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ブツは三十分もかからず運ばれてきた。ここであえて「料理」と表現することを拒んだのは、俺の十七年という人生の中で、初めてお目にかかるものを俺は「料理」と判断することが出来なかったからに他ならない。というか何この刺激臭。
「一応お粥なんですけど、多少私なりにアレンジを加えてみました」
オカユ……おかゆ……お粥? ま、まさか、この緑色したペースト状の物体は、お粥なんですか?
俺のおかゆの概念は木っ端みじんに吹き飛んだ。
そして、ここにきてようやく俺は自分が犯した失敗に気が付いてしまった。俺はこんな見るからにお上品で、身長はやや低めであれの方もいささか控えめな成長具合だけれどそれもまた良かったりして長めの髪がまた似合ってる彼女が作るのだから美味しくないわけがないと勝手に思い込んでいた。
そう、それは全く因果関係のないことである。
そしてその失敗が、この結果をもたらしてしまった。ならば俺がしなくてはいけないことはただ一つ。自分の失敗は、自分で尻拭いをしなくてはいけないのだ。
「……どうかされました?」
どうかされましたってどうかされてしまっているのはあなたの頭に他ならないですよ。どこの世界にこのような原材料完全不明の緑色物体Xを自信満々に大判ふるまえる人間がいるんですか?
いやいやいやいやダメだ俺、彼女にあたるな、これは俺の責任だ。
「いや、なんでもないっすよ」
彼女を泣かすな。男を見せろ。こんな時は魔法の呪文、『チャラ、ヘッチャラ!』。
よっしゃ大丈夫だ。よし、いくぞ!
とりあえずレンゲで一すくい、なんだかとろろみたいな感触だ。しかも何かにぶつかった感触もあった、具も入ってたのかこれ。もちあげる時の予想以上の抵抗感、粘着性がなかなか強い。少しだけ顔を近づけて見ると、さらなる食欲減退効果を痛感する。時間をかけると食べられなくなるだろう。
よし。
俺は恐る恐る口に近づける。
「うっ!?」
匂いが直接鼻に入った刹那、反射でレンゲを顔から遠ざけた。まるで新人ライト級ボクサーの渾身の左ストレートを皮膚や頭蓋骨を通り抜けて脳みそに直接たたきこまれる様な衝撃が駆け抜けた。実際はどんなものか知らないけど。
めまい、吐き気、耳鳴り、鳥肌、色んなものが一気に覚醒する。
な、なんだこの匂い……分からない、俺の言語能力では例えることができない、が、これは、非常に、危険だ。
……いや、そんなことない。見た目も匂いもあれだが、味までそうとは決まっていないだろ俺。良薬というやつは口に苦いとも言うしな。それに、どの道俺のはこいつを食べるという選択肢しか残されていなんだ。
深呼吸して――いざ!
「はっ!」
……………………………………………………。
味がない。いや違うな、味を感じない、だな。
口に入れた瞬間、舌に電撃が走った気がした。そしてその直後、俺は味覚を失ったようだ。
もうビックリなんてレベルは音速で通り過ぎて声も出ませんよ。
……あれ? ほんとに声出ねぇや。
「……お口に合いますか?」
……正直人間の食べられる代物でないことを是非にお伝えしたいところではあるが、何分今は会話が困難である故、首を縦に振っておこうと思う。
いやホントはちゃんと言いたかったんだよ?
ただ今はしゃべれなくてうまく伝えることができないからだよ?
別に彼女をかわいいからほんとのことが言えないなんてふ抜けじゃないよ?
いやマジで。
「ほんとですか? うれしいです! 実は初めて作ったから自信がなかったんです。まだまだいっぱいありますからいっぱい食べて下さいね」
……あ、あれ? なんでだろ? 目から何かが出てきそうだ。
結局、すべてを平らげるのに一時間ぐらいかかった。幸い、味覚のマヒに加え、表現のしようのない強烈なにおいに嗅覚もマヒしてしまったので、視覚と、のどを通る時に触覚が感じ取るこの上ない不快感さえ我慢すればなんとかなった。
「……ごひひょうひゃま」
しかし未だ発声はままならない。
「こちらこそ、残さず食べていただけてととてもうれしいです。」
あ、あれ? なんだか……頭がくらくらしてきた。
「……昨日は急にあんなことしてしまったこと、本当にごめんなさい。ご迷惑でしたよね? でも、昨日学食で見つけたとき、すごくうれしかったんです。下駄箱に入れて置いた手紙、ちゃんと読んでくれたんだって。それで、少し興奮して、あんなことになってしまって……」
頭がボーっとする。視界までぼやけて見えるようになってきた。
「……でもまさか、彼女もそうだったなんて……すごい偶然ですよね。でも、いくら彼女が相手だからって引きさがったりはしませんよ」
彼女の話声をかき消すようにキーンという電子音みたいな音が聞こえる。
「って、私ったら何言ってるんでしょ
ごめんなさい、今のは忘れて下さい。これ片づけてしまいますから、休んでいてください」
彼女が食器を持って立ち上がった、俺もつられて立ちあがろうとするがうまく立てない。足までフラフラしてやがる。そしてそのまま床に倒れこんだ。
原因は……おそらくあれだろうな。まさか、毒でも入ってたんじゃねーのか。だとして彼女に何の利点があると言うんだ?
もう……なんでもいいや、考えることもだるい。それに眠い、悪いけど片づけは彼女に任せて少し休もう。