見えた。個人的にはこういう説明は鷲頭さんより朱音さんの方が向いている気がするんだけどな。

 「では私が説明しよう」

 「あ、出来れば朱根さんが――」

 「私が、説明しよう」

 「……お願いします」

 それは、とても怖い目つきだった。

 「実は……あまり人に言うようなことではないのだが、我が家の教育は一般的な家庭のそれとは少し違う。端的に言わせてもらうなら、厳しいのだ。行動の悉くを支配されているとも言える。誰もが私のためだとおためごかし、自分の理想とする娘像を私に押し付けるばかりで私個人の意見などちっとも聞いてはくれない。ただ『テレビは毒だ』、『夜更かしは害だ』、『お泊りなど言語道断』などと一方的に決めつけるばかり。確かに、父の言うことも一理あるが……それでも私は、もう高校生だ。色んなことに興味があるし、今しかできないこともたくさんある。私も、皆と同じように好きな事を好きなようにしてみたいんだ。だから……家を出てきた。偶然、この朱根さんも同じような境遇で、さっき家を出てきたらしい。……だから、夏依、お前を探していた」

 そこで、説明は終わったようだった。俺は今の話を自分に分かりやすいように要約してみる。

 「……えっと、つまり鷲頭さんが言いたいことは、あれかな? 親御さんとの意見の不一致から、家出をしてきました……それでいいのかな?」

 「そうだ」

 鷲頭さんはしっかり頷いた。

 「朱根さんも、だいたい同じ動機と経緯でここにいると、そう考えていいのかな?」

 「はい」

 朱根さんも同じように頷いた。これで聞いた話についての俺の認識が間違っていないことは証明された。

 「そっか、そっか……で?」

 そう言うと、二人は同じように首を傾げた。しかし本当に首を傾げているのはこちらである。彼女たちが今日、それぞれの親御さんとケンカをし、家を出てきた。その重たそうな荷物は、きっと衣服など当面の生活必需品なんだろう。それは分かった。

 ……で?

 「二人が色々大変だってことはよく分かったよ……でも、それが俺を探すのとどういう関係があるのかな?」

 結局は俺が求めていた説明はされていないのだ。二人が家出をして、どうして俺のところに来る必要があるんだ? 俺が匿うと言う訳でもあるまいし……ん? そう言えばさっき、姫との話しにも二人の名前が出ていたな。そこで親御さんとケンカをしたとも言っていたな。それで……何だっけ? ああ、確か俺が一人暮らしをしているから何だとか……

 二人はまた目だけの会話をしているようだった。案外仲良いのか?

 そして今度は朱根さんが話すことに決まったらしい。

 「……実はですね、私はずっとまえからこの状況をどうにかできないかと思案しておりました。それはおそらく鷲頭さんも一緒だと思います。しかしやはり何を言っても何をしても母は私の意見を聞き入れてはくれません。ですので、少々強引な手段を取ろうと考えたのです。それがこの家出です。私たちの意見を丸々受け入れてくれとは言いません、少しでも考慮を、せめて話し合いをして下さるようになるまで帰るつもりは無いと、そう言う意味を込めた一種のデモンストレーションです。しかし問題が一つありました。家を出るにあたり、肝心の仮の住まいが無いのです。もし親しい友人のお家に御厄介になれたとしても、すぐに見つかり連れ戻されるのが落ちです。かといってまだ親交の浅い方のお家になんて言うまでもありません。それでどうしようかと考えていた時に……聞いたのです。西川さんと夏依さんの話し声を……」

 「西川と、俺の?」

 何故だろう、体が震える。まるで恐怖を感じているかのように。こちらにやって来る真実が、まるで俺を呪い殺そうとする幽霊であるかのように。俺は逃げ出したい衝動に駆られていた。

 「はい、よく話されていらっしゃいましたよね? 盗み聞くつもりは無かったのですが、申し訳ありません。……その、私が聞いた会話の中で西川さんは仰っていました――夏依さんは一人暮らしをしていらっしゃると」

 あぁ……そう言えばよくそんな話しをしていたような……って、そんな教室の端にまで聞こえるような声でもなかった気が――じゃなくて。……えっと、え? なんだ? 彼女は何て言った? 俺が一人暮らしをしているって言ったのか? それは、どういうことだ? どうしてそれが今関係あるんだ? 分からない、俺には分からない……

 「渡りに船とはまさにこのことだとおみました。だって、もしそれが本当なら、一人暮らしのお家なら、夏依さんにさえご理解いただければご両親の目を気にすることもありませんし、私の身内もすぐには探せません。……ですので夏依さん、お願いします。もう私、いや私たちにはあなたしかいないんです。……どうかしばらくあなたのお家に置いてはもらえませんか?」

 「頼む」

 二人が俺に向かって頭を下げている。何でだ? どうしてだ? ……いや、言っていただろう。俺の家に置いてくれって……

 あぁ……姫が言いたかったことは、これだったのか。……ってことは、あれも、そう言うこと、なのか――ということは? あ、あれ、もしかして……俺は、何? 実は、めちゃくちゃ恥ずかしい……勘違い、を……?

 「あ、あの! ひ、一つ、きき聞いてもいいかな? あの告白は、何だった……のかな?」

 声が震えて、裏返りそうになっている。涙まで出てきそうだ……

 「告、白……」

 一瞬、二人は何のことだか分からないと言った顔になった。

 あの、衝撃的な告白のことを、だ。衝撃的であったはずの……告白を。

 そして思い当たる記憶を見つけたのか、はにかみながら言った。

 「あれは、だな。その……やはり無関係な人間同士が住むなんておかしなことだろう? 怪しまれる可能性がある。変な噂を立てられて尻尾を出すわけにもいかない。で、考えたんだが……恋人と言う間柄なら何もおかしいことはない、怪しまれることもないのではないか、と」

 「あ、私もです」

 「まさか同じタイミングで同じことを思いつくとは思わなかったな」

 「本当に。驚きました」

 ねー、と二人は驚きを共感していた。

 「つ、つ――つまり、あの、その、何て言うか……あれ、ね? あれは……無かったって、こと、か……な?」

 今度は完全に裏返った。

 「あれ、とはなんだ?」

 鷲頭さんが改めて聞いてきた。

 「いや、さ、だから……」

 聞け……逃げるな俺、ちゃんと聞くんだ……

 「……つまり、お、おれの、こと……その、あれさ、すき、なんてのは……」

 二人は俺の聞くに堪えない酷いノイズのような声から『すき』の音をどうにか拾ってくれたようで、笑った。言った。

 

 「「そんなことあるわけない――」」

 

 声が、今までになく綺麗に重なっていた。

 「――です」

 「――だろう」

 そう言って、二人は笑い合った。悪魔も裸足で逃げ出すような天使の笑みだった。

 かく言う俺も、つられて笑う。

 笑って、笑って――思わず泣いてしまった。何だよ、妄想よりひどいオチなんじゃないか? これ。

 よりにもよってこの二人が自分の事を好いてくれたなんて勘違いするなんて……。誰か俺を過去現在未来までひっくるめて消し去って……応えて神様。

 「いやぁ、恋人なんて回りくどいことから始めず、先に頼んでいればよかったな」

 「そうですね、そうすればわざわざ私たちのどちらが家に置いてもらうかなんて競い合う必要もなかったんですからね」

 「まったくだ。何度も話し合った時間がもったいなかったな。一人暮らしと聞いていたからてっきり一部屋しかないもんだと勝手に思っていた。まさか一軒家だったとは……これで私たち二人とも置いてもらえる」

 「あ――でもどうしましょう。もしご近所の方にでも見られたら?」

 「なあに、親戚とでもいえばいいさ。さすがのお隣でも夏依の親族までは把握していないだろう」

 「それ良い考えですね、そうしましょう。では」

 「そうだな」

 ガッと、両腕を掴まれてようやく俺は我に返った。

 「行きましょう、夏依さん」

 「行こう、夏依」

 腕を引かれ、俺はゆっくりと立ち上がった。

 このまま、俺はどこへ連れて行かれるのだろうか……もう、どうでもいいや。そのまま天にさえ浮かんでいけるような、軽々とした心持ちだった。

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