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一撃必殺

 ルリノはこっそりと、ひっそりとJJの後ろへ忍び寄る。その手に固く握られているのは包丁だ! まさか彼女は……JJと戦う気でいるのか!?

 無理だ、とカヅトは思った。仮に包丁で人を殺すとしたら、それはそう難しいことではない。一番手っ取り早いのは、眼窩をひと突きにすることだろう。だが、今の状況で「JJの目に包丁を突き立てる」などということはまず実行不可能だろう。誰であろうと。


 今のルリノに要求されているのは、すなわち――『一撃必殺』。『恋愛シミュレーション』ではまずお目にかかりそうもない単語だ。どちらかと言えば『RPG』の領分である気さえするが……皮肉なものである。

 

 だとすると、腹や背中といった骨に守られていない柔らかな部位を目一杯の力でもって突き刺すのが、オーソドックスではあるが――「殺人にオーソドックスなどあってたまるか!」という話ではあるが――良策のように思われる。あるいは背後から首筋に突き立てる方法も思いつく。だが、ルリノとJJの身長差を考慮に入れると、こちらはあまりベターだとは言えない。


 もちろんそれらは精神的苦痛や嫌悪感、倫理的葛藤などを度外視した場合の話――抵抗力を無視した物理学の試験問題のような、まったく本質を欠いた話である。


 カヅトが無理だと思ったのは、物理的なことではなく、まさしく精神的なこと――ルリノの震える指先を見ていたからだ。

 だから、無理だと思った……あの状態で『一撃必殺』を放つことなどできやしない。返り討ちにされるのがせいぜいだろう。返り討ち――良いイメージを抱けという方が難しい。


 カヅトは反射的に一歩踏み出した。

 この時、彼になにかしらの策があったわけではない。完全なる無策。ただ単に、このままではマズいと感じたから、足を踏み出しただけである。手を貸さねば、と。助けなければ、と。

 が、結局のところ、カヅトは元の位置に戻っただけである……彼はすでに 一 歩 退 い て い た のだから。


 その一歩が展開を決めた。


 灼熱――カヅトの足下で爆発が起こった! 先ほどJJが投じたポリタンクが引火したのだ!

「うおっ!?」

 カヅトの目の前に立ち上る火の嵐! JJとルリノが立っている民家の屋根……充分に飛び移ることが可能な距離だったのに、今では炎のカーテンが完全に遮ってしまっている! 焼ける!


 だが、爆発がもたらした状況の変化はそれだけではなかった。それだけで済んでいれば……あるいは、もうひとつの変化こそが重大だった。


 目の前で爆発が起こった時――その規模にも依るだろうが、今回の場合、民家の一階部分を吹き飛ばす程の爆発――凡人だったら、カヅトのように驚きの声を上げるか、もしくは保身のために退くだろう。JJは良くも悪くも凡人ではなかった。その爆発が自身に被害を及ぼす程度ではないと 経 験 的 に 判 断 し 、一歩だって動かなかった。経験的に判断できる時点で、社会的に『悪い方向に凡人ではない』ことは明らかだが……右手を顔の前に軽くかざしたのは、単に眩しかったからだ。


 しかし……ルリノは凡人だった。否、『カヅト以外に興味が無い』という性癖をもって彼女を凡人扱いするのには無理がある。彼女は傾きすぎている――埋没し過ぎている。より精確に言うならば、『爆発に対する対処法』については凡人のそれと同じ、ズブの素人だった。


 ルリノはよろめいてしまったのである。よろめき、体の安定を得るために膝をついてしまった。それでも声を発さなかったのは、不意打ちという行為について彼女が『沈黙』を最重要項目に据えていたからだろう。


『不意打ち』という点についても、彼女は凡人だったのである。


 不意打ちにおいて最も留意すべき点、意識すべき点は『察知される危険性のある時間を極力減らすこと』――すなわち、『迅速さ』である。だから屋根に登った瞬間、登りきった瞬間……ルリノは全速力でJJを攻撃しに駆けるべきだったのである。


 もっとも、あらゆる人間はあらゆる事に対して『凡人』である。他人の平凡さを貶められる人間は、自身の平凡さに気づいていないだけなのだ。


 あるいは、『平凡さ』を全く持ち合わせていない『完全な非凡人』か。


 果たして、ルリノは膝をついてしまった。それによって、微かではあるが確かな音が鳴った。もっと根源的なところを言えば、気配が動いた――JJが察知するには充分すぎる程の気配が。


 背後の存在を察知した瞬間、JJは振り返るなどということはしなかった。横っ飛びで距離を取り、ボクサーのように構える。戦い慣れている者のフットワークだ。

「……あー? あん時の女か……キヒヒ、ヒヤッとしたぜェ? ちこっとな」

 構えを少しだけ緩めるJJ。それでも緊張を完全に解いたりはしない。ゆっくりと距離を詰めてくるJJに対し、ルリノは膝をついたまま慌てて包丁を突き出した。

「こ、これ以上カヅくんに酷いことしないで!」

「なんだァ? それでオレ様を刺すつもりかァ? キヒッ……いいねェ!」

 JJがニヤリと口の端をつり上げる。愉悦、という言葉がピッタリだ。


「そういうのだ……そういう、わかりやすい敵意が――殺意がいい! それがいい! 気に喰わねェからぶっ殺す! 蹴散らす! 八つ裂きにする!『破壊衝動』ってのがよォ……生き物の魂には刻み込まれてんだよ。だのに人間ってヤツは頭ばっかりデカくなっちまって、理由だの弁解だのグダグダぐだぐだグダグダぐだぐだ……。衝動に理由なんかいらねェ! そんなもんは、ねェ!! ……気に喰わねェって衝動は、『野性』の示した最初の生き方だ。野性を飼い殺すヤツがオレ様は気に喰わねェ……!」


 一息に持論を語ったJJは、そこでもう一度構え直した。手の甲に鈍く光る得物が出現する――棘付きメリケンサック!

「さー、やるか? てめぇはオレ様が気に喰わねェんだろォ? ……まー、その結果どっちかが死んでも、仕方がねェよなァ……それが『野生』ってもんだろ? キヒヒ……」


次回更新は9/28(土)予定!

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