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 閑話休題。


 火事場から抜け出したカヅト一行である。

 10分ほども走れば、もう一息で隣町というところだった。街と町はちょうど一本の太い川で隔てられている。遊歩道の付いた鉄橋にさしかかったところで、カヅトたちは一旦休憩を挟むことにした。

 なにせ、隣町に行ったところで……今後の方針がない。


「とりあえず……休める場所が必要だよな。どうする?」

「う~ん……宿屋とか?」

「RPGかよ」

「『RPG』でしょ? カヅくんのジャンル」

「………………」

 キョトンとした表情で様子を窺ってくるルリノ。てっきり冗談で言ったのかと思ったが、案外本気で宿屋を探すつもりなのかもしれない。「RPGで言うところの宿屋に準ずるもの」という意味でなら、カヅトもビジネスホテルやインターネットカフェなどを思いついていなかったわけではないが。


 RPG……まぁ、今の状況はRPGで言うところの仲間パーティーを引き連れている様に似ている。


 だが、ホテルやネカフェで休むとなると当然、ひとつの心配事が思い浮かぶ。ひとつと言わず、心配事は山のようにあるけれども……似ていると言っても、これは本当の仲間ではないのだ。カヅトは胡乱げな視線をJJへと送った。

「……こいつと一緒ってのは、落ち着かない」

「あー? こいつって誰様のことだよ? え? あんま舐めてること抜かしてっとぶっk……怒るぞ」

「大丈夫だよ? どうしても心配なら、私たちだけ別の部屋とかにしてもらえばいいし」

「おいおいおいおい……キヒヒ、なかなか積極的じゃねェか。オレ様がんばっちゃうz――」

「私とカヅくんって部屋割りに決まってるでしょ。調子に乗らないで」

「よしボウズ、オレ様と代われください」

「断る」

「……やんのかオラァ!?」

「ちょっと静かにして。ワタシ ウルサイヒト キライ」

「ウィッス」


 静かに貧乏揺すりを始めたJJを横目に、カヅトはそこでようやく――もう取り返しが付かないほど遅いが――疑問を口にした。

「なぁ、ルリノの『恋愛シミュレーション』の能力って、どれくらい有効なんだ?」

「んー? どれくらい、って……例えば?」

「言いなりになってるように見えるんだけど……『相手を思いのままに操れる』ってわけじゃないよな?」

「そ、そんなエスパーなことはできないよ……。んーと、そうだなぁ……」

 ルリノは人差し指を顎に添え、まだ暗い空を見上げた。


「私のジャンルは、『私のことが気になる人』を『私のことを好きすぎる人』にしちゃうの。ほら、『恋は盲目』って言うでしょ? その人の価値観が、全部私中心になっちゃうの」

「ルリノ中心の価値観、か……」

「そ。だって、好きな人には嫌われたくないでしょ? そういう気持ちをプクッと膨らませるの」

「なるほど、どおりで『嫌い』って単語がよく出てきたわけだ」

 カヅトは深く納得した。


 つまり、ルリノは術に嵌まった相手の中で増幅された『嫌われたくない』という感情を利用し、巧みに操っていたということらしい。

「……となると、例えば『空中に浮いてくれないと嫌いになる』ってお願いしても、相手は空中に浮くわけじゃないんだな」

「そうだね。空中に浮く努力をし始めるかもしれないけど……せいぜい『好きな人に無理難題を押しつけられた』って認識になるんじゃないかな? なんだったけ、そういうの。竹取物語?」

 そうだとすると、インチキで宙に浮いてみせる人も現れそうだ。


「ひょっとして……カヅくん、『このゲームをリタイアして』ってお願いができるかどうか考えてる?」

「……よくわかったな」

「あ、やっぱり? だって私と同じアイデアだもん」

 得意げに胸を張るルリノ。カヅトは少しだけ目を逸らした――実は、胸中にあったのは別のアイデアだったのである。多少似ているようにも思われるが……まったく別の、もっと残酷なアイデア。


『死んでくれないと嫌いになる』というお願いは可能なのかどうか、だ。


 常識的に考えたら、その願いは聞き入れられないだろう。好きな人に「死んでくれ」と言われたからって、「じゃあ死にます」とこの世を去る人間がいるだろうか……それはもはや好意や愛情と言った感情ではなく、崇拝だろう。常識の範囲ではない。

 だが、もし……ルリノのことを『命よりも好きな人』が現れたら、この限りではないのかもしれない。


 しかし、今重要なのはそこではない。

 カヅトは内心、冷や汗をかいていたのだ……ルリノに言われるまで、『リタイアさせることでゲームから除外する』という穏便な方法が、まったく、一度として考えに及ばなかった。いつの間にか「殺すしかない」と思っていたのだ。


 自分はこんなに『死』に鈍感だっただろうか。


 初め、泥棒を葬り去った時――あの時の動揺は?


 JJの言葉が蘇る――果たして、これが一線を越えてしまったということなのだろうか。


 自分はこれからも――殺すつもりだったのだろうか。



「たぶんできると思うけど……でも、それを実行するのはもうちょっと先だね」

 その声でカヅトは我に返った。ルリノはJJの様子を横目で窺っている。

「そうなのか?」

「だって、利用できる人は利用してかないと……ね?」

「………………」

 さらりと非道いことを言う。そういう強かさこそ、このベリーハードモードに必要不可欠な素質なのだが。


「けど、そんな悠長にしてて大丈夫なのか? 制限時間とか、有効範囲はないのか?」

「具体的なのはわかんないけど……1日2日くらいじゃ解けないよ。ずっと有効なんじゃないかなぁ。範囲は……距離なんて障害で冷める程度の恋心だったら、ダメかも。なんちゃって」

 ペロッと舌を出しておどけるルリノ。ただ、その言い分からすると『目の届く範囲にいなければ効果がない』などという制限はないようだ。一応留意しておくとしても、それほど気にするべき制限ではなさそうだ……カヅトはそう結論づけた。


 そう結論づけたことこそが、決 定 的 な 誤 り だったとは露知らず。


 ルリノが嘘の情報を伝えていた――そういう可能性も、ゼロではない。今この時点でカヅトが彼女の能力の真贋を判断する材料はないのだから。ルリノにその気があればいくらでも嘘はつけるだろうし、またカヅトにその気がなければいくらでも鵜呑みにできてしまう。


 実際、ルリノにその気はなく、カヅトにもその気はなかったのだか――つまるところ、ルリノは間違いなく真実を伝えていたし、カヅトは一片の疑いもなくその真実を信じていた。


 カヅトはこの先、もう少し慎重になるべきである――そうでなければ、『この先』はどんどんなくなっていくだろう。

 それはなにも、「疑いの心を持て」というわけではない。事実、ルリノは真実を話していたのだから、ここで懐疑の念を抱いてしまっていたら、話は余計な方向へと余計に捻れていただろう。疑う心と同様に、信じる心もまた重要なのである。


 カヅトに必要な『慎重さ』は……「情報を吟味せよ」ということに尽きる。

 与えられた情報を意訳し、飲み込みやすい形にして理解するという単純化は、ことサバイバル環境においては真価を発揮しない。必要なのは、情報を深読みする力である。


 もし火事場にいる時点で同じ質問をし、それから隣町への移動を開始していたとしたら……その間に、ルリノの『恋愛シミュレーション』という能力について、ルリノについて――その説明について、考えを巡らせられたかもしれない。そういう時間を捻出できていれば、『とある考え』に思い至る可能性も――やはり微少ではあるが――たしかにあっただろう。



 ルリノは自身の能力について、こう説明した。



『1日2日くらいじゃ解けないよ』



 カヅトがこのベリーハードモードと化したリアルに誘い込まれたのは、つい半日ほど前のこと。


 つまり、まだ1日も経っていない。


 すなわち、ルリノも同じタイミングでゲームに参加しているとしたら、このような説明が出てくるはずがない。


 また、ルリノは嘘をついていない。


 ならば、前提が間違っていることになる。



 ルリノはカヅトよりも前にこのゲームに参加している。


 そして。





 ル リ ノ は す で に 、 誰 か に 対 し て ジ ャ ン ル を 発 動 し て い る !

10/26(土)は更新お休みします。


次回更新は11/2(土)予定!

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