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これにて前編終了です。
放課後、体育館裏、多勢対俺一人。これらの方程式から導き出される解は?
「ノッキンオンヘブンズドア、かな?」
我ながらなんとおしゃれかつ的を射たことを言ってしまったのだろう。
「やっべ、これやっべ、ねぇ? やばくね? これ面白すぎじゃね?」
「…………」
俺の問いかけに完全に沈黙。助けてディラン。
放課後、誰の目にもとまらぬ速さで生徒の合間を縫い下駄箱へとまっしぐらにひた走った俺。
あとちょっとだった。あとちょっとで……
俺の伸ばされた手は無情にも俺の靴が入っている下駄箱の直前で左側から掴まれ、それからどこからか出てきた屈強なお兄さんたちに体をひょい、と持ち上げら荒れたかと思うと、神輿が如く担がれた。
実際「わっしょいわっしょい!」って言ってた。
そして連れてこられた体育館裏。
そう、こうやって事件はいつも体育館裏から起こるんだ。
なんてこったい。
四面楚歌。
八方鬼人。
「……まさしく、そしてまたもや万事休す」
さて、どうするか。こんな時こそ焦っちゃだめだ。落ち着いて考えるんだ。必ず道はあるはずだ、俺がこの状況を打破する道が。
俺の脳内に搭載されたスパコンがフルスピードで演算を終えた結果、三つの可能性を導き出した。
まず一つ、ちょうどタイミングよく、正義の味方が来てくれる。
この際完全に他力本願でもこの窮地を抜け出せるなら何にだってすがるべきだろう。ただのこの可能性の一つの欠点が、ここはあんパンや食パンやカレーパンが空を飛ぶ世界とは別次元にあると言うことだ。
二つ目、幾多の危機を潜り潜り抜けた俺が『超俺』となる。
先日の一件で俺はほぼ死んだ。しかしそこから俺はよみがえったのだ。つまりは、摩訶不思議アドベンチャー的に言えば、俺はだいぶパワーアップしているということなのだ。だがしかし、これにも一つの欠点がある。俺は純粋な地球人だ。現にじっちゃんも健在だ。
最後の可能性、とうか作戦と言った方が良いだろう。実はこれがこれらの中で一番生存の可能性が高かったりする。しかしその分失うものも大きい。だが背に腹は代えられない。命あってのこの人生。覚悟を決めるんだ俺!
「――いくぜっ!」
小さな声で自分を奮い立たせた。俺は腰を落とし、体を安定させ、大きく息を吸い込んだ。そして一切の迷いも揺るぎもない、力強く伸ばされた右手人差し指で空は遠く遥か彼方を指さし、叫んだ。
「あぁっ!? なんだあれっ!?」
俺が指差すあの広大な空には……もちろん何もない。
だがしかし、俺は嘘を言ってはいない。
ただ「なんだあれ」と言っただけ、そこには何かあったような気がしただけ、実際には何もなくとも、俺には何ら後ろめたいことなどない。
そしてその、皆が何もない空に気を奪われてしまうその一瞬こそが、最後の活路。俺はその一瞬を逃さず瞬時に最適の逃走ルートを見出し全力で走り抜ける。
大丈夫、俺ならいける。
「…………」
だがもし、もしも、誰も俺のこの行動に反応しなかった場合、空を見上げ何か分からないものを捜すような少年のハートを持っていなかった場合、俺はすべてを失うこととなる。
「……ゲームセット、か」
最後まであきらめんなよと、いつか見たドラマで主人公が言っていた。
なら、最後は諦めてもいいってことだよね?
俺を取り囲む団体の中から、一人、屈強なお兄さんが前に出てきた。
「……うぅ、せめて西川みたいにかわいい女の子にして欲しかった」
男はさっと右手を挙げた。俺は恐怖に目を閉じた。
「これは本当か?」
そして間もなくお兄さんのこぶしが振り下ろされるだろう。一体なぜ? どうして俺がこんな目に? もうそんなことを言っていても仕方がない。
疲れた、僕疲れたよ、なんだかね、すっごく眠いんだ……
「おい! 聞いてんのか!」
「はいはいはいなんでしょう!」
危ない危ない、危うく昇って行ってしまうところだった。
男はお兄さんの目の前にこぶしを突き出していた。そのこぶしには何かが握られている。どうやら何かが書かれた紙のようだ。どこかで見たような……確か、西川が持っていたやつだ。
「……な、なんすか、これ」
「何って、お前が書いてよこしたんだろう?」
「俺が?」
いや、俺はそんなことした覚えはない。じゃあ誰が――
「……もしかして、西川か?」
俺は震える手でその紙に書かれていることを――読んだ。
一回読んでよく意味が分からなかったのでもう一回読んだ。
二回読んで俺のとらえ方が間違っているのかもしれなかったのでもう一回読んだ。
三回読んで確信した。
「な、なんじゃごりゃ」
「それはこっちのセリフだ。で、どうなんだ」
目の前のお兄さんが凄んできたつーか絶対高校生じゃないだろあんた。
どうなんんだって、こんなのしらねーよ! ……が本心だがしかし、この状況でまさか蜘蛛の糸が垂れてくるとは思わなかった。これに掴まらすにいられるかって。
「……そ、そうさ、その通りさ。そこに書いてあることは事実だ!」
すると、取り巻きの中から「おぉ」と感嘆の声が上がった。ちくしょうとんだピエロだ。
「聞いてくれ皆! 今まで……今まで、お互い誤解による軋轢があった! だがしかし! 今までのことは水に流そう! これからはお互い協力して歩んでいこうではないか! 俺たちにはいがみ合わない道が必ずある! 最後まであきらめちゃダメなんだ! 頼む……俺に、この俺についてきてくれ!」
今度は拍手までするやつが現れた。俺の名前を呼ぶやつもいる。
「そして君たちの夢は、君たちがつかみとるのだ!」
――おぉ!
――キャー!
――ワイワイガヤガヤ……
――パチパチパチパチ……
取り巻きが俺を担いでヤンヤヤンヤと胴上げをし始めた。その周りでは踊りを踊っているやつもいる。感極まって涙するやつまでいる。まるでお祭り騒ぎだ。
勘弁してくれ。
ちなみにその紙にはこうあった。
「様々な憶測と誤解がのさばっているが、私と朱根華、鷲巣凛両名との関係について決してやましいことはない。だがしかし私はこの学校の誰よりその両名に近いところにいるのは事実。例えるならばそう、私は二人のマネージャーのような存在なのだ。そして――」
ここからが重要。
「――私は今ここに、かりん党の結成を宣言する。かりん党とは、朱根華と鷲巣凛のための我々による我々の支援団体である。主な活動は、水面下において彼女たちがつつがなく学校生活を送るため、あらゆる障害を悉く排除し、是正し……(中略)またその一環として、彼女たちにふさわしいパートナーを選ぶことである(太字、赤色下線付き)」等々。
こうして俺は今後の生活において当面の安全は保障されることとなった。だがしかし、その代わりに、俺には実に不本意で不透明な肩書が付くこととなった。
その名も、かりん党総裁。
勘弁してくれ。




