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「――い、夏依、そろそろ起きて」
「……へ?」
あ、やべえ、ちょっと眠ってた。
そう姫がそう言った時には、もう空にはお星さまが出ていた。姫はさっきまでの、俺に背中を預ける姿勢に戻っている。
あと固い地面にずっと座っていたからお尻が痛い。
「あ、やっと話してくれる気になったの?」
「うん、本当はもっと早く話そうと思ってたんだけど、夏依、寝てたから」
「……ごめんなさい」
「ううん、良いよ。むしろ寝ててくれてありがとう……ね」
……何の話だ? 何故頬を赤らめる? 何かしたのか?
「こほん。じゃあ種明かしだけど……実際それほどのものは無いんだよね。そもそも、『かりん党』っていうのは私が考えたんだけど、その目的ってのが――」
「へ?」
今、何て言った?
「ん? どうした?」
「かりん党が、何だって?」
「私が考えたものだって」
「いや……だって、あれは、西川が……」
……そう言えばあの時、あいつはどこかに行って、帰ってきた時には既にその紙を持っていた。俺は当然持ってきた西川が考え、書いたものだと思っていた。しかしそれをあいつが書いたとは聞いていない。あのアイディアさえあいつのオリジナルなのかも聞いていない。でもよく考えれば気が付く話しだ。西川にあんな短時間でこんなアイディアが出来るかなんて、ちょっと考えれば分かることだった。そうか、姫だったのか。確かに黒幕という言葉がこれほどしっくり来るやつもいないな。知らなかったはずなのに、前々から分かっていたような気分だ。
「あらら、それくらいは勘付いてるのかと思ってた。ちなみに『かりん党』って名前も私が考えたんだけど、どう? いいセンスしてるでしょ? ……まあいいや、続けるよ? それでその目的なんだけど、もちろん私の夏依を助けるためってのが一番。で、それを達成するために、彼女たちには私たちがふさわしい彼氏を選んであげようってのが二番目の目的なの」
なんてことだ、よもやかりん党が一人の私情によって誕生したものだとは。これを党員が聞いたら大変なことになるな。
だってこれ、朱根華のためでもなく鷲頭凛のためでもなく、俺のためだって言うんだから。
「だからそのために、これから夏依には彼女たちにふさわしい男の子を見つけてもらわなきゃいけないの」
「見つけてもらわなきゃいけないの――なんて簡単に言いますけどね、そう簡単にいきますかって。それに人の恋路に首突っ込むやつは大抵痛い目を見るってのが相場だぜ」
「そりゃ簡単にはいかないでしょうね。痛い目も見るでしょう。でもやらなけれずっとこのまま、あの二人からも、数多の党員からも逃げ続ける毎日。とってもスリリングね、そんな夏衣も見てみたいかも」
「……やるしかない、というわけか」
「そゆこと。これから頑張ってね」
「頑張ってね――って、俺一人?」
「もちろん手助けはするけど、私に出来る事なんてたかが知れてるからね。何より、そのための『総裁』でしょう?」
そのための『総裁』ね……確かに、この立場を使えばことはすんなり進むのかもしれない。そう言う事であれば俺は姫に感謝をしなければいけないのかも。ただ、それはまだ早計だろう。これが大掛かりなドッキリ計画という可能性も消え去ってはいない。全面的に信用するには負った過去の傷は深すぎるし、癒えるほど時間も経っていない。
ただ、今日の収穫は大きいものだった。状況に、人に流されるがまま、受け入れるだけでここまで来てしまったけれど、これでようやくこれからの指針が決まったわけなのだから。
彼女たちにふさわしい相手を見つける。確かにその動機は完全に私情だけれど、結果的にかりん党の目指すものでもあるのだから、大目に見てもらおう。
ただ一つ心苦しいことと言えば、一応俺に対し好意を示してくれている彼女たちのその気持ちをないがしろにしてしまうと言う点だろう……ん? 好意?
「そう言えば、何であの二人は俺のことを好きになったんだろう?」
そう言うと、姫がビクッと体を震わせた。
「あ~言い忘れてた。そのことなんだけどね……」
「え? 何か知ってるのか?」
「う~ん……知っている、というのは厳密には間違いで、見当がつくってのがあってるかな」
「へ~そりゃすごい、やっぱり同性なら分かっちゃうもんなのか?」
「ん~、同性だからってわけじゃないよ。ただ、ちょっとうわさを、ね」
「うわさ? どんな?」
「……あの二人、ね。やっぱりお家が厳しいんだって。それで、やっぱり好きな事も満足に出来なくて。ただ、色んなこともしたいし、何かと親に反発しちゃうお年頃じゃない? 高校入学してすぐ、親御さんと結構激しいケンカをしちゃったんだって」
「へ~見かけによらずやんちゃなんだな。……で、それ、何の関係があるの?」
「いや……だからさ……」
「うん?」
「……夏依ってさ、一人暮らししてるじゃない?」
「うん」
「それでさ……ね、あれよ」
どうしたんだろう? 珍しく姫が言いよどんでいる。
「あの二人は、夏依の――」
「待った!」
その時、屋上の扉にはまっているガラスに電灯に照らされた人影が見えた。たぶん二人いる。
しまった。こんなところを誰かに見られたら、でもこの体勢をすぐには解けない。
どうする!
何かないかと辺りを見渡した時、横に丸めておいてある詰襟が目に入った。
これしかない――
「姫、もっとこっち来て! 体小さくして!」
「きゃ!?」
俺はすでに緩んでいた姫の腕の中から自分の腕を引っこ抜くと、詰襟を掴み姫の上に被せた。これで他人には詰襟をひざ掛けのように使っているように見える……はずだ。
そして、扉が開いた。そこには――
「――あ、いました!」
「何? どこだ!」
「……何で?」
朱根華、鷲頭凛……どうして二人が? また俺を探していたのか? というか二人が背負っている大きな荷物は何だ?
二人は歩いているとは思えない速さと威圧感で俺のところまで真っ直ぐ歩いてくる。あと数歩で蹴散らされると言う所でようやく止まってくれた。
「探したぞ!」
「探しましたよ!」
二人の声が重なる。
「さ、探されちゃいました……って何で?」
すると二人は同時に荷物を下ろした。落ちた時の音がかなりの重量感を思わせる。人でも入ってんじゃないのか?
そして二人はこれでもかというくらいに顔を近づけて、言った。
「夏依さん! お願いします!」
「夏依! お願いだ!」
「……お願い? 何でしょう?」
俺は二人の切実そうな顔を見て、その勢いに気おされてと言うのもあるけれど、先を促してしまった。でも、本当は分かっていたんだ。これを聞いたら、きっととんでもないことに巻き込まれてしまうだろうと言うことは。たとえそのお願いを聞き入れないとしたって、知っているといないとでは話が違う。もう知ってしまう以上は、関係者だ。無関係を主張したって誰も納得しちゃくれない。だからもし、今後このことを後悔してしまうのだとしたら、俺はここで二人の話を聞くべきじゃなかった。
だから俺は、きっと後悔しない。
「私を、家に置いてください!」
「私を、家に置いてくれ!」
姫がまたビクッと体を震わせた。




