19
そして迎えた放課後。
ほとんどの生徒が遊びやら部活やらデートやら屋上で用事やらで教室を後にした。
かくいう俺は、放心状態でノロノロと帰り支度をして、ノロノロとトイレを済ませた後、階段をノロノロと上って、今、屋上につながる扉の前に立っている。
「……帰ってもいいでしょうか?」
鉄扉に聞いてみた。もちろん鉄扉からの返事はない。
「……ダメだよね」
今までしたこと無いくらいでっかいため息をついた。もちろんあんな紙切れに拘束力なんてないからこう律儀に屋上にやって来る必要なんてないし、あの紙も見て見ぬふりをすればいいんだけど……まぁ、無理だよね。小心者だもの。
「……よし」
意を決して扉を外側に押し開けた。
扉の隙間から入り込んできた赤い光に目がくらみ、とっさにまぶたを閉じた。
そしてゆっくり、まぶたを開く。
そこには――夕暮れをバックに睨み合う二人の美少女がいた。
その画はさながら冷戦期のアメリカと旧ソ連のにらみ合いを思わせるよう……って、こんな表現であってるのかな? まぁそんな感じ。並んでみると分かるけど頭一つ分も身長が違うんだな。これじゃまるで姉妹喧嘩だな。するとこの場合俺はそんな姉と妹を持つうだつの上がらない長男ってとこか……何考えてんだか俺は。
見たところ明らかに左側の子に分があるけど、もしかしたら右側の子はあの頼りになる屈強な男性方をどこかに隠しているのかもしれない。すると五分五分ってとこか。
……にしても、二人とも俺の存在に気付いてくれてるのかな? 一応「俺、登場!」とか大きな声で言った方が良いのかな? 絶対言わないけどね。
とりあえず少し待ってみようかな。
しばしの沈黙に終止符を打つように、ふぅ、と一息ついて、右側の子が話し始めた。
「とにかく、諦めていただくわけにはいかないのですか?」
「あぁ、残念ながらな」
「……では、仕方ないですね」
おぉっ! とうとう始まるのか。
さて……どうする俺? やっぱり止めなきゃダメだよな。
でも怖い!
正直怖い!
――って何言ってるんだ俺は。今こそ男を見せる時だろ!
俺の体の奥底に残る勇気よ今こそ目覚めの時! さぁウェイクアップ!
「や、やめるんだ二人とも!」
右手開いてを前に突出し、ケンカの仲裁に入った。その声に驚くぐらい驚いた両人。
……決まった、完璧に決まった。あのキングオブ小心者であるところのこの俺が。うわ~今世一番の見せ場だ、ビデオ録画しておけばよかった。
「え! 夏依さん! いつからいらしていたんですか!」
「夏依! いたのか?」
……あれ? どうやらやら本当に気が付いていなかったみたいだね、俺ちょっとだけショック、でも良い、今の俺かっこいい!
「事情は分からないけどケンカ良くない! 暴力反対!」
最後のこそ二人に向けたメッセージだったり。
すると、右側の子が頭をふるふる振って、
「そんな、喧嘩なんてしていませんよ」
そう言って笑った。
「そうだ、そもそもそんなことをする理由がない」
そう言って左の子は微笑んだ。
……あれ?
「じゃ……何してるの?」
「ちょっとした……お話し合いです」
「そう、ちょっとした話し合いだ」
まぁ……二人がそう言うならそうなんだろうな。てことは俺の勘違い?
やだ~すっごく恥ずかしい。
「そう? なら良かった。じゃ俺はこれで」
あくまで平静を装ってそう言うと、颯爽と身を翻し階段へと直行。
「待って下さい!」
「待ってくれ!」
二人の声が重なった。
「ちっ」
扉に手をかけたところだった。あとちょっとだったのに。
「えっと……俺に何か用かな?」
そう言って振りかえる。
頑張って笑顔をつくっているつもりだけど、はたしてどうなっているだろうか? 緊張やら恐怖らでなんか変な顔になっていそうだ。
二人は恥ずかしそうに俯いてモジモジしている。二人とも外見も中身も全然違うタイプに見えて意外と共通点もあるんだな。
二人はお互いを見た。そこに会話はなかったが、それが一体何を意味しているかは両方とも分かっているらしかった。
なんだ? 本当は仲良いのか?
「あの……ですね」
「実は……な」
また重なった。
ちょっと笑ってしまう。本人たちは気にしてないのかな?
その時、二人が急に顔を上げた。その顔には何か固い決意のようなものが見える気がする。
思わず身構える俺。
そして―――
「よろしければ、私を夏依さんの恋人にしていただけませんか?」
「良かったら、私を夏依の恋人にしてはもらえないだろうか?」