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「…………」
「…………」
「……もう、いいのか?」
「……はぁ、たぶん」
何についての質問だか分からないまま答えてしまった。
「私は別に散らかっていてもかまわないのだけれどな」
なるほど、部屋を片付けてたと思われてるのね……と、言うことは、向こうは俺が家に入れるつもりでいると思ってるのか。つまり、玄関口でさようならの選択肢はないわけか。
「まだ散らかってますけど………どうぞ」
「お邪魔します」
台所の近くを通って居間に入る途中、あの匂いに明らかに驚いた彼女の表情は、少し面白かった。
「とりあえず、どこか適当なところに座って下さい」
さっきからキョロキョロ部屋を見渡している彼女に声をかけた。そんなに見られるとやましいものは何もないのになんだか恥ずかしい。
「ん、ありがとう」
そう言って、やはりというべきか、正座で座った。仕方なくテーブルをはさんで彼女の正面に俺も正座する。
「…………」
「…………」
黙んなよ~こえぇよ~。
でもこちらの視線に気づくとオロオロするところはかわいい、なんて思ったり。怖い雰囲気を携えているけど、所々でこう自信なさげな、小動物的動きが見えるのがまた良い。ギャップだね。萌えだね。嫌いじゃないぜ。
というか、本当に落ち着きがないな。玄関の時からそうだけど、あんまり俺を長時間見てくれない。チラ、チラ、チラと、まるで怒った親の様子をうかがう子供のような方だ。
「あの……な、ほんとは昨日来るつもりだったんだけどな、ちょっと手が離せなくて……」
手をもじもじ、足をもじもじ。
トイレにでも行きたいのかよ!
……なんて思ったけど言わないよ? 俺紳士だし。だから代わりに気のない返事で応える。それは単純に返答が思いつかなかったから。うん、俺実は紳士じゃないし。
「……はぁ」
「金曜のこと……ちゃんと謝らなくてはいけないと思って……ごめんなさい」
昨日といい今日といい、最近の若いモンは律儀ないい子ばかり、こりゃ日本の将来も安心だ。ただ相手の気持ちを慮る美徳は是非に取り戻していただきたい。
「あぁ、そのことだったら気にしなくていいよ。俺が勝手にしたことだし、昨日も謝りに来た子もそうだけど、別に君たちが気にすることじゃないよ」
何と大人な対応なんだ、って自己陶酔に浸っていた俺を彼女は怪訝な顔で見つめてくる。
やべっ、ニヤついてたか?
しかし彼女の疑問は別のところのあったようだ。
「昨日って……昨日も誰か来たのか?」
あれ? 別に確証があったわけじゃないけど、てっきり知っているものだと思ってた。
「あぁ、うん。この前一緒にいた女の子が来たよ」
一緒に追いかけっこした子がね。
「…………」
それを聞くと、何故か黙ってしまった。
あれ? なんか考えこんじゃった。俺なんかまずいこと言ったかな?
とりあえず謝ろうかなと口を空けかけた時、彼女の口から小さな声がこぼれた。
「……まったく、油断ならないな」
「え?」
「いや、気にしないでくれ、こちらの話だ」
いやいやそんなこと言わずに教えてよ~、なんて言える間柄でもないし特に興味もないからいいか。
「ところで、昨日来た時に何かしていったか?」
関係ないって言ったくせにまだ話は続けんのか。もしかして聞いてほしかったのかな?
まぁいいや、何をしてくれたかって? いいぜ教えてやんよ。
「実はね、料理を作ってくれたんだ」
まさに文字通り『一撃必殺』のお粥(?)を、ですけどね。
そして俺としてはこの発言に「マジで!?」とか「良いなぁ」的なリアクション程度は期待していた。
だけど、彼女はそれを聞くとまた考えこんでしまったから俺は困る。古い家の一間に流れる沈黙。そのあまりの静寂さゆえに、『シーン』という音が聞こえる気がする。
気まずい。
彼女は依然として何かを考えているのか俯いたままだ。
……もしかして、寝てんじゃね?
ちょこっと顔を覗こうとした時、彼女が急に顔を上げた。ビックリして体を引いたうえに、彼女が体を乗り出して近づいてきたので、さらに後ろに体を引いた俺は正座をしながらブリッジをしそうになっている。そして逃げ遅れた俺の右手はテーブルの上で彼女に捕まった。
「どこか、体の調子が悪いところはあるか?」
「は? ……へ?」
右手をこっそり抜いてみようとしたが、案外がっちりホールドされていた。
「いや、こう見えてもマッサージは得意なんだ。でだ、先日の一件でどこか痛めているところはないか?」
「え、いや……あの、そ……は?」
いきなり何を言っているんだこの人は? 普段は展開する事態にただ狼狽えることが常の小心者の俺だが、これは急展開過ぎて、寧ろ落ち着いている。
「どうだ? どこかあるんじゃないのか? 遠慮なく言ってくれ」
とりあえず顔が近いので、左手で相手の肩を掴んで押し戻しある程度の距離を確保。
しかし右手は繋がれたまま、離してくれない。
「えっと、まず少し落ち着こうか、はい深呼吸……よし、落ち着いた? じゃあまずなぜマッサージなのか説明できるかな?」
まるで親戚の子供をああしているような感覚だ。しかし、まさかこの方があれほど凶暴なオーラの持ち主だとは到底思えないな。思えないけれど、扱いは慎重に。
「それはだな……」
「それは?」
彼女は答えを少し貯めた後、声高々にこう言った。
「私はこう見えてもマッサージが得意でな、よく祖父にしてはのもほめられたものだ」
「あ、はい、なるほどね~」
はい降参もういいや。
もうどんなに工夫を凝らした言い回しだって同じ結果にしかならない気がする。
「で、どうなんだ?」
またそうやって体を乗り出す。
「う、うん……」
とにかく、そう簡単に断らせていただけるような雰囲気じゃないし、ここはひとつお願いするとしましょうか。別に「女の子とボディタッチできちゃうなヒャッホ~イ」なんて下心があったわけではないですよ、いやホント。
「そういえば……腰がちょっと、痛いかな」
そう答えると、彼女の目が途端にキラキラと光を放った。眩しい。
「そうなのか! ならば任せろ! 明日には腰の痛みなど存在していなかったのでは? と疑心暗鬼になってしまうほどにしてやろう」
「どんだけテクニシャン!?」
いやそこまで高望みはしていないけれども、ちょっとやってみてほしかったり。
「では布団のあるところへ行こう」
「きゃ、大胆」
「何だ?」
真顔。
「ごめんなさい……何でもないんです」
布団のある所と言ったら……俺の部屋しかないよな。マジか。仕方ないよな。大丈夫かな?
様々な思惑が交差する中、俺の部屋に案内した。
布団はたたんでしまっていたのだけれど、彼女の『早く揉みたくて仕方がないぜおい!』という顔を見たら、敷かないわけにはいかない気がした。
やべぇ、すっごい緊張する。いや……これは、興奮か?
何言ってんだ。
「では、横になってくれ」
「えっ、明かりがまだ」
「何だ?」
真顔。
「あ、はい……何でもないんです」
言われるがままに布団の上でうつぶせになる、すると彼女は俺の体の上をまたがった。
いや、確かにマッサージをするならこの体勢がやりやすいんだろうけど……なんか……うつぶせでよかった!
「では、揉むぞ!」
「いやん」
「何だ?」
真顔。
「……何でもないんです」
「ではいくぞ!」
「よろしくお願いします」
しかし、何なんだろうこの画は、高校生の男女二人が布団の上でマッサージなんて……あ、いやダメだ、こんな説明では誤解を招いてしまう、えっと……高校一年生になってまだ数日しかたっていない男女二人がこんな真昼間から一人暮らしの部屋に二人っきり布団の上で女の子が男の子の上にまたがって腰をマッサージ……ダメだ~さっきと変ってねぇ~つーか余計ダメになってる~十八歳未満のみんなは変な妄想しちゃダメだぞ。
「どうだ?」
……お? あれ? 結構……良いんじゃないか? いや、だいぶ良いぞこれ。
「あ、はい、すごくいいです」
実際腕前は彼女のおじいちゃんが保証するだけあってさすがのものだ。
「そうだろうそうだろう」
そう言って誇らしげにする彼女は、まるで幼い女の子のようで可愛い。いや、私は決してロリコンなる性癖を持ち合わせているわけではないのだがね。つまり、これもギャップってわけだよ、凛としていて女性の中ではわりと身長高めでそれに比例するようにあれの方も結構出っ張っていて長めの黒髪なその子は一見するとクールできれいって感じなんだけど、そんな彼女がそんなことしていたら、そりゃ可愛いなって思うでしょ? みんなそうでしょ? だから別に俺がロリコンってわけではないのだよ。あ、別にロリコンを否定しているわけではないよ? 小さい子がかわいいと言うもの、子猫然り子犬然り、他の動物にも当てはまる一種の真理と言っても過言過ぎない程度の理屈だし。ただ俺のストライクゾーンを誤解されては困るなと思って――って誰に弁解しているんだ俺は。
「……でもまさか彼女も君を学食に呼び出していたとは、驚くべき偶然だ、しかし、たとえ彼女が相手であってもこちらも引きさがるつもりはない、むしろ望むところだ」
彼女の話し声が聞こえる、なんとか聞こうとはするが、俺を襲う睡魔からの猛攻になす術を持たない俺はみるみる意識が遠のいていってしまった。