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シナリオに沿ったシナリオ


 どちらかが死んでも――JJはそう言ったが、おそらく……いや、まず間違いなく、彼は自分が死ぬとは思っていないだろう。いかにも非力そうな少女と、殺しに慣れた屈強な男。力量差は推して測るまでもない。強い者が生き、弱い者が死ぬ――それもまた、彼の言う『野生』の掟だ。


 ルリノは包丁を構えているが――構えているというよりは、握りしめていると表現した方がまだ近い。包丁を扱ったことがある人間ならわかるだろうが、物を切るからといって目一杯力を込めればよいというものではない。力を入れると言っても、適度な加減とタイミングが重要なのだ……今のルリノには、そのどちらも欠けている。カヅトに手料理を振る舞うためにキッチンに立っていた時の方がいくらかマシな程だ。

 もっとも、あの時は殺傷のために包丁を扱っていたわけではなかったが。


「キヒッ! おいおいおいおいおいィ~? 大丈夫かァ? 手が震えてるぜェ? そんなんでホントにオレ様を刺せんのかァ~? キヒヒヒヒヒ!」

「やめろ! それ以上ルリノに近づくな!」

 カヅトは声を荒げた。というよりも、炎のカーテンに遮られた現状では、声を荒げることくらしかできなかった。JJはカヅトの方に視線を向けただけで、構えを解く気配はない。蒼炎を放つことができればその脅威を遠ざけられたかもしれないが……無情にも、カヅトの視界の片隅には先ほどからずっと【MPが足りない!】のウインドウが表示されている。


 そこでカヅトはひとつの可能性に気づいた。気づいてしまった……気づかざるを得なかった。


 ひょっとすると、JJはすでにカヅトのピンチを察知しているのかもしれない。理解する・把握するとまではいかなくとも……ショットガンの弾倉が尽きたように、青い炎にも弾数制限があったのではないかと、それくらいの予想は立てたかもしれない。このリアルがゲームであると知っているゲーマーならば、相手のジャンルからある程度の予想を立てていても不思議ではない。


 むしろそれは、このベリーハードモードをクリアするために不可欠なスキルであるのだが。

 裏を返せば、『手の内を明かさないこと』はそれだけで多大なアドバンテージをもたらす。


 ここに至りその事実、仕組み、あるいは攻略法にようやく、本当にようやく気づくのがカヅトという少年なのだが――気づくのが遅すぎた……かと言えば、実はそうではなかった。

 むしろ、カヅトが今このタイミングで気づけたことは僥倖と言わざるを得ない。それはもちろんJJの僥倖ではない。それだけは決して、ない。彼にしてみれば――もちろん彼は知る由もないが――間違いなく不運だ。


 それも、決定的な不運。


 このタイミングは……ルリノにとっての僥倖である。なぜなら、カヅトが仕組みを理解したのであれば、愛しの彼が こ れ 以 上 余 計 な こ と を す る 可 能 性 が激減するはずだと予測していたからだ。


 カヅトは理解した。理解したと同時に、底知れぬ畏怖のようなものを感じた。


『手の内を明かさないこと』が絶対的なアドバンテージをもたらすとするならば……今現在、その恩恵を最も受け取っている人物は――ルリノだ。


 JJはまだ、ルリノのことを「いかにも非力そうな少女」としか捉えていない――プレイヤーNo.12のゲーマーだとは捉えていないのだから!


「……そうだなァ……キヒ! じゃあ、取引するか?」

 口元をさらに歪めるJJ。人はここまで歪な笑顔を作れるのか、とカヅトは少し嫌気が差した。

「取引、だって?」

「あぁ、そうだ。オレ様はもう近づかねェよ……てめぇがオレ様の言いなりになるってんならなァ~!」

 JJが顎で指したのは、もちろんカヅトのことではない……ルリノのことである。

 言いなり――その結果、ルリノがどのような扱いを受けるのかは漠然とだが想像できる。あまり想像したくはないが。


「てめぇの方から近づいてこいよ……もちろん、その物騒な刃物は置いてなァ? キヒヒ! イヤだってんなら、それでもいいぜ? ま-、そん時はボコッてボウズの前で犯すけどなァ! キヒャヒャヒャ!」

「……クズ野郎が……ッ!」

 カヅトはもう嫌悪を隠そうともしなかった。もっとも、相手は倒すべき敵なのだから、初めから敵意や害意を隠す必要はまったくなかったのだが……波風立たせず生きてきた彼の処世術がそうさせただけだ。


 だが……毒づきはしたものの、自身がそれほど焦っていないことをカヅトは自覚していた。それほど、というレベルではない。まったく……そう、まったく焦っていなかった。

 炎のカーテン、身動きが取れない自分、JJの取引――そのどれもが、ル リ ノ の 筋 書 き 通 り だ と わ か っ て し ま っ た か ら 。


「おい、女。どういう状況かわかってんだろォ? あのボウズとオレ様……どっちのモノになるのべきか、わかるよなァ?」

「……そ、そんな……カヅくん……!」

 ルリノは戸惑う瞳でカヅトの方を一瞥した――それすらも演技である。演技のはずである。


「……カヅくん……ごめん……ごめんね……」

 震える声で言い、ルリノは包丁から手を放した。ゆっくりと立ち上がると、弱々しい足取りでJJの方へと歩み寄る。

「キヒヒ……たっぷりかわいがってやるからよォ~」

「い、命だけは、助けて……お願い……!」

「んー? どうしよっかなァ~? キヒャヒャ!」

 JJはルリノの細い顎を掴んで強引に持ち上げた。恐怖に溜まった涙が瞳から零れそうになる。それがJJには堪らなく愉快らしい。

「オレ様のモノになれよ」

「わ、わかった……なる、なるよ……! 私、あなたのモノになるから……ううん、ちがう」

「――あ?」

 ルリノは人差し指で涙を拭った――そして、指先についたその雫をピストルのように構えてみせる。


「あなたが私のモノになるの」


 ピュン、と電子音のような……それこそがまさに発砲音だった!

 ルリノの指先から発射されたのはハートの弾丸! ゼロ距離でJJの脳天を貫く!


『恋愛シミュレーション』……それが彼女のジャンル。


 カヅトの目には、JJの体が一度だけビクンと跳ねただけにしか見えなかった。だが、状況は一変している。

 戦況は既に逆転している。


「とりあえず、手を放して?」

「……あー? ……しかたがねェなァ……」

「あと、そのトゲトゲも捨てちゃってよ。危ないでしょ? 私が怪我しちゃうかも知れないし」

「……それもそうだなァ」

 ルリノに促されるままにJJは手を放し、メリケンサックを屋根の外へと捨てた……いや、捨てようとした。が、指から外したところで止まったのだ。


「……あー、ダメだ。これはあのボウズをぶちのめすのにいる。まだ捨てらんねェ」

 カヅトのことを睨むJJ。しかし、その目はもうぼんやりとしていて普通ではない。刑事・イサカと同じ――『ルリノに恋をしている』者の目だ。


 ルリノはニッコリと微笑んだ――天使の笑顔か、悪魔の笑顔か。

「私、暴力振るう男の人、大ッ嫌い」

 正解は、天使のような悪魔の笑顔である。

「……キヒヒ、冗談だっての、ジョーダン。な?」

 一瞬だけ苦渋に満ちた表情をしてみせたものの、JJはすぐに観念したようだ。あっさりとメリケンサックを放り捨てた。


「さぁ、避難しよ? このままだと丸焼きになっちゃうし。カヅくーん! もう大丈夫だよー!」

 手を振って呼びかけるルリノ。いつも通りの、いつも通り過ぎる彼女の声を聞いて、カヅトは一気に肩の力が抜けた。


 火の手は相変わらず街を焼き焦がしているが……とりあえず。

 直接的な危機は、あっけなくあっさりとあっという間に去ったようだった。

次回更新は10/5(土)予定!

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