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普段生活していて、まずこの言葉が出る機会はそうはやってこないだろう。だがしかし、もはや普段から地球半周分くらい離れた俺の生活では、この言葉を無意識無自覚のうちに漏らす機会が多々あった。
「な、なんじゃごりゃ」
今日も朝からこの言葉をかましてしまった。
何と、手紙が詰まっている。
恥ずかしながらワタクシ、下駄箱に手紙が入っていた経験が無きにしも非ずなわけですが、今回はそれとはまったく違う。
何が違うか、ずばり、その量。
もはや俺の上履きが見えないくらい、手紙が詰まっている。
「……俺の下駄箱はいつから郵便受けになったんだろーか」
下駄箱なのにこれだとかえって上履きが周りから浮いている。変な光景だ。
「え、何あれ」
「すっご、どんだけモテんだよ」
……ちらほら視線が気になってきたので、詰まった手紙を急いでかばんに詰めるとそそくさと下駄箱を後にした。
一般棟の教室は三階から一年、二年、三年、と一階下がるごとに一学年ずつ上がり、一つの階には四つのクラスがある。
つまり俺のホームであるところの一年三組は三階にあるわけだが、この階段の上下運動は、普段の生活で筋肉を酷使する機会が全くなく、週二回の体育の次の日には朝起き上がるのに大変な苦労を強いられている俺にとってはかなりきつい。
情けないことに毎回三階に着いた頃には息が上がってしまっている。悲しきかな現代っ子。
さて、この三階がほかの階とは違うところがいくつかある。それはもちろん学年などの違いの他に、だ。
まず特別棟と一般棟をつなぐ渡り廊下がある建物。この建物は二階建てになっている、つまり、一階と二階からしか特別棟に行けないので、一年生はわざわざ下の階に下がらなくてはいけない。
また、職員室と学食の建物も二階建てなので、この階には廊下の突き当りの先はない。
何が言いたいかというと、この三階には特別棟への渡り廊下もなければ学食の上に何かのスペースがあるわけでもないので、一年生以外の生徒が来ることなんてほとんどないはず。
じゃあ、何だこれ?
目の前には三年生から一年生まで、男女が込み合っている、一年三組の扉の前。
「開けごま!」
なんて思っても口が裂けても言えない。怖くて。
ちなみに先輩かどうかは上履きの色で判断できる。この学校制服は男子が学ラン、女子がブレザーということになっているが、そこまで厳しくない、というかだいぶ甘くなっていて、男子が学ランの中にパーカーを着ようが女子がこれでもかという位にスカートを上げようが全く問題ない。中には一日中ジャージで生活している人もいる。
そんな学校だが、上履きの色だけは全学年統一している。三年が赤、二年が黄色、一年が緑。きっとこれだけは徹底しておかないと見分けがつかないからだ。
しかしこの状況は何なんだ?
うちのクラスにそんな先輩方がわざわざ足を運ぶようなものが……あぁ、そう言えばあるね。
全くあの二人、聞きしに勝る人気ぶりだな。
「すんませ~んすんませ~」
人ごみをかき分けて何とか教室に入ることができた。見ると朱根も鷲巣もまだ来ていなかった。じゃあの人達何してんだ? 出待ちならぬ来待ちか?
自分の席に向かおうとした時、何やら扉付近の話し声が聞こえてきて思わず足を止めた。
「おい、あれじゃね?」
「ねぇねぇ、あの人じゃないの?」
「鷲巣様はあんな人に? それはないわよ」
「あいつじゃ朱根さんと釣り合わねーよ」
「…………」
なるほど、どうせ俺がまだ来る前にうちのクラスのやつから聞き出したのか名簿を見たんだろう、とりあえず席はあの方々に割れてしまっているようだな。あ、あと下駄箱も。
しかし幸運にも顔はまだ広まっていないようだ。あの学食の時の騒ぎで割れてしまっているかと思ってたけど、おそらく突然すぎて俺の普遍的な顔は誰の記憶にも残らなかったのだろう。短所だって考えようによっちゃ強力な武器だな。
俺はふたたび歩き出すと迷わず自分の席……の前の、西川の席に座った。
扉付近から何やらコソコソ言う声が聞こえたが、気にしない。だって俺は今から西川だもん。
「は~いちょっとすいませ~ん」
そう言って人混みを分けてやって来たのは、西川だったやつだ。
「何なんだよあれ……って、なんで俺の席座ってんだ?」
「はぁ、何言ってんの意味分かんない、まぁとりあえず座れよ」
そう言って西川だったやつに後ろの席に座るように促す、首をかしげながら、元・西川はその席に座った。その瞬間――
「あいつ座ったぞ!」
「あいつだ! あいつだぞ!」
「うそ! 何であんな人が!」
「きっと何か弱みを握って脅迫してんだよ! じゃなきゃあり得ねえって!」
「……ブッコロス」
扉付近の空気が穏やかではなくなってきた。嫉妬っておっそろしいなぁ~。
「……なぁ、なんか俺すっごく睨まれてないか?」
「そうか? 気のせいだろ、自意識過剰な被害妄想だ」
「そうなのかな? でもさっきから扉付近の人達こっち見てない? なんだか悪寒がするし」
「風邪引いたんじゃないのか? とりあえず寝てろよ、先生が来たら起こしてやるから」
「そうだな……そうする」
そう言って西川だったやつは俺に机に突っ伏して寝始めた。俺は前に向き直ると、先生が来るまでの時間何をするでもなくボーっとしていた。
予鈴が鳴ると、それまで扉付近にかたまって西川だったやつに熱い死線を送っていた人たちも各々のクラスに戻っていった。全くご苦労なこった。
それと入れ替わりに朱根と鷲頭が入ってきてあいさつを交わした。まるで昨日のことなんてなかったかのように。
「こらー席に着けー」
少し遅れて先生が入ってきた。
「おい西川、いつまで人の席で寝てんだよ」
西川の頭をはたいて起こした。




