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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
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 ピピピピピピ……

 携帯電話から七時半に鳴るように設定したアラームが一人きりの部屋に響き渡る。この音が『マスターもう家を出る時間ですよ』と優しくも厳しく俺の鼓膜を揺り動かす。もしそんな時間にも関わらず布団に入ってぬくぬくしていようものなら、それはもう大変ことになってしまうことを、俺はここ最近、切に感じている。

 感じて、学んでいるはずだった。

 しかしどういたことだろうか、人の習慣とはそうたやすく変わらない。ままならないね。

 「あぁ……やば、寝坊だ」

 こうなったらもういっそのこと、このままもうひと眠りするかな――なんて口では言いつつも体は布団から起き上がり仕度を始めようとしている、小心者な俺。

 「こんな時間じゃ……朝飯を作っている暇はないな」

 一日の大事なエネルギー摂取を妥協する。ふらふらと台所にたどり着き、とりあえずすぐに食べられそな食べ物を探すと、見つかったのは少し黒くなったバナナ。それだけ。週末の冷蔵庫はすっからかんというお約束。

 でもこの際贅沢は言っていられない。それを一気に口に押し込んだら、顔を洗って歯を磨いて、ちゃっちゃと支度を済ませる。火の元や窓の世情も確認終了。

 「よし!」

 大きく息を吸い込んでから、家を飛び出した。その後鍵を閉めに戻った。タイムロス。

 ポケットに入れた携帯電話で時間を確認。人間やればできた七時五十分。中々好調な滑り出しだ。

 俺は二足歩行にのみ許されたあらゆるショートカットを駆使し、学校までひたすら走る。でも、本当は自転車を使った方がなお早い。では何故自転車を使わないか?

 使わない主義があるわけじゃない、むしろ当初の予定ではこの通学路は自転車で通うことになってたんだよな~なんて思いながら、軽やかに足を駆る。

 理由は至って単純、諸事情により自転車は購入した当日故障し、その翌日無くしてしまった。それだけだ。まだまだやんちゃな盛りだ。

 ちなみにこのことは親には言っていない、言えるわけがない。今俺は親の目が届かない所にいるのだから、わざわざ怒られると分かっているのにこんなことを言うわけがない。それに、このことを親が知れば「やっぱり! まだこの子に一人暮らしはまだ早かったのよ!」なんて勝手なことを言ってくること間違いない。何物にも縛られない十五歳の自由かつ快適な一人暮らしを保持するためには、極力自分の立場が弱くなるようなことを言うわけにはいかない。

 だがしかし、言わないことで心の奥底に残る罪悪感がちくちく刺してくる、ほとほと小心者な俺。

 なんて、しょうもないことをつらつらと考えながら走っているうちに、校門到着。

 「よし!」

 時間を確認する。

 一時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る時間までほんの少しだけど余裕があった。けれども安心するのはまだ早い。登校は席に着くまでが登校なのだ。

 なのでそのままペースを落とさず下駄箱に駆け込み、流れるような動作で急いで靴を履き替えると教室までラストスパート。

 結局、本来登校していなくてはいけない時間は優に過ぎてはいるものの、なんとか間に合った。どうやら先生は職員会議で遅れているらしい。何たる幸運。

 肩で息をしながら席に着くと、前の席の西川がこちらに振り返り、話しかけてきた。

 「おいおい、日に日に登校が遅くなってきたな」

 何を隠そう、彼は朝から全力疾走の相手にその労をねぎらえる友ではない。それは求め過ぎ、というものだ。

 「何かと忙しいんでね」

 まぁ今日もただの寝坊ですけど。

 「まぁ当然の代償でしょう。その歳で一人暮らしさせてもらってるんだもんね。全く、うらやましすぎるよ……やりたい放題じゃんか」

 こいつが今どんな想像をしているかは、朝の段階で俺が想像する必要は無いだろう。

 「そんなに良いことばっかりでもないぞ、飯とか洗濯とか家事全般は自分でやってみると、思っている以上に大変だし……って、おい、お~い」

 西川は自分の理想の一人暮らしのムフフ妄想に夢中で聞いていなかった。

 その後、西川の理想の一人暮らしの話を一方的に聞かされたが、先生が入って来たのでそれは強制的に中止させられた。

 先生が朝の連絡を告げる、今日から授業が本格的に始まるとのことだ。何のためかは知らないがやたら脅かそうとして来る。今までの勉強は忘れろ、これからが本当の勉強だ云々。

 はいはい存じておりますとも――などと、肩肘ついて話を右から左へ清流が如くしめやかに受け流していた俺は、甘かった。

 迎えた高校生初めての本格的という授業は、非常に過酷なものだったのだ。

 午前の授業四科目×五十分計二百分の間、俺の手が休まることはなかった。もちろん寝る間もない。この学校はわりと名の知られた進学校なので、授業の質もそれ相応に高いらしい、早くも先生の言っていることがちんぷんかんぷんなことばかりだった。こんなんでやっていけるのか俺?

 ちなみにこれは俺だけに言えることではないらしいことは、授業中前に座っている西川もたびたび頭を抱えている姿を見ることで確信した。まぁこいつじゃいたってあまり意味はないかも分かんないけど、いないよりましだな。

 授業中、遅々として進まない時計を視線の跡をくっきりとついてしまいそうになる程睨みつけながら、ようやく午前のお勤めを終えた俺の右腕は、先ほどから疲労許容量の限界値突破警告アラームをガンガン鳴らしている。まだ学校が始まったばかりというのに先生方は熱が入りすぎだ。

 そして恐ろしいことに、今日からは昼休みをはさんで午後の授業が始まる。つまりこんなのがあと二教科、百分残っているのだ。まったく、ゆとり教育が懐かしい。

 「……はぁ」

  いつまでも遊んでいるだけで卒業できた遥か昔の桃源郷に思いをはせていても仕方がないので、ぐったりしている西川をたたき起して学食に向かった。


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