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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
25/44

25

 「死ぬかと思ったわっ! つーか死んでんじゃねーの!? ねぇ!? 俺生きてる!?」

 「あーあーうるさい、生きてる生きてるもれなく生きてますよ」

 「ホント!? 俺生きてる? あー生きているってスバラシイ!」

 次の日、校門、俺は自分の目を疑った。なんと驚いたことに、西川は生きていた。この生へのしつこさ、現代の悩める若者たちにぜひとも見ならってもらいたいものだ。

 「にしても、よく生きてたな」

 「全くだね! こんな丈夫な脚に産んでくれた母さんありがとう!」

 手を合わせてうちの天井に向かって感謝をしている西川に笑わせてもらっていると「あれ?」と一つ疑問がわいてきた。

 昨日、西川はあの方々に捕まらなかった、つまり、あの方々は西川をボコボコにして晴らすはずであったうっぷんをまだ腹の底に抱えている。イコール、この問題はまだ解決していないのではないか?

 こいつのこの幸せそうな顔は、ものの数時間とかからずに、見るも無残に歪んでしまうのかもしれない。それでも、俺はこいつに今を生きてほしい、この先どんなつらい未来があろうとも、今だけは笑っていてほしい。俺こそのことを伝えることなくそっと胸の中の机の引き出しにしまって二重ロックをかけた。

 「さぁ、いつまでもコサックダンスしてないで行こうぜ」

 「おう! ……ん?」

 「なんだよ? 顔になんか付いてる?」

 「いや、なんでお前そんなうれしさを必死にこらえた顔してんだ?」

 「は? 何かっこいいこと言ってんだよ」

 「え!? 今の俺かっこよかった?」

 「あったりまえだろ」

 「おっかしいな~これでもだいぶ抑えたつもりだったんだけど。どうしよう……かっこよさが抑えられない!」

 「ははは、最高だな、お前」

 その日の学校は、異様な静けさに包まれていた。

 嵐の前のなんとやら、穏やかだけれど張り詰めている、そんな感じ。それは何故かと聞かれれば、言うのもためらわれるくらい簡単なことで、通学路から校舎の中、食堂、ひいてはトイレの中まで、俺は常にだれかに監視されているみたいだった。それも相手は隠れるわけでもなく、むしろ「俺たち(もしくは私たち)はいつでもお前をやるつもりだぜ? やっちゃうぜ? ほらやっちゃうぜ?」みたいな感じを前面もとい全面に押し出しているからたちが悪い。さらに悪いのは、何より悪いのは、その矛先が俺に向いているということだ。いや、本来はこうなるはずだったからむしろもとの形に戻っただけなんだけど、それでもやっぱり悪い。なぜ、なぜ西川ではないんだ。世界はかくも弱き者を虐げる。本当の平等とはいずこに。

 そういえば、一つ気が付いたことがある。

 彼ら彼女らの身内には、どうやら一つの暗黙のルールが敷かれているようなのだ。

 まあ、彼ら彼女らの行動原理を考えればすぐ分かることなのだが、つまるところ、ある状況下においては俺に手出しができなくなってしまうのだ。

 それはもちろん俺にとっては好都合なのだが、良いことばかりではない。いや、むしろ悪いかもしれない。

 「どうしました? なんだか気分が優れないようですがが?」

 「そう? 全然! ははっ!」

 「本当か? もしそうなら遠慮することはないんだからな」

 「いやほんと、大丈夫ですって! ははっ!」

 おかげで最近は、休み時間になると三人で楽しく談笑をするようになった。

 しかし前門の二人、後門の多勢。どちらかを選べと言われても、迎える結果は一緒ではなかろうか。

 「しかしあれだね。なんだか楽しいね。皆で話すのっていいよね? ね?」

 いつもの俺の発言に、二人はとても渋い顔をする。

 「私は……できれば夏依さんと二人でいろいろ話したいかなと……」

 「それに関しては同意見だが、君と夏依、というところに大いに異論がある」

 「そんなの私もです。そもそも今だって先に話しかけたのは私ですよ?」

 「そんなことを言い出したら君、今日一番最初に夏依に会ったのは私だぞ?」

 「なんですかその発言。まるで夏依さんが自分のものだと言わんばかりですね」

 「そうは言っていないが、そう聞こえてしまったなら悪い。隠し事は苦手なんだ」

 「それくらいは淑女のたしなみかと?」

 「……やはり、もう少し話し合いをするべきかもな」

 「そうみたいですね。そろそろはっきりさせないと」

 「うっわ~やっぱ超楽しいね?」

 まるで剣山の頂で陽気に新体操でもしているような道化だった。

 そんな俺にとっての唯一と言ってもいい安らぎの時間は昼食である。以前のように屋上に逃げ込み、フェンスの向こう側に最近見つけた梯子を上ったところにある給水塔の隣だけが、この学校で俺に残された最後の砦になっている。もちろん、見つかれば絶対に怒られる。だからいつも昼食の時間になったら俺を呼び止める声を振り切り全力で階段を駆け上り、まだ誰も来ていないうちに上る。帰る時は誰もいなくなってから。俺がいつもこの場所で一人買ってきたパンを食べていることは誰にも言っていない、西川にすら。俺は聖域を死守するために必死だった。

 ここの景色は素晴らしい、頭上一面に広がる壮大な空はいつだって俺の心に平穏をもたらし、そよぐ風は俺の小さな悩みをどこか遠くのほうへと飛ばしてしまう。

 あぁ、なんと素敵快適空間なのだろう。

 しかし、ただここの最大の欠点は屋根がないことだ。雨の日には使うことができない。そんな日は屋上に出る扉の前の、踊り場でいつも食べている。ただここは、どうにも人目に着いてしまう。同じ考えを持っていた生徒がやってきて、一人壁を見つめながらパンをかじる俺を見て気味悪がりながら去って行くのはとても心が痛む。いつまでこんな生活が続くのだろうか。

 俺だって今のこの状況の打開策は何度も検討している。だがしかし、俺はハンニバル将軍の生まれ変わりでもなければ諸葛亮孔明のように奇跡を起こせるわけでもない、ただの一般人だ。そんな俺に出来ることは限られているのだ。そしてその限られた選択肢からでは、残念ながら俺は現段階を打開できる方法を思いつかない。

 「俺、どうしたらいいのかな」

 問いかけても遠い空は何も答えちゃくれない。

 「こうしたらいいのさ!」

 至福の昼食タイムが終わり、教室に渋々戻るなり西川が嬉々とした表情で何やら書かれた紙を出してきた。

 「却下だ」

 席に着くと俺は腕を枕に寝る体制を整えた。

 「せめて見てから言えよ!」

 「見たくない、知りたくない、関わりたくない、考えたくない、西川なんていなくなれ」

 俺は机に突っ伏し続けた。

 「お~だいぶ追い込まれてますね~。しかし、もう安心だ。この俺が、心の友のために一肌脱ごうじゃないか」

 「…………」

 「……おぉ、その目、全然期待していないどころかむしろ余計なことすんじゃねぇつーか死んでしまえ、と言いたげな目だな。だがしかし、案ずることなかれ。お前はもう沈没船にホップステップジャンプで飛び乗ったつもりでいればいいのさ!」

 「乗る前から沈んでてどうするよ」

 しかしそんなの西川は聞いちゃいなかった。

 「思い立ったが吉日! ちょっくらいってくるぜ!」

 そう言って西川は俺が一切目を通していないそのなんやかんやが書かれた紙を持ってどこかへと行ってしまった……と思ったら、すぐに戻ってきた。

 「バッチリだ!」

 意気揚々としゃべるこいつをそのままにしてしまったことに今年度最大級の後悔をしてしまうのはもう少し後のことだった。

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