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かりん党  作者: 相上音
後編 黒白
27/44

 「待ってたよ」

 と、その子は言った。とても愛おしそうに、とてもうれしそうに。

 何だか、関係ない俺までうれしくなってしまった。

 屋上の、扉を開けたその先に、その子は立っていた。

 そうか、待ってたのか。そしてその待ち人がようやく来たんだね。よかったじゃないか。

 俺は聞こえるはずのない拍手を心の中でそっとした。

 おめでとう、おめでとう。

 そしていつも通り、俺の定位置であるところの給水塔めざしフェンスに手をかけようとしたが、やっぱり人がいる前でこれはまずいかと思い直し、今日はそのフェンスに寄りかかりながらご飯を食べることにした。

 ここは屋上への扉からでは死角になっていて、しかも日陰にもなっているのでさらに隠れるにはもってこいな場所だ。無論全く見えないわけではないのだけど、そこは俺の天性の「薄さ」でカバーすれば大抵の人は俺の存在に気が付かない。「薄さ」と言う点に関しては……もう、慣れた。むしろ進んで活用しているほどだ。今のこの状況にはもってこいの能力だとも、言える。

 かりん党総裁は多忙である。だからこそここでのひと時は何事にも代えがたい。そんな俺が唯一と言ってもいいほど一人きりになれる時間。常に喧騒の中に身を置き続けることはできない。誰だってそんな時間があってほしいように、俺だってほしい、むしろ人一倍ほしい。そもそも喧騒の中に身を置くことなんてなかった俺は正直この状況に辟易している。やめたい、逃げたい、投げ出したいの三拍子だ……どれも意図は同じか。

 でも、それを押し通すほどの行動力も決断力も公言力もない。いや、それらを行う勇気がないのか。その点に関して人にとやかく言われても反論はできないが、人にとやかく言われる筋合いもない。決して、俺はこの状況を自ら望んだわけではない。むしろ拒んだ位だ。誰が好き好んで嫌いな事をするもんか……嫌いは言い過ぎかもしれないけど、面倒なのは確実だ。何故に、俺が人の情事に首を突っ込まねばならんのか。切に説明を求む。

 ……なーんてな。こうして脳内でだらだらと愚痴を垂れ流していても何も変わらない、むしろやることはやらなければならないのにそのやる気を自らそいでしまうだけだ――なんちゃって! やる気なんかないぴょ~ん……なんて言えたらなと、たまに思う。何があろうがあくまで俺は小心者。

 でも……でもだ。ふと考えてみる。俺はこんな状況になって大変な思いをしたことを、本当に嫌だと考えているのか、と。だって、俺は求めたはずなのだから、変化を。

 これは、俺の求めていたものではないのか? 

 「……そんなの、まだ分かんねーの」

 あぁ、今日も憎らしいほどの蒼天だ。飛んでいるあの鳥たちの輪に入ってマイムマイムを踊りたい。マイムマイムマイムマイム……

 「……あの……」

 その声に俺が驚いたのは、余りにも近くから聞こえてきたからだった。

 見つかった――瞬間的にそう考えた。

 何故なら、今日もお昼になると例によって「総裁! 焼きそばパンでございます!」と言って押し寄せるかりん党の構成員の面々の目をかいくぐりここまでやってきた後だったからだ。

 「やや、やめてくれ、もう焼きそばパンはこりごりだ……焼きそばパン恐い」

 最初こそその行為は嬉しかった。しかし二日目はもう嬉しくなかった。

 何故かすべて焼きそばパンだったからだ。誰もかれも男も女も先輩も同輩もみんながみんな焼きそばパンなのだ。購買にもそこまでのストックは無いだろう、みんなあらかじめ用意して学校に持って来ているのだ。しかし作っている会社は違えど焼きそばパンは焼きそばパンなのだ。一日目、二日目とでもらった焼きそばパンは朝昼晩計十五個+αのペースで食べ続けること五日でようやく食べきった。もう一生分の焼きそばパンは食べ終わってついに来世分にまで到達したような気さえする。きっと来世生まれた俺は可愛い産声の代わりに「焼きそばパン恐い」と言って生まれてくることだろう。そんなわけないか。

 「あの!」

 「あ、ああ、ごめんなさい、えっと……」

 見ると女の子が地面に座っている俺を中座しながら見つめていた。

 いけないけない、めくるめく妄想の世界に引き込まれ目の前の女の子をないがしろにしてしまった。俺だって全員を把握し切れているわけではないけれど、どうやらかりん党の構成員ではないようだ。現に焼きそばパンを持っていない。この学校でも稀有な存在の、いわゆる一般人だ。

 考えてみれば、一般人との交流なんてあってなかったことかもしれない。ああ、なんだか新鮮だな、よく分からないけど心が洗われる様な気がする。はてな? 一体いつ汚れたんだ? どうだろう……これと言って思い当たる節はないけれど、汚れたと言うよりは、日々少しずつ荒んでしまっていると言うのは確かだと思う。今日だって学校に来るまでの歩みの重さは地球の重力が百倍になってしまったのではないかと思ったほどだった。体力的な問題ではなく、精神的な問題で、だと思う。

 「あのっ!」

 その声で、また自分の世界に浸ってしまっていたことに気が付いた。どうやら最近は彼ら彼女らから逃げる場がないことでとうとう自分の中に逃げ込む癖がついてしまっている。これは問題だ、どうにか社会に出る前に直したい。いや今すぐ直したい。

 「……もしかして、迷惑だった?」

 女の子はとても申し訳なさそうに、若干泣きそうにも取れる顔でそんなことを言った。

 「あ、え? 全然。……何が?」

 身に覚えのなかった俺はとっさに否定したが、具体的に何を否定したのかよく分からなかったので、聞いてみた。

 「その……呼び出したこと」

 「……はい?」

 しかし、聞いてみても分からなかった。

 「だから、ここに呼び出したこと、もしかして……迷惑、だった?」

 「いや、全然。……何が?」

 俺は同じ言葉を繰り返す。ままならないやり取り。

 んん? 何かおかしいぞ? 何がおかしい?

 「……あ、ああ! 分かった!」

 突然上がった大声に、目の前の女の子は訝しそうな目で俺を見る。そして、もうそう言った奇異の目に慣れてしまった自分がいた。

 「え、何が?」

 「何で気が付かなかったんだ~ちょっと考えればすぐわかることじゃないか、どうしたことだい全く、最近は冷静さが欠けてしまっていけないね。時に君」

 「え、あ、はい」

 「はっきり聞こう、何の話をしているの?」

 「……え?」

 「はっきり言おう、誰かと間違えてない?」

 そう、単純明快、要はお互い知らない人同士なのだ。故にお互い相手に用などないのだ。

 「…………」

 「…………」

 少しの間、お互い見つめあったまま動かなかった。

 そして、

 「……ばぁかぁぁぁ!」

 「ごばっ!」

 一発俺を殴ると女の子は泣きだした。その場に体育座りして膝に顔をうずめる防御態勢を取った。

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