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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
17/44

17

 教室は一時間目までの数分を待つ生徒たちの静けさで支配されている。席に着くと前に座っている西川が「よっ」を最小限の言葉で挨拶をしてきたので、俺も「おっ」とこれまた最小限の言葉で挨拶を返した。

 ……おや?

 一度、辺りを見渡す。

 ……おかしい。

 変だ。

 大変変だ。

 違うな、普通だ。

 ……なんかややこしくしてるな。

 要するに、普通だ、だから、おかしい。

 いや、これこそ望んでいたことなんだから俺としてはうれしいんだけど、まさかこうなるわけないと思っていたからまさかこうなっていると逆に違和感があるって結局どっちがいいんだよなんて言われても仕方ない心境でございます。

 だって……普通なんだもん。

 「なぁ、おかしくね?」

 「あぁ? 何が?」

 西川は別に演技をしている風でもなく、いたって普通に、俺の質問の意図が見当つかないと言った顔をしている。

 「なんか、普通じゃね?」

 「だから?」

 「おかしくね?」

 「何言ってんのか意味分からねーよ」

 くそう、じれたい。そこは察しろよ。

 「だから、お前昨日俺が何したか知ってんだろ?」

 「あぁ」

 「…………」

 「…………」

 「え? そんだけ?」

 「あぁ? 何が?」

 「だからさ、どうしてそうなったの? とか、どうしてああなったの? とか、どうすればそうなるの? とかないわけ?」

 「なに、お前聞いてほしいの?」

 「そんなことねーけど……てっきり聞かれるんじゃないかと思ってたからさ」

 そう、てっきり根掘り葉掘り聞かれてうわさになって途中変な脚色されて後ろ指さされるようになって学校に来れなくなったりはしないけ扉だこーだ……みたいなことを想像していたけど、学校についてクラスについて席に座って今に至るまで、全くいつも通りだった。

 「まさか……俺の祈りが神に通じたのか」

 祈った覚えなんてないけど、ありがとう神よ! 

 「そんなわけねーだろ」

 即答で否定しやがった。いつか神の裁きが下るぞ。

 「じゃあ何でだよ? ……まさかみんな俺なんかには興味無いとか? うわぁ~入学して早々友達二十八人計画が早くも暗礁に乗り上げたのかよ」

 「数がリアルだな。でもそうじゃないと思うぜ」

 「じゃあ何でだよ?」

 「そりゃ……聞きづらいに決まってるだろ」

 「……何で?」

 「なんでって……相手が相手だからな」

 ま、まさか……

 「それってつまり……俺って見た目結構とっつきにくい奴なのか? ウソだろ~こんなひょうきんで優しい『友達にしたい人ベスト4』を拝命した人間をか? あぁ……こりゃ計画も終わりだな」

 ちなみにこの称号は短期間だけ通ってた地方の中学校のクラスメイトの金城君につけてもらったんだけど、その時クラスには十名ほどしか生徒がいなかったってオチがあるんさ~。

 「ベスト4っていいのか悪いのか曖昧だな。つーか二十八人て俺とお前を除いたクラスメイトか……お前まだ俺しか友達いないのかよ」

 「いや、お前は計画対象外なだけ。友達じゃなくていい」

 「さらりとひどいだろっ!」

 「馬鹿、俺とお前は友達なんて間柄じゃねぇだろ」

 「お前……へっ、くせぇこと言ってんじゃねぇよ」

 西川の顔がちょっと赤くなった。

 土気色ユートピア、ここに爆誕!

 「そんなことどうでもいいんだよ。で、どうして?」

 「どうしてって、逆にどうしてだよ」

 「何それどゆことさっぱり全く意味が分からない」

 「お前……まさかさ、あの方々のこと知らない?」

 「え? 逆にお前は知ってんの?」

 「……お前、それはさすがにさらりとひどいなんてレベルじゃないぞ」

 「俺はお前と違って全校生徒(美女美少女美幼女美熟女美少年)を網羅してるわけじゃねーんだよ」

 「おい、いい加減にしろよ……熟女と少年は対象外だ」

 他はホントに網羅してんのかよ。

 「じゃなくて、全校生徒であいつらを知らない奴なんてお前ぐらいだと思うけど、とりあえず確実にこのクラスの奴は全員知ってるはずだぜ」

 「なんで?」

 すると西川はこれ見よがしにため息をついた後、「ん」と言って右手で右方向を、左手で左方向を……あ、西川から見ると右手で左で左手で右になるのかな……を指差した。

 「……どっち?」

 「どっちも」

 「そうは言われても私はアシュラマンのように顔が何個もついているわけではないので一度に両方向を見ることはかなわないのですが」

 「片方ずつ見ればいいだろーが」

 あ、なるほどね。

 ではとりあえず西川の左手の指が差す方……つまり俺から見て右側を見てみる。

 そこには前の席の女の子と楽しそうに談笑する鈴木君だったかなの姿があり、そしてその先、一番廊下側の列の一番前には、上品そうな外見で、身長はやや低めでこの角度からは判断しずらいがおそらくあれの方はいささか控えめな成長具合だけれどそれもまた良かったりして、栗色で長めの髪もまた似合ってて勝手な想像だけど着物が似合う女子高生ナンバーワンであろう女の子がしゃんと背筋を伸ばし文庫本を読んでいる。

 ………………………………。

 次に西川の右手の指が差す方……つまり俺から見て左側を見てみる。

 そこには数学の宿題のプリントをせっせと書いている福留さん(だったよな)がいて、そしてその先、一番窓側の列の一番後ろには、凛としていて、女性の中ではわりと身長高めでそれに比例するようにあれの方も良い感じに出っ張っていてつい視線をさらわれてしまう、長めの黒髪がクールビューティー系って感じを醸し出してはいるが実の所かわいい所も多い女の子がボーっと窓の外を見ている。

 ………………………………。

 「分かったか?」

 視線を西川に戻す。しかし頭の中は今過度の情報量にパニックを起こしているせいでなかなか言葉が出てこない。

 それでもやっとの思いで整理して出た言葉は、

 「……クラスメイトだったんだ」

 とまぁ、まさにそのまんま。

 「お前ほんとに知らなかったのかよ」

 そう言って大声で笑い出す西川を『脳天に瓦割りチョップ』でもって黙らせる。

 「このバカ! 気付かれるたらどうするんだよ!」

 無意識のうちに話し方がヒソヒソになっている。

 「いやもう同じクラスなんだから気付かれないわけにはいかないでしょ」

 た、確かに。

 「おいおいおいおいウソだろ~冗談だろ~何かの間違いだろ~誰か『うっそぴょ~ん』って言ってくれよ~」

 「うっそぴょ~ん」

 「嘘つくなっ!」

 そんなお前には稲妻チョップをお見舞いだ!

 「いってぇ!」

 「へんっ! こっちは真剣だってのにからかうからだ」

 にしてもこの状況……まさに、井の中の蛙……いや全然意味違うだろ。四面楚歌か。すると虞姫は西川か? 救いがねぇ。

 トントン。

 そんなことより、この状況をどうするかだよ。なんでよりにもよって二人ともおんなじクラスなんだよ~何の因果だよ~もうこれ絶対誰かのやらせでしょ? 実は高校グルなんでしょ? そうやって俺を追い込んであたふたさせてそれを見て楽しんだんだろこのドS! 鬼畜! 人でなし!

 トントン。

 ダメだ、完全に思考回路がいかれてしまっている。一旦落ち着け~落ち着け俺~ヒッヒッフーヒッヒッフー……

 「おい」

 このSクラス級の危機的状況打破に向けて俺が脳細胞をフル活動させているにもかかわらず、さっきから肩をトントンしたり話しかけてきたり……まったく、落ち着きのない奴だ。

 「今忙しいお前に付き合っている暇ない後で遊んであげるから大人しくしてなさい」

 「お前は俺のかあちゃんか。いいからとりあえず顔を上げろ」

 仕方ないな全く、このさみしがり屋が。

 しぶしぶ顔を上げた俺の前に驚くべき光景が飛び込んできた。それは――

 「デ、デジャブだ!」

 右手で右方向を、左手で左方向を――あ、西川から見ると右手で左で、左手で右になるんだったっけ――を指差した西川だった。

 「なんと……これはまさか……危機的状況に追い込まれまくった結果潜在的能力が目覚めたのか? そうご存知その能力とはつまりタァーイムスゥリッー――」

 「アホか」

 またしても一蹴された。

 「じゃあ何やってんの?」

 「とりあえず見てみろ」

 「だからさ~君も学習能力のない人だね~僕は草原を駆ける草食動物のように顔の横に目がついているわけではないのだから、そんな一度に二か所しかも全く逆方向を見ろって言われても無理って話だよ」

 「そんなこと言われてって……こっちだって選ぶわけにはいかねーよ」

 「……なぜ?」

 「…………」

 ……なんてこったい。

 とたんに周りの音がスーッと消えていった。代わりに自分の心臓の鼓動の音がどんどん速く大きくなってくる。

 恐る恐る体を起こすとそこには二人の美少女が立っていた。

 「おはようございます」

 と、右側の人が俺に。

 「おはよう」

 と、左側の人も俺に。

 「……おはようございます」

 と、真ん中に挟まれた俺はどちらともなく。

 そしておやすみなさい……なんてこたぁないよね?

 すると、まず右側の女の子が話し始めた。

 「お体の具合はいかがですか?」

 「え? あ、はいもうバッチリですよ! あのお粥のおかげですね」

 「本当ですか? ありがとうございますっ!」

 な、なんてかわいらしい笑顔だ。うわ~周りに花まで咲いちゃってるような気がする。なんだか癒されるなぁ。

 すると今度は左側の女の子が若干身を乗り出しての話しかけてきた。

 「私のマッサージはどうだった?」

 「は? あ、あれねっ! いやぁ~ビックリだよ、起きたらホントに腰が治っててさ。疑心暗鬼にもなるねあれは」

 「そーだろうそーだろうっ!」

 こ、こちらの笑顔も負けていないぞ。すさんだ心にしみわたるぜぇ。

 いやぁ~なんだよ、やっぱりそこいらにいるの女子高生と変わりないじゃないか。なんか一人で大げさなこと言っててハズカシッ! 何に身構えてるんですか俺は。むしろこんな美少女二人に囲まれてこれ以上の幸せが十五歳彼女なしの小心者のどこにあるってんだい全く。

 「わ、私のお粥のほうが良かったですよね?」

 ……へ?

 「何を言う、私のマッサージのほうが良かったに決まっているだろう、なぁ?」

 ……は?

 「どっちですか?」

 「どっちだ?」

 「……え、えぇ~」

 はい来たー油断させといて来たー。

 しか~し、これくらいで焦る俺ではない。右から来たならば、左に受け流せばいいのさっ!

 「……どっちも、とても良かったです。それこそ甲乙つけられないくらいに」

 まったくイカしたさばき方だぜ俺っ!

 「つけてくれ」

 「つけて下さい」

 「うぅ……」

 ……しまった、右からだけじゃなくて左からも来ているのを忘れてた。

 ちくそう……こんな時はどうしたら……

 「にしか……」

 その時とっさに取ってしまった行動に俺はひどく後悔した。

 ……どうして俺は学習しないんだ。一度犯した失敗をもう一度繰り返すなんて、一度やったなら、もう一度やらない保証なんてどこにもないだろ。

 俺がつい先ほどまで会話をしていたそいつは、今愚かにも助けを求めようとしてしまったやつは……もはや前の席にはいなかった。それどころか、教卓からこちらをニヤニヤしながら見ていやがった。

 ……覚えてやがれ、シャーペン百突きの刑だ。

 「で」

 二人の声が重なった。

 「どっち?」

 二人とも机に手をついて体を乗り出している。

 流れる冷や汗、流れる沈黙、止まる時間、止まりそうなマイハート。

 どうしましょ……どうしたら……

 「う~ん……そうだね~……」

 とりあえず考える仕草をする。

 二人とも律儀に黙って回答を待つ。

 しかし実はこの時俺が何を考えていたか、といいますと、ぶっちゃけ何も考えていなかったんだこれが。ただただ時間を稼いでいただけ。そうすれば救いの手は案外簡単にやってくることを思い出したから。だってもう予鈴はなったわけだから……

 「こらー席に着けー」

 うわさをすれば影、だ。これもちょっと違うかな?

 そう言って気だるそうに入ってきたおじさんこそまさに救世主にしてこのクラスにおける最高責任者、そう、担任教師成瀬氏だ。

 「あ、先生来ちゃったね。じゃこの話はまた今度ってことで」

 ナイスタイミングだぜ先生。

 「そうですね」

 「仕方がないな」

 そう言って二人とも渋々自分の席に戻っていった。

 「隊長! 朝からご苦労さまであります!」

 自分の席に戻ってくるなりそんなことを言って敬礼をする西川。その口元はまだニヤニヤしている。くそ、覚えてろよこんにゃろう。

 でも、一つ分かったことがある。

 どうしてこの学校の生徒及びクラスの生徒がどうしてあの話題に触れなかったのか、それはつまり、触れられなかったのだ。もし下手に騒いで逆鱗に触れようものなら、自分の身に危険が迫ることをきちんと理解していたのだ。どうやらこの学校、学力以外の頭の良さを持つ人が集まっているみたいだ。

 ただまだ分からないことが二つある。

 一つは、何で俺?

 俺自身には――自分で言うのもなんだが――一目見たら忘れられないような魅力的ポイントはおそらく……いや確実にないし、かといって何かしらの劇的イベントで恋愛フラグを立てた覚えも……ない。

 もう一つは……

 「名前、なんて言うんだろ」

 ハハハ……ひどすぎるぞ俺。

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