未亡人とBarもみじ
「雨、か……もう、雨男なんだから……」
居酒屋の照明に照らされて浮かび上がる雨粒を見上げながら、つい言葉が零れてしまった。
しとしとと傘を叩く雫は、まるで今の私の心を映し出しているようで……
おっと、いけない。
こんな表現ばかりしてると、あの人に笑われちゃうわ。
「……」
さて、どの店に入ろうかな。
あんまり騒がしいのは好きじゃないし、せめて今日くらいは静かに酔いたいな。
『Barもみじ』?
寂れた感じのお店だなぁ……
ここなら、静かかな……?
***
雨で濡れた扉を開くと同時に笑い声が響き渡った。
「マジだって!コレ食えば幸せになれぞ!」
「ハハハ!馬鹿にすんじゃねえよ!イモムシなんか食えねえっての!」
「おいおい、そんなこと言っていいのか?ハマるコリコリ感だぜ?」
「なんだよコリコリ感て!?イモムシってコリコリなのか!?」
「そりゃアレだ。イモムシの――っと、いらっしゃい!」
やっと私に気付いたのか、だらしない感じの男性がこちらを向いた。
カウンターに入っているところを見ると、彼がここのバーテンダーなのだろう。
しかし、着崩したシャツはシワだらけだし、無精髭が生えているし、なんというかイメージと違うな。
「あー、テキトーなトコに座ちゃってくださいな。なんなら、この男の隣なんてどうです?」
「ば、バカ野郎!なに変なこと言ってんだ!」
顔を真っ赤にして、もう片方の男性が声を荒げた。
相当酔っているみたいだ。
「あの、私ソコ座ります」
絡まれたくないから一番端の席に座った。
……失敗、しちゃったな。一杯だけ飲んで帰っちゃおうかな…………
「さて、何飲みます?本日のオススメはコイツですよ」
ドン、とカウンターに置かれたお酒にはイモムシが沈んでいた。
正直気持ち悪いが、それよりも先に懐かしさが込み上げてきた。
「……メスカル、でしたっけ?」
そう、前にあの人が飲んでいたのを覚えている。
気持ちが悪い見た目のくせに、アライグマのような可愛い名前のお酒。
美味しそうにグラスを傾けていた彼にドン引きしたのも、いい思い出だ。
「おお、詳しいんすね。もしかして呑兵衛?」
「いえ、彼……私の主人がバーテンダーだったもので……」
「ほほう。でも、それなら旦那さんのトコで飲まなくていいんすか?」
「ええ……今日で三回忌です」
気が付けば、そんな事を呟いていた。
バカだな、私。
忘れたいから外に出たのに。
きっとメスカルのせいだ。
「…………」
ほら、バーテンダーさんもドン引きしてる。
仕方ないか。
……よし、帰ろう。
「あの、私これ――」
「失礼致しました。もし差し支えない様でしたら、ご主人との思い出の一杯などありましたら、教えて頂けないでしょうか」
目の前の男性から、先程までのだらけた雰囲気が消えていた。
心なしか、その瞳には何とも言い難い光が宿っている気がする。
「……テキーラのカクテルを好きだった、と思います」
浮かせかけた腰を席に戻してしまった。
急変した態度に気圧されたというのもあるが、それ以上に、シャンとした姿が彼と重なってしまったのだ。
「よろしければ、是非飲んで頂きたい一杯があるのですが……」
***
「真珠みたい……」
差し出されたカクテルを見て、思わず言葉が零れ落ちた。
「ええ、マルガリータというカクテルでございます」
聞いたことのあるカクテルだ。
普段お酒を飲まない私が知っているのだから、有名なカクテルなのだろう。
たぶん、彼もお店で作っていたんだろうな……
「……っ!」
グラスに口をつけて、思わず咳き込みそうになった。
思った以上に度数が高いみたいだ。
しかし、それを無理して飲み下した。
「……お口に合いませんでしょうか?」
「いえ……けほっ、飲み、ます……」
何故だろうか。
体が拒否しているのに、しっかりと味わってみたいと思ってしまった。
改めて、少しだけ口に含めてみた。
まず、塩の味がした。
続いて仄かな酸味を感じる。
……なんだろう……この味を知っている気がする…………
「このカクテルは、とあるバーテンダーが亡くなった恋人に捧げたものだと言われております」
……ああ、そうか。
この味は――
頬を伝う、この雫と同じ味なんだ――
***
「雨が、やんでる……」
結局、全部話してしまった。
彼との結婚式でも雨が降っていたこと。
私が詩的な表現をするとニヤニヤとした笑顔を浮かべること。
他にも、些細なことまで、全て。
それを、あのバーテンダーは静かに聞いてくれた。
グラスについた結露がカウンターを濡らしても、最後まで聞いてくれた。
今まで溜め込んでいたものを吐き出させてくれた。
涙は全て、時間がかかったけれども飲み干した。
雨がやみ、月が浮かぶ夜空は、やはり私の心を映し出しているようだった。
***
「……酔ったくせに、しっかりした足取りだったな」
「ああ……」
「常連特権で、いくつか注文していいか?」
「なんだよ?」
「今からこの店は俺の貸切だ」
「ふざけんな」
「それから、オールド・パルを2杯」
「…………かしこまりました」
三点リーダ多いです……
読みにくかったらスミマセン……
文才欲しい……