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かりん党  作者: 相上音
後編 黒白
31/44

 「でもさ、一緒にいろんなことされたけどさ、お前のだけは他とは違ったよな」

 西川の言っていることが俺にはよく分からなかった。

 「そうか? 同じ様なトラウマを負っただろう?」

 「いいや、違うね、お前は分からないだろうけど、周りから見ていれば一目瞭然だったぞ。お前と絡んでいる時のあいつ、いっちばん楽しそうな顔してたぜ」

 「もっとひでぇ話だな!」

 「いや、そういう意味じゃないんだよ、これは」

 「は? そりゃ、俺にかまして来る悪戯の度合いが一番酷いものだったからじゃないの?」

 「ん~なんて言うかさ、ぴったりとはまっている感じ、だったんだよ。姫の求める形に、お前の返す形が」

 「はい?」

 「お前って、誰に対しても正面にいるって感じ。だから変なやつに好かれるのか」

 「はぁ? 西川のくせに何頭良さそうな事を言おうとしてんだ。生意気だぞ!」

 「えぇ~そこで本気で怒るか? 普通」

 「うるせぇ! 今はそんなことどうでもいいんだよ。俺だってな、さすがの俺だってな、とっくに気が付いてんだよ! 何だよ、何なんだよこれ、何で俺あの二人にあんなに睨まれてるのさ!?」

 そう、ずっと、厳密にはこの教室に入った瞬間からあの二人は俺をずっと見ていた。睨んでいたのだ。そんな環境の中さも気が付いていないかのようにここまでいられた自分を俺は褒めてあげたいくらいだ。

 「あ、気付いちゃった?」

 「ちくしょう……何故だ……さっきは見つからなかったのに……いつも通り一人でご飯を食べていると思われているはずなのに……何故睨んでいる……何に怒ってい――」

 ……あれ、あれ待てよ? おかしい、どうしてだ? どうしてあの二人は俺を探していた? いつも通り、昼休みに消えた俺を。今まで探すなんてことはなかった。それなのに何故、何故今日あの二人は俺を探していたんだ? 

 そりゃあ、探すだろう理由があったからだ。

 じゃあ俺は昼休みに何をしていた? ついさっきのことだ、忘れるわけない。姫に会っていた。

 はっとした、俺は気が付いてしまった。この件を知っているだろう人材を。

 「おい待て」

 今にも席を立とうとしていた西川を俺は捕まえ、席に座らせた。

 「どこへ行く? 授業始まるぞ?」

 「え、え~いや~ちょっと……トイレ?」

 「授業が始まるって言ってるだろう?」

 「漏らすぞ!」

 「てめぇの性癖なんて知るか!」

 「ちげぇよ!」

 「けっ、よくもそんなでかい態度がとれるもんだなぁ、えぇ? さあ吐け、お前が知っていることを洗いざらい吐いちまえ!」

 俺は西川の襟をつかみ揺さぶった。やつは一度も俺の目を見ようとしない。

 「い……嫌、だ!」

 「ほう? 嫌ということはやはり何かを知っていると言う事か? よし分かった。お前がそう言う態度を俺にとってしまうと、一体どうなるか、一度身をもって知った方が良いだろうそうだろう」

 「何を……する気だ?」

 「ほうほう、確かに、今まで気が付かなかったが、お前なかなかかわいい顔をしているじゃあないか?」

 「な、何だよ急に」

 「いやね、俺ちょっとこの前ね、焼きそばパンを持ってきてくれた従順なかりん党党員の一人からある相談を持ちかけられたのさ。なんでもな、少し前にとある事情で、放課後にこの校舎を舞台に鬼ごっこをしたことがあったんだと、その時に追いかけていた男子生徒がな、最初は憎くて憎くてたまらなかったそうだ。だがな、ずっと追いかけているうちに、彼の中にはその憎しみとは違った感情がポッと生まれてきたそうだ」

 どうやら西川も、今俺が誰の話をしているのかうすうす理解してきたようだ。体が震え、汗が吹き出し、目がきょろきょろ動いている。

 「最初は本当に小さなものだったそうだ。勘違いだと自分に言い聞かせ、日々を過ごしていた。だが、ふとした拍子に、男子生徒を追いかけていたその時のことを思い出してしまう。目の前で揺れる髪、翻る制服、駆ける足、何より……その、左右に揺れる小ぶりのお尻を。そして気が付くと、毎日その男子生徒を探している自分がいた。『あの曲がり角を曲がったら……』、『今、男子トイレに行ったら……』、『今日は、もしかしたら学食に……』。そんな日々を過ごしているうちに、今まで感じたことのない胸の痛みを感じるようになったらしい」

 「や、やめろ……やめてくれ……」

 今こいつの中では、あの地獄絵図が思い出されていることだろう。そして、当に抜け出したと思っていたその地獄から、本当はまだ自分が抜け出せていなかったことに気付きつつある。手繰り寄せ、よじ登った蜘蛛の糸の先にはまだ地獄が続いているということに。

 だからこそ、必死に拒んでいるのだ。

 「おい? おいどうした? 何をやめろって言うんだ? とりあえず話を聞けよ」

 「頼む……やめてくれ……」

 「そいつは悩んでいた。その痛みが一体何なのか、を。だから俺は教えてやった。それが皆を導く総裁たる俺の役目だろう? 俺は言ったさ――それは恋だ、とな」

 「あああああ……」

 「それはおかしいことだと、彼も悩んでいた。だから俺は言ってやったさ、『何がおかしい、何に気を遣うことがある? 法か? 体裁か? お前は自分の気持ちより、他人の考えを信じるのか? ではお前は何だ? 他人の考えで生きるお前は何だ? 違うだろう、そうじゃないだろう。お前はお前の心に従って生きるから、お前なんだ。じゃあ聞こう、正直に言ってみろ、他人の考えじゃない、お前の気持ちを言ってみろ、お前は――あいつに恋しているんじゃないのか?』とな」

 西川の震えはいよいよ激しいものになってきた。顔を伝い落ちるそれはもはや汗と言うより、涙を流しているようにも見える。

 「……い、おい」

 餌を見せびらかされた恋のように、口をパクパクと動かすが、肝心の言葉が出て来ていない。

 「ん? どうした西川? 何か聞きたいことでもあるのか?」

 「そ……それで、どうしたんだ?」

 「ん? 何がさ?」

 「そ、その、そそそいつだよ」

 「んん? そいつ? はて……ああ、なるほど、その従順なかりん党党員の事ね、それが聞きたいのね?」

 西川は首を縦なのか横なのか、よく分からない振り方をした。

 「そうかそうか~聞きたいか~いや~西川がこんなに頼んでいると言うのに、申し訳ない。俺は自分が恥ずかしい」

 「ど、どういうことだよ!」

 「いやね、そこまでは言ったんだけれど、その後俺も用事があってね、彼がどのような選択をしたのか、俺も知らないのだよ」

 「知ら……ない?」

 「そう、知らない。いや~本当に申し訳ない。はっはっは~」

 「……は、ははは」

 西川は緊張の糸がほどけたのか、脱力した笑い声を出した。俺はすっと西川の顔に自分の顔を近づけて、囁く。

 「だから、本人に聞くと良い」

 「はは――は?」

 途端、西川の笑顔が固まった。

 「あそこにいるぞ」

 俺が指差した方向に、まるで錆びたボルトのようにひどく緩慢な動きで顔を向ける。そこ――扉の隙間には、勇ましく猛々しい体には不釣り合いな、そうあたかも見つめた花の色にまで染まってしまいそうな程純粋な乙女の瞳があった。土気色ユートピア、再誕!

 そして西川は、声にならない悲鳴を上げた。

 「さあ、吐いてもらおうか。それともまた追いかけっこでもしたいか? それはそれで俺も不服はない。今回はたとえ捕まったとしても親愛なる前席西川君がパンパンマンになる心配はないからな。ただ、これから先お嫁さんをもらうことはできなくなるかもしれないけど」

 「頼む、頼むよ夏依……お前からあいつに言ってくれ、その感情は勘違いだと言ってくれ」

 「他ならぬ西川君の頼みならそれもやぶさかではないけれど、ね? 分かるでしょ? 親しき仲にも礼儀あり、ギブ&テイクの関係は親密な仲ほどしっかりするべきなんだよ」

 「……分かった、話すよ」

 そしてようやく、西川の重たい唇が開こうとした――ところで、そろそろ先生が来そうだったのでそれを遮り一時中断。話しは放課後に持ち越しとなった。そう、勝負は放課後である。高鳴る胸を抑えきれない。やるか、やられるかだ。そう、だから目下心配事は、両端からの威圧感に俺の教科書バリアがいつまでもつのか、だった。何でそんな目で俺を見る?

 「ん?」

 俯いた視線の先、足元にくしゃくしゃになった紙が落ちている。

 もちろん教室に紙ごみなんて珍しくもなんともないのだけれど、俺はこういう物が許せないので自分はしっかりゴミ箱に捨てることを心がけている。だから俺が出したものではない……はず。どうやらノートの切り端らしい。拾って広げてみると、そこに女の子らしく、丸みを帯びた文字でこう書かれていた。

 『今日のお昼休み、いつもの場所に来てね』

 紙の所々にはご丁寧にハートの絵も描いてある。

 「あぁ、なるほどね、そういう事か」

 あくまで悪魔的なわけだね、あなたは。

 当の本人は授業を聞いているのかいないのか、肘をつきながらぼんやり黒板を眺めていた。

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