武器をその手に
「お前の命も盗んでやるァ!!」
泥棒がナイフを振り上げる! 万事休す、ここまでか……!
だがしかし! カヅトが目を覆いかけたその瞬間、一筋の稲妻が二人の間を割いた!
「ギョエェ!」
吹っ飛ぶ泥棒! 稲妻の跡に突き立つオブジェを見て、カヅトは思わず目を剥いた。
「これは……!」
道路のコンクリートを割って突き刺さっていたのは、装飾された一本の大剣だ! 青白く輝く刀身は剥き出しで、カヅトの驚きの顔が映り込んでいた。柄に嵌めこまれた水晶の中、蒼炎が静かに渦巻いている……まるで主人を待ちわびているかのように……。
「な、なん……!?」
カヅトは混乱している! と――
『武器は装備しないと意味が無いですよ』
「ホァ!?」
カヅトの頭の中に声が響く。か細い女の声だ。だがしかし、カヅトは混乱している!
「ちくしょう……! なにしやがった……? 殺すぞ!」
泥棒が体勢を立て直したようだ。さっきよりもギラギラした目で迫ってきている! ヤバい!
『武器は装備しないと意味が無いですよ』
再び響く女の声。
「おい、なにしやがった? なんだこれは? おい答えろ殺すぞ?」
詰め寄ってくる泥棒。
カヅトはなににどう答えたらいいのかわからず、ただただ首を横に振るしかない。
「答えろよ! それか死ね!!」
泥棒、支離滅裂! 無情にも、今度こそナイフが振り下ろされた!
「あぐぅぅ!?」
カヅトの右太ももに深々と突き刺さる泥棒のナイフ! 焼けるような痛みが全身を貫く! 引きぬかれたナイフは銀色から鮮やかな赤色に変わっていた。ズボンに広がっていく赤黒いシミ……。危険過ぎる! 一刻も早くこの男から逃げなければ……!
だがしかし……ああ! 立ち上がろうにも、負傷した足は言うことをきいてくれない! 泥棒はさらなる追撃を放とうとナイフを振り上げている。今度は左脚を狙うつもりだ! 非道この上なし! カヅトには逃げ場なし!
『武器は装備しないと意味が無いですよ』
装備しないと意味もなし!
「くっそ! なんだよこれ! どうなってんだよクソリアルが!」
悪態をつくカヅトはせめてもの護身用、盾代わりに大剣を引き寄せた。瞬間――
【蒼炎の剣が装備されました。追加効果:HP+20%】
視界の隅に現れたウィンドウ。ろくに確認する間もなく、泥棒のナイフがカヅトを襲う!
ガヂリ! 金属音が響かせ、ナイフと大剣がぶつかる! 散ったのは青い火花! 泥棒の顔が怒りに歪む。まだ諦めていないようだ……執念深い!
「くそったれ……! 俺がなにしたって言うんだよ!」
カヅトは泥棒を振り払うべく、大剣を横に凪いだ。見た目とは裏腹にあっさりと動いた剣。蒼炎が視界を染め上げる。
だがそれも一瞬の出来事……カヅトが確認した時にはすでに消えていた。青い炎も、泥棒の姿も。
「……あれ? あいつどこに――」
呟いた矢先、カヅトは気がついてしまった……。
足元にある黒焦げた物体と、その横に転がる銀のナイフに。
「え……? え? は?」
カヅトは目の前で起こったことを瞬時には理解できなかった。しかし、これは事実なのだ。すなわち、カヅトが振るった蒼炎の剣により、泥棒は消滅――いや、焼滅したのだ。跡形もなく!
「う、嘘だろ……あいつ、死んだ……? 殺した? 俺が?」
理解し始めた途端、カヅトの胸に湧き上がった恐怖といったら! 指先から力が抜け、大剣が滑り落ちる。カシャンと乾いた音が鳴った。
「なんだよ……? なんだよこれ! はぁ!? し、知らねぇ! 知らない俺は知らない知らない俺はやってない、やってないんだ俺は……いや、いやいやいやいやいや! いやいやいや――」
取り乱したカヅトはそのまま二、三歩後ずさった。よろめいた、と言った方が的確かもしれない。そう、よ ろ め く こ と が で き た ! ついさっきナイフを突き立てられたはずの右脚は、かすり傷程度の負傷しかしていなかったのだ。これにはさすがのカヅトも気がついた。
「き、傷が……? なんで……?」
太ももを擦って確認する。たしかに傷は小さくなっている。だが、ナイフが突き立てられたのもたしかだ。あの痛みが幻想だったとは思えない……ならば、いったい?
カヅトがしたことといえば――
「……装備した、から?」
足元に転がる大剣に視線を移す。脳裏をよぎったテキスト――
【蒼炎の剣が装備されました。追加効果:HP+20%】
視界にはたしかにそう表示された。では、まさか……カヅトのHPすなわち生命力が20%増強されたとでも言うのだろうか? だから、負傷の程度が軽くなった、と?
「…………」
カヅトは言い知れぬ気味の悪さを感じた。と同時に、自身の犯した事に対する不安が一気に溢れた。
この現場を誰かが見たら……どう思うだろう?
いや、もう既に見られていたら?
泥棒の男の家族や友人が彼の不在に気がついたら……?
ここはもしかしなくても……殺人現場なのでは?
「…………」
カヅトは泣きも喚きもしなかった。ただ静かにその場を立ち去った。努めて冷静に……冷静に見えるように……。
狂ったように脈打つ心臓。
不安で吐き気が込み上げてくる。
胃がキリキリと痛い。
口の代わりに腸が悲鳴をあげていた。
カヅトの両足は、ひたすらに自宅を目指していた。
とにかく……とにかく見なかったことにしよう、と……カヅトはそう考えた。責任放棄、あるいは思考停止という精神の防御反応だ。見てない、聞いてない、知らない……自分とは無関係の事件だったと、自身にそう言い聞かせた。
だが……賢明な読者諸君なら既にお気づきのことだろうが……ベリーハードモードはそんなに甘くない……。
ベリーハードな人生はそんなに甘くなかった!
「……んだよ、これ……」
カヅトの家が炎に包まれていたのだ!




