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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
3/44

 「……これは、また」

 この学校自体なかなか大きい、しかるに学食にもそれなりの規模がある……が、学食は生徒で大変混み合っていた。

 まぁ全校生徒の約半分がここを活用しているそうなのだから、当然と言ってしまえば当然か。

 しかし多い。とにかく多い。席を空けずに座ってまだ空席待ちが通路と言う通路を埋め尽くしている。……いや、本当はすべてのテーブルが埋め尽くされているわけじゃないけど、なんか座りにくそうなテーブルのイスは空いてるけど、こんなに人がごった返しているのに、そこだけは空いている座りにくそうなイスがある。座りにくそうに見えるのは、誰も座らないからであって、誰も座らないと言うことは、誰も座れないのだと言うことで、そこはカウントしない。

 そんな混雑状況から、今まさに食事を受け取った人たちは解放されたとガラス戸から外のテラスに出ていく。しかし中にはその場に座って食べている人、立ったまま器用に食べている人さえいる。その姿は、何故か空しい。

 とりあえず席は後にして、先に食事だ。食券の自動販売機で四百円のカツカレーのボタンを押し、それをおばちゃんに渡してできるのを待つ。関係ない話だけど、なんだかさっきから誰かに見られている気がする。

 待つこと数分で渡されたアツアツカツカレーを持ちながら、改めて席を探す。しかしほとんどのテーブルが先客に占拠されていた。ところで、視線を感じる。

 「た……頼む、頼むよ、どこでもいい、早く座れるところを……探してくれ」

 さっきから黙って俺の後ろにぴたりと張り付いていた西川が、ほぼうめき声に近い声で言った。見ればその姿は忍び寄るゾンビのようだ。

 「もう少し待ってろって、今探してるから」

 しかし何度見ようともテーブルはもとより地面さえも満席みたいだ。外はちょっと寒い。諦めて誰かが食べ終わるのを待つしかない。でも、後ろの西川は今にも倒れてしまいそうなほどに衰弱している。その姿に、俺の中のなけなしの良心が心の柔らかい所を針でチクチクさしやがる。

 仕方がない――ダメもとで、もう一度空席がないかとあたりを見回した。

 その時、俺はあることに気付いた。もちろん空席があったわけじゃない。それは先程から感じてはいた。全く経験したことのないがための違和感。その正体を今ようやく確信した。

 最初は気のせいかと思いそのまま視線をそらし、また席を探すふりをして確認したけど、それはどうやら気のせいではないようだった。

 ……見られてる。

 それが俺の被害妄想という名の自意識過剰がもたらす幻想の具現化でないとするなら、その子は右斜め前のテーブルに座ってこちらをバッチリ見ている。俺が相手の目を見つめ返してるのに、目をそらす素振りをも見せずに堂々とこちらを見つめ返し返している。いやなんだそれ。

 どうやらさっきから感じていた視線の発信元はこの人のようだ。

 ……でも、なんでこっちを見てるんだ?

 実は俺じゃなく俺の向こう側にいる人、もしくはある物を見ているのかも知れない。

 そう思って後ろを振り返ってみたものの、フラフラになっている西川以外特にそれらしい人や物は見当たらなかった。もちろん西川がいるが、こいつは無条件で論外だ、あるはずがない。

 なぜならさっきから見ているあの人は――とびきりかわいいからだ。

 それならもしかしたら俺の知り合いかもしれない――と思って、脳内の記憶フォルダにアクセスしてみたが、該当者ゼロ。俺自身も無条件で論外なのをうっかり忘れてしまっていた。

 それから少し考えてみたが、やっぱりちっとも分からなかった。彼女はその間もずっとこちらを見ていた。しかも……心なしか、嬉しそうに。

 よし、放っておこう――という考えはなかった。それはそうだろう、せっかくこんな可憐な女子生徒がもしかしたら俺のような人間に興味を抱いてくれているのかもしれないのだ。そんなミラクルターンをスル―するなど全国の男子に申し訳が立たない。

 決して下心からではない。

 大切なことだ、敢えてもう一度言おう、決して下心なんかではない!

 この胸の高鳴りは……そ、そう、緊張しているからだもんね! 勘違いしないでよね!

 「……よ、よし。聞いてみるか」

 このまま考えていてもらちがあかない。そういう時はやっぱり本人に聞くのが一番なのだ。

 そう思って彼女に近づこうとしたその時だった。

 視界の端が、こちらを凝視する二つの目を捉えた。

 なんと、見ていたのは一人ではなかった。

 その人はまさに今、俺が向かう予定だったテーブルの真隣のテーブルに座っていた。何度も見たはずだったのに気付かなかった。おそらくその原因は、彼女の見方にある。

 先の女の子とは違い、こっちの女の子は体の向きはこちらではなく横を向いて、目だけでこちらをちらちら見ている。それじゃ今まで気付かないのも無理ない。まるで小動物のようじゃないか、かわいいじゃないか。

 彼女はこちらが視線気付いた途端、落ち着きがなくなっておどおどし始めた。まるで小動物じゃないか、かわいいじゃないか。

 ちなみに彼女も記憶ベースにアクセスしてみたが、やっぱり該当者ゼロだった。二度言うが俺にこんなかわいい知り合いはいない。別に悲しくはない。悲しくはない!

 ……さてそんなことより、ここで大変難しい問題が発生した。優柔不断には避けては取れない大きなハードルである。

 この場合、俺ははたしてどちらに行くべきなのだろうか?

 やっぱり最初に目が合った子だろうか。

 でも、もしかしたらこっちのおどおどしている子のほうが重要な用事なのかもしれないし。

 そんなこと言ったら最初の子だって……

 はっ、何やってんだよ、俺は。いくら人から注目されることがあまりないからって、こんなところでこんな単純な交流に躓いてんじゃないよ。さっさと聞けよ……さてどっちに?

 俺の思考はどうやったってイタチごっこのようだ。

 そんな俺の葛藤を見抜いてかどうかは知らないけど先に動いたのはあっちだった。

 向かって右の子は顔に眩しすぎる笑顔をうかべて。

 向かって左の子は意を決したように咳払いをして。

 

 「来て下さったのですね」

 「来てくれたんだな」

 

 念のため俺はもう一度振り返った。そこには西川しかいなかった。

 こうしてミラクルターンは強すぎて吹き飛ばされそうな春一番のごとくやってきた。

 いや実際、吹き飛ばされていたのに、俺は気が付いていなかっただけだ。

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