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かりん党  作者: 相上音
後編 黒白
28/44

 「あのな、馬鹿って言う方が、馬鹿なんだぞ」

 状況が呑み込めない俺は、もはやテンパることすらできず至極冷静に小学校の時に友達から教えてもらった教訓をもとに相手の過失を諌めてしまった。

 「なによ、なによ、せっかく、勇気出して呼び出したのにさ、そんな態度すんなら来なきゃいいじゃん! 帰れよ! 家に帰れよ!」

 「いやいや何でそこまで言われなくちゃいけないんだよ。こちとら劣等生だぞ、今帰ったら今週末のテストでいい点とれないじゃねぇか」

 「優等生か!」

 「母上が厳しい方なんでな」

 それからしばらくブレイクタイム。女の子が泣き止むまで待つことにした。

 だがお忘れなのか、はたまたご存じないのか、俺はお昼の途中なのだ。

 でも、まぁ、さすがに女の子の泣き声をBGMに飯を食らうのは飯に対し失礼極まりないのでやめておいた。

 ……あぁ、もうそろそろお昼休み終わっちゃうなぁ。まだ何も食べてないなぁ。お腹すいたなぁ。次の授業何だったかなぁ。何だか体育だった気がするなぁ。だったらむしろ良かったのかなぁ。そんなことないかなぁ。ああ、お腹すいたなぁ。そう言えば昔「腹空いた」って言ったらすごい馬鹿にされたっけなぁ。「何言ってんの『空いた』ならお腹でしょ」って。確かにそうかもって思ったけど、逆にお腹減ったはいいのかなぁ。どうでもいいかぁ。ああ、腹空いたなぁ。あ、今腹空いたって、早速使っちゃってるじゃんか……

 悶々とした問答を自分の世界でつらつらと繰り返しているうちに、女の子は顔を上げた。

 見ると目は晴れておらず、充血もしていない。泣いてなどいなかったのだ。

 「……何だよ。嘘泣きか」

 「えへへ」

 こちらを見て、はにかみながら笑う女の子。

 あれ……どこかで見た気がする。デジャヴ……じゃない、そんなものよりもっとはっきりとした既視感。

 「……あのさ、もしかしたらさ、どっかで会ったことある?」

 「何それ、ナンパ?」

 「茶化すなよ」

 「ふふふ~ナンパされちゃった~」

 やっぱり、見たことある。現に今、割と鮮明なビジョンが浮かんでいる。

 そうだ、俺は覚えている――

 小学校の教室で、今よりももっと小さく、もっと幼い顔の少女が、キャッキャと俺にじゃれて来ている。その時の俺は、いつもそれに付き合うのだ。でないと、機嫌が悪くなるからだ。

 その女の子はしょっちゅう、嘘泣きをした。少女がうずくまり体を震わせるたびに俺はあたふたと少女を慰めるのだが、少女はすぐに顔を上げて「また引っ掛かった~」とケラケラ笑う。

 そんな、人の、いや俺の罪悪感を弄ぶことが大好きな少女。俺の良心がなけなしになってしまった原因。

 そうだ、俺は覚えている。

 ……やばいのに、捕まった。

 「おっと~そろそろお昼休みが終わってしまうね~こりゃいかん、それじゃまた」

 面倒なことになる前に、早々に退散しなくては。

 さっと立ち上がり、言葉少なにその場を立ち去ろうとした。

 「ちょっ――とぉ~まてやっ!」

 女の子は素早く右足を伸ばすと俺の足の前に出して引っ掛けようとした――と思ったら、同時に左足を伸ばし俺の両足を前後から挟んだ。

 「うぉっ!」

 女の子の右足にしか注目していなかった俺は、後ろからの思わぬ伏兵に完全に虚を突かれまんまと捕まった。瞬間、前につんのめる。

 「ん~……あよっと!」

 すると女の子は勢いをつけてその場で体ごと左に旋回した。先に体がねじれ、次いで足、そのねじれを正そうとする力が女の子の足まで伝わる。

 「あぁっ!」

 予想以上に強い力で倒される。

 踏ん張ろうにも掴むものなどない、しかも前ではなく後ろに倒そうとする力に対抗できる筋力もなかった。

 「ああ――いいっ!」

 情けなくされるがまま後ろへと倒れ、尻、背中と地面に着地した。固いコンクリートとの衝突が全身に鈍い衝撃を走らせる。かろうじて頭だけは手で守ったが、衝撃で脳が揺れて流星群が見える、が、すぐに太陽光に目がつぶされた。しばらく、悶えることも忘れ痛みに体がしびれた。

 そんな俺のところに女の子はハイハイで近寄って来る。頭を前に出し、太陽と俺の間に割って入ったその顔には満面の笑みを浮かべながら、言ったのだ。

 「おひさっ!」

 そう、言ったのだ。

 「……何で?」

 「ん? 何が」

 確かに、何がだろうか……言っておいて自分でもはっきりしていない。落ち着き、順番に聞いてみよう。

 「何で……こんなことを……」

 「そりゃ――」

 ニカッと笑った。顔を、口を、そっと俺の耳に近づけてくる。

 短い髪の毛が俺の顔の半分を覆い、非常にくすぐったいが両手は頭を押さえるので精いっぱいで、払いのけることが出来なかった。

 そして目の前の女の子は、新芽を撫でるそよ風のように、そっと優しく、言葉を発した。

 

 「お・も・し・ろ・い・か・ら・だ・よ」

 

 その言葉が心に響いて思わず涙が出そうだった。

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