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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
24/44

24

 四時間根が終わった。待ちに待ったお昼の時間。

 「夏依、今日は学食にするか?」

 「今日はって、お前毎日学食だろ」

 他愛のない会話、平和だ。思えばあれ以来落ち着いて飯を食ってなかったな。今日は昼休みになるとすぐ二人ともどっかに行っちゃったからわざわざ屋上に避難する必要がなくなった。珍しい昼休み。

 俺たちは学食に向かった。

 「なぁ、あいつだってよ」

 「あいつがそうらしいぜ」

 「何であんなやつが」

 「……ブッコロス」

 今日も学食は大混雑、席を探すのにも一苦労だ。

 「……夏依、ちょっと聞きたいことがあんだけどさ」

 やっとこさ席を見つけて座る。今日はこの前食べそこなったカツカレーだ。

 「いっただきます」

 「なぁ」

 「食事中は黙って食べるのがルールだぞ、今どき生後一カ月の赤ん坊でも知っている」

 カツカレーを口へと運ぶ。あぁ、うまい。

 「いやその意見には全面的に大賛成なんだけどさ……なぁ、なんでみんな、俺のこと見てるんだ?」

 「はぁ? 何だって?」

 「いやだからさ……何かやけに視線を感じんだけど」

 実際、この学食にいるほぼすべての生徒の視線が、それぞれの食事ではなく西川に注がれていた。

 俺は静かにスプーンをさらに置いて、西川に向き合った。

 「お前……今頃気が付いたのか、入学式からずっとみんなお前のこと見てたんだ。知らないだろうけど、裏では今年入ってきた男子ナンバーワンって言われてるんだぜ、お前」

 まぁ、何のナンバーかは、こいつが知る必要はないだろう。

 「マジですかっ!?」

 「ああマジだとも! お前が通った後は誰もが振り返っているぜ!」

 西川は喜びに体を震わしている。

 「とうとう俺の時間がやってきたんだな」

 「あぁそうさ! 今こそ西川オンステージさ!」

 「ヒャッホウ!」

 手を高々と上げる西川。人間ってこんなにバカになれるんだな。

 「ほら、早速来たぜ」

 俺が指さす方には、こちらに向かって歩いて来ている三人の女子がいる。

 「あぁ、どうしよう、こんなの初めてだから緊張で心臓吐きそうだよ」

 「それは不思議な体のメカニズムだな。なぁに、自然体でいればいいんだよ」

 「そうか、そうだよな、やっぱいつも通りの俺が一番だよな」

 三人の一番前を歩いていた、ショートヘアーの女の子が西川の真横で立ち止まって言った。

 「ちょっといい? 一緒に来てくれないかな?」

 言い方があからさまにとげとげしい。

 すると西川は、変な間を空けてからやけに演技ったらしく振り返ると、苛々するほど勿体つけながら言った。

 「……ふぅ、おいおい、まったく、君たち強引だね。僕は君だけにかまってあげるわけにはいかないんだけど……しょうがないな、これも選ばれし者の宿命か」

 西川はやれやれと言った感じに頭を振った。この二人の見事な食い違い具合は直視できないくらいの面白さだ。

 「友よ。僕ちょっと行ってくるからさ、先に教室戻っていてくれたまへよ」

 「ならこのラーメン貰っていいか?」

 「あぁいいとも、君にもこの幸せ得を少しぐらい分けてあげないと不平等すぎるからね。これも選ばれし者の宿命さ」

 実に爽やかに笑う西川。こういう時こいつと一緒にいてよかったなぁと思う。五時間目が楽しみだ。

 「じゃあまた五時間目にね、友よ」

 「ああ、いってらっしゃい」

 そして西川は去っていった。

 その後、彼の姿を見たものは誰もいないという……

 「ふざけんなよっ!」

 「あれ? 生きてたのか」

 五時間目が始まる直前、西川は教室に倒れるように入ってきたと思ったら、大声でそんなことを言った。

 「集団リンチで危うく死にかけたわっ!」

 確かに西川の顔は通常の三倍と言っても過言ではないくらいに膨れ上がり、青色赤色紫色と色とりどりになっている。

 「それは災難だったなー」

 「あなたのせいでしょーがっ!」

 「はぁ? なんで?」

 「あいつらお前と俺を勘違いしてたんだよ! ホントはお前に用があったんだよ!」

 「それは言いがかりだ。俺は人に恨みを買うようなことはたぶんしていないと良いなと思う」

 「曖昧じゃんっ! それってしてるかもしれないじゃんっ!」

 「その時は仕方ない」

 「そのツケを俺が払わされたんでしょーがっ!」

 「お互い持ちつ持たれつで行こうぜ」

 「お前がいつ何を持ってくれたんだよっ!」

 「そうカリカリすんな、カルシウム足りてる?」

 「……おい、お前、まさか、この状況で、俺に……怒るなと言っているのか? それは……無理ってもんだろーがぁっ!」

 大変だ、西川が発狂した。可哀想に、よっぽど怖い目にあったんだろうな。俺は西川の肩に優しく手をのせて言った。

 「まぁ落ち着け、勘違いしているかもしれないな、とは思った。だがしかしまさか集団リンチになるとまでは思わなかった。これはホントだ」

 「じゃあ何で勘違いをそのままにしておいたんだよ!?」

 「そりゃあ……うん、面白そうだから?」

 「なぁ……」

 「ん? おいどうした?」

 返事がない、ただの西川の屍のようだ。

 その日の放課後、今度は屈強な男子の先輩からのラブコールを受けた西川は、事の真相を丁寧に説明しそのラブコールをクーリングオフしようとしたところ、彼は先天的ビビりなのと昼休みのトラウマから、激しく挙動不審だったのが功を奏さず、受け取り拒否された揚句、最終下校時間まで怒り髪が天を貫く勢いの先輩方と生死を賭けた鬼ごっこをしたそうな。

 人の影がごっそり消えた校舎に響き渡る怒声と悲鳴の二重奏。この二重奏がのちにこの学校に伝わる七不思議が一つ、「放課後の西川さん」になったとかならないとか。

 俺の席に座ってしまったがために勘違いされてしまった哀れな西川。これはあいつの遺志をくみ、早々に席替えを要求しなくては。

 ちなみに俺はというと、十七時から三平で野菜のタイムセールがあるらしいとの情報をつかんだので、まこと後ろ髪引かれる思いでお先に失礼した。


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