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つまり話しは簡単、ばれていた。
「だから言ったじゃない、夏依の嘘は私には通用しないって」
「……あらかじめ警告してくれていたというわけですか。さすがは姫、ご配慮痛み入ります」
「そういじけないでよ~かわいくってもっといじめたくなっちゃう~」
姫は頬を上気させて、それが恥ずかしいとばかりに両手で頬を隠した。その熱を持ってうるんだ瞳に見えている虚構の光景が本当に嬉しいものなんだなと思って、ちょっとだけシャレにならない恐怖を感じた。
「勘弁してくれ……いや、してください」
姫はまだ熱っぽい顔を俺に向けた。
「どうする? 今の私は最高に機嫌が良いから、さっきのことはなかったことにしてあげるよ。だからもう一回聞いてあげる。種明かし、してほしい?」
俺は大きく息を吸い、吐き出す。
結局は、こうなるのか。今回はいけると思ったんだけどなあ……
「お願いします」
「じゃあ、あたためてくれるよね?」
仕方がない。
「……はい」
「やたっ!」
キャッキャとはしゃぐその姿が無邪気な子供のようなのが、余計たちが悪い。
「じゃあ、はい!」
そう言って、姫は両手を前に伸ばした。
……仕方がない。
俺は詰襟の前のボタンを外し、脱いだそれをその両手にかけた。
「…………」
しばらく、姫は止まったままその詰襟と俺の顔を交互に見た。
「何? どうしたの?」
「……え、ちょっと、引くわ」
「引いちゃったの!?」
「こんなんで満足するわけないじゃん!」
さっきまでの感情から一転、何故か姫が怒り出した。
「え、だって両手を伸ばすから、てっきり何か羽織るものが欲しいのかと……」
「そんなわけないじゃんこのスカポンタン!」
そう叫びながら詰襟を投げつけてきた。
「スカポンタンって何だよ……」
しぶしぶとはいえ一応俺からの善意なのだけれど。こうはっきりと突き返されると結構ショックなのだけれど。
「もう、全部言わなきゃ分からないかなぁ……分からないかぁ」
やれやれ――と、姫は頭を振ると地面を指さした。
「そこ、体育座りして」
「何故?」
「良いから!」
「お尻汚れちゃうんだけど」
「乙女か! 良いから早く座りなさい!」
嫌だな……でも逆らうとうるさいし、今の俺は言われたようにするしかない。
俺は腹を括り、姫の言う通り手すりに背を預けて地面に体育座りをする。
それを見て姫は満足そうにうなずくと、俺の前に移動していきなり俺の両膝を掴んだ。
「何?」
しかし姫は何も答えず、ただニヤリと笑うと――思いっきり横に開いた。
「……キャー!」
「乙女か! 黙ってなさい!」
可愛い悲鳴を上げる俺を一喝すると、背中をこちらに向けて開いた両膝の間にすっと収まった。そしてそのまま倒れるように俺の体に背中を預けると、最後の仕上げとばかりに俺の両腕を勝手に自分に巻きつけた。
「よし、完成!」
「……はい?」
「分からない? キングジェットだよ」
「誰が合体竜帝だ――っていやいやいやいや! 何してんだよ! いや俺も何されるがままその気になってんだよ!」
この状況を端的に言えば、俺が姫を優しく包み込んでいるのだ。
「これでベノラにも勝てるね」
「今時グリッドマンネタなんて誰に通用するんだよ……じゃなくて! いいから離れろ!」
「もちろん嫌よ」
姫は俺の腕をがっちり固めていて外れない。
「何考えてんだよ? もしこんなところ誰かに見られたらどうするの?」
「あ~あったか~い」
「こら! 話を聞け!」
俺の言葉なんてどこ吹く風、姫はより体を密着させてくる。
姫の黒い髪が目と鼻の先にあって、あ、あれ……何だか、いい香りがする……それに、色々柔らかくて……あたたかくて……なんだかぼーっとしてきて――
「――だ、だめだ俺! 野生に支配されるな! 理性を手放すな! 開け悟り! 到達せよ無我の境地!」
「夏依の匂いがする~私の匂いも擦り付けちゃえ~すりすりすり~」
「ちょちょちょちょちょ! いい加減にしなさい!」
「話し、聞きたいんでしょ?」
「ぐっ……」
それを言われると俺は何も言い返せない。それを分かっていて、なお口にする姫のその性格は、やはり俺の記憶と寸分違わなかった。
「ふふふ、夏依、もしかして興奮してる? 何だか心臓の鼓動が早くなってるよ」
「気のせいだ!」
「う・そ・だ。だって――ほら」
姫は俺の腕は固めたまま、体勢を変えて俺の胸に耳が当たるようにした。
くそう、静まれ鼓動それでも俺の一部か!
「――おい、いい加減教えてくれよ!」
「そんなに心配しなくても、誰も入って来ないようにちゃんと屋上に入る扉には『ただ今清掃中』って張り紙貼っといたよ」
「……つまり、初めからこうするつもりだったと?」
「お昼休みは邪魔が入っちゃったからね」
それは用意周到な事で。
「……ちょっと待てよ。それじゃあ西川も来ないのか?」
「うん? そうだね、教室で待ってるはずだよ」
あいつ……もはや忠犬だな。
しかしこれでこの状況を打破するためのきっかけが無くなった。後はされるがまま、姫のペースに委ねるしかない。もう抵抗するのにも疲れたしな。
「もう少し、このままね」
「……はいはい」
気が付けば傾いていた日もほとんど隠れてしまっていて、さっきより気温が下がっている。詰襟を脱いでいるせいもあるが少し肌寒い。だから、これはこれであたたかくていいのかもしれない……




