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赤く煌めく太陽が世界を自分色に染め上げている。なんて贅沢なやつだろうか。まぁでも、羨ましいとは思わない。あんなにいつも輝いていたら、いつかきっと疲れ果てて、枯れ果ててしまうじゃないか……なんてね!
放課後、俺は再び屋上に来ていた。西川はまだ来ていない。
さっき、最後の授業が終わると同時に、あの二人は立ち上がった。しかし俺は、その二人が立ち上がるより先に、立ち上がる素振りを見せたその時には教室を出ていた。今日はまた特に捕まっちゃいけない気がした。端的に言えば、怒っているように見えたのだ。正直何のこっちゃだ。何で俺がそんなことを気にしてこうこそこそしていなくちゃならないのか。俺には皆目見当がつかない。
だからこそ、情報を聞き出す必要がある。それに俺の今後の身の振りもそろそろ考え始めなくてはならないだろう。いつまでもこんな逃亡生活を送るわけにもいかないし、送れるわけがない。
とりあえず、今分かっているだけでもこの状況を整理しておこう。
朱根華、鷲頭凛。この二人と、俺。告白をした側と、された側。以上。それ以下でもない。
冷静に考えて、行為にはそれを引き起こす要因があるはずだ。つまり告白すると言う行為の要因があるはず。しかし俺には全く身に覚えがない。それこそ幼い頃に実は会っていて、将来結婚することを誓った仲――なんてのだったら、さすがに俺もそんなことなかったと言えるほど確かな記憶ではないが、それは相手にも言えることだし、仮にしっかり覚えていたとして、そんな律儀に約束を守ろうとするもんかね。いやしないだろ。
じゃあ他に考えられる要因としては……一目惚れ?
笑わせんな。
なら……人違い?
それはまだ一目惚れよりはあり得そうだが、やっぱり現実的ではないよな。
じゃあ何だ? 彼女たちは俺のどこが好きで告白を……を?
あれ何だろう……何か引っかかるな。違和感、かな? 何か違う気がするんだよな……
「だ~れだ?」
その時、突然視界を暗闇が襲った。
そして俺は絶望に支配された。
「……ちょっと、無反応ってどういうこと?」
視界をふさいでいた手が離れると、横には姫の顔があった。
「……あ、何だ、姫か」
あの二人のどっちかと思ったので、ほっとした。
「何だ、ね。私で安心した?」
「そんなことは……無いよ」
「無理無理、夏依が私に嘘をつけるはずないじゃん。バレバレだよ」
「ふん! 俺は正直村の出身なんだよ」
「あら? お隣の村じゃない」
「だろうと思ったよ!」
くすくすと笑いながら、姫は俺の隣に並んだ。同じように手すりにもたれて、眼下に広がる校庭をぼんやりと眺めている。
それはもしかしたら初めて見る、穏やかな顔だった。
「……夏依は部活動とかしないの?」
「何だよ突然。……そうだな、予定はないよ」
「自分で作るの?」
「そんな生産的な人間じゃないよ。色々面倒だし、今はそんな余裕もない」
「そうだった。忙しいもんね、総裁は」
はっとして、姫を見る。
姫はそんな俺の反応を待ってましたとばかりに、満足そうな顔をしている。
「何でそんなことを知っているのか……って顔だね。でも結構有名な話でしょ。皆知ってる」
そう言われれば、そうだな。あれだけ認知度のある二人と関係があるわけだから、むしろ知らないやつの方が珍しいんだろう。こうして、俺の望まない方向へと事は運ばれていくわけだ。
「……でも、皆そのかりん党の本当の目的までは知らない」
「え?」
意味深な発言だった。まるで、かりん党とは誰も知らないある目的を持った集団であり、その目的を、私は知っている――と、言わんばかりの。
「ねぇ、そろそろいっぱいいっぱいでしょ? 種明かし、してほしい?」
「は?」
「だから、種明かしだよ」
姫の目はキラキラと輝いている。しかしその唐突な提案はあまりにもあやふやで、全く輪郭がとらえられない。
「ねぇ、どう?」
「どうも何も、一体何の話をしているのかさっぱり分からないよ。もう少し分かりやすく説明してくれないかな」
「えぇ~分からないの? 相変わらずニブちんなんだから。でもそこが夏依だよね」
「期待に応えられたのは良かったから、早く教えてくれ」
「ねぇ、夏依。私思うんだけど、親しき仲にも、いやむしろ親しき中だからこそ礼儀って必要なの。だからギブ&テイクの関係は親密な仲ほどしっかりするべきなのよ」
はて、どこかで聞いたご高説だ。
「はいはい分かりました。で、俺はどうすればいいんだ?」
「やっぱり四月の夕暮れは冷えるよね?」
「そうか?」
姫は自分の体を抱きさもか弱い乙女であるかのような雰囲気を出そうとしている。
「女の子は寒さに弱いの」
「へ~」
そして姫は、俺に期待の目を向ける。
「……はい?」
「あ・た・た・め・て?」
「嫌だよ!」
「ひどい! 私と夏依は親密と書いて親にも秘密な関係じゃなかったって言うの!」
「親密はそんな背徳的な意味じゃねぇよ!」
「え~ん夏依のばぁ~かぁ~」
「はいはい嘘泣き御馳走様です」
「で、どうするの?」
「切り替えが鮮やか過ぎるだろ……さっきも言ったように、嫌です」
「じゃあ教えてあーげない」
ぷいっと顔をそらす姫。しかしその顔がいつも意地悪そうに笑っていることを、俺は知っている。
「ちくしょう……何てな。残念ながら今回は屈しないぞ。なぜならば俺はこれから親愛なる前席西川君から根掘り葉掘り聞きだす予定なのだ。そうすればわざわざそんなことをして姫から聞き出す必要もない。どうだ? 自分の思い通りにならないのは悔しいだろう。はっはっは~いい気味だぜ」
おいおいどうしたことだこりゃ、今までにない快感だぜ。もしかしたら初めてなんじゃないの? こうやって姫に屈せず、あまつさえ勝ち誇るなんて。ああ~気持ちい~。
「……ふふ」
「な、何がおかしいんだよ……」
「夏依のそーゆーところ、昔っから超かわいい」
姫が俺の左腕を指でつつく。
「へっ! 強がったって、負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ?」
「そう? 本当に? 本当に私が強がっているように見える? そっか~。……私には夏依が強がっているように見えるけどな~」
「……何が言いたいんだよ」
姫の指が止まる。二つの目が俺の目をじっととらえて逃がそうとしない。口角の上がり方がまるで童話に出てきそうな猫のようだ。
「本当は分かってるくせに、私から言ってほしいなんて、その性癖は相変わらずなんだから……良いよ、言ってあげる。夏依は、本当はその『親愛なる前席西川君』には、これっぽちも期待なんかしちゃいない」
「……は、何のことだよ」
姫の指が腕の上で円を描いている。
「そりゃ夏依が知らないことも少しくらいは知っているだろうけど、そんなの本当に少し。むしろ総合的に見たら夏依自身の方が知っているんじゃないかと、そう思っている。だってそうでしょ? 一番夏依に近い人間が、事情を知らされているわけがないんだもの。所詮弱みを握られて操られているだけ」
「さぁな」
姫の指はすーっと腕を上になぞり、肩、首筋まで達する。
「でも、それを承知でもわざわざこうして放課後に屋上に来るように伝えたのは、もしかしたら、その餌で、大物が連れるんじゃないかと思ったから。……その大物が、私」
「へっ、それはとんだ自意識過剰で」
姫の顔が近い。胸が腕に当たっているのに、姫は離れてくれない。
「今思えばあの安堵は私だったことと、私が来たことその両方の意味でもあったんだね。うん、待たれていたと言うのは悪くない、むしろ嬉しい」
「誰が、誰を待ってたって? 思い込みも大概にしろよ」
今度は姫の左腕が俺の左腕を絡める。まるで蛇が獲物を逃がさないように絡みつくように。姫の温かい息が耳にあたる。それくらいの近いのに、俺はそこから逃げられない。
「もう、いけずなこと言って~……まあいいや。どこまで話したっけ……そう、私を釣ろうとしたわけ。そして目論見通り私が来た。後はどうやって事情を聞きだすかだった。しかしいきなり私が『種明かし』なんて言い出してくれたから、驚く半面喜んだ。顔に出てたよ。でも、やっぱりまた嬉し恥ずかしな要求をされてしまって、照れて断ってしまった。でもこれじゃあ聞き出せない。だから強がった。私の話しなんて聞かなくてもいい――なんて。そうすることで私が諦めるのを見計らって、話しを聞き出そうとした……とまぁ、こんなところでしょ?」
そして俺は――ぱっくりと、食べられてしまった。




