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寝床


……


…………


………………


 カヅトは目を瞑って床に寝転んでいた。ゆっくりと瞼を開けてみる……薄暗い視界の奥にあるのは、見慣れぬ天井。真円をしたリモコン式の電灯は消されている。まるで灰色の満月のようだ。


 視線を徐々に横へとスライドさせていく。ファンシーな柄のベッドが見えた。その上に体を横たえながら、カヅトのことをひたむきに見つめ続ける人物がいる。


「眠れないの、カヅくん?」

 ……言わずもがな、ルリノだ。


「……もう寝てる」

 カヅトはぶっきらぼうに言って、体ごとそっぽを向いた……先ほどからずっとこの調子である。



 ルリノから予想外の告白を受けた後、カヅトはそれぞれの能力の程について、現状理解できている限りの情報交換をおこなった……そこまではよかった。問題は、その後に起こった。


 すっかりパジャマを着直したルリノは、今さらのように頬を赤らめて言ったのだった。

「ねぇ、カヅくん……一緒に寝よ?」


 いくら気を許したからといって、それはあまりにも許しすぎである! 心を許した覚えはないし、ましてや体を許した覚えもない。逆に、許されても困る……一つのベッドでルリノと共に朝を迎えるなど、カヅトにはオトナの階段を棒高跳びでジャンプするくらい、諸々のステップを飛び越えてしまっているように感じられたのだ。ついでのように、男女の一線も越えてしまうような気がした。


 果たしてそれが世間一般の貞操観念からどれほど乖離しているのか、あるいはどれほど則しているのかの議論は置いておくとして……カヅトはそれを良しとしなかった。『そういうこと』は愛し合う者同士がすることであるし、恋人になるにはそれ相応の順序を踏むべきである――などとカヅトは思っていた……かというと、そうではない。もちろん少しは思った。だが、それは後付けの言い訳に過ぎない。


 ルリノの誘いを初めに聞いた時は、カヅトの脳内で思春期の男児特有のたくましい妄想力がいかんなく発揮されたことは言うまでもない……言うまでもないのだ! 興味がないわけではないのだから! しかし、それは所詮妄想。実際にその場へ入り込み、その雰囲気に包まれた時……さて、自分はどう振る舞えばいいのか? そんな不安がカヅトの妄想を濁らせた。


 そもそも振る舞えるだろうか?

 ルリノになにを囁き、ルリノのどこを見つめ、ルリノにどうやって触れればいい?

 自分は上手くできるだろうか?

 間違っていたらどうする?

 ルリノに笑われはしないだろうか?

 ルリノにはそういう不安がないのだろうか?

 ルリノはそういう不安をもう知っているのだろうか?

 ルリノは『そういうこと』をもう知っているのだろうか?


 男としていささか情けない話ではあるが、要するに……カヅトはビビったのだ。「恋人のなんたるか」とは、その後に思いついた美しいだけの言い訳。シンデレラドレスを纏った臆病な狼、とでも形容しようか。


 さて、誘いを断ったカヅトであったが、「リビングのソファで寝る」という紳士の鑑とも言える代案は生憎、受理されなかった。「私は床で寝るから、カヅくんはベッドで寝て!」とルリノは譲らない。カヅトはこれも良しとしなかった。


 そもそも、同い年の女子が普段使っているベッドで、しかもその本人が真横で見ている中、どうして安眠できようか。いや、できない! ましてや、その布団は先ほどルリノが裸同然の格好でくるまっていた代物である。妄想たくましい男児にそんなものを与えてただで済むわけがない……ただで済むわけがないのである!


 それから数十分、お互いの妥協点を探る改案の応酬が続いた。結局、カヅトが床でルリノがベッドという按配に落ち着いたのだが、カヅトが力技で落ち着かせたと言った方がおそらく正しい……早い話が、とっとと床に寝転んだのである。もちろんルリノは口を尖らせたが、文字通り目を瞑ってしまえば万事解決だった。


 ……改案の応酬をしている最中、まさかカヅトの脳裏にそのアイデアが浮かばなかったわけではない。もちろん浮かんだ――「両親の寝室を借りる」というアイデアが。そしておそらく、ルリノも同じことを思い浮かべていた。


 だが、二人ともその案を口にはしない。ルリノの両親は”帰ってくる”はずなのだから……。



 そして現在に至る。


 カヅトはルリノに背を向けたまま、瞼を固く閉じた。今日は本当に波瀾万丈だった……半日で人生が変わってしまうほどに。とにかく精神を疲弊した……ぐっすり眠れるだろうと、当然のように思っていた。だが、実際は違った。


 カヅトはこのベリーハードな人生に、少なからず……興奮を覚え始めていたのである! 死という恐怖に直面した……未知の能力を疑った……だがしかし! ”仲間ができた”という安心感――それがネガティブを和らげたのだ! そして半日を経て、ようやく好奇心が疼き始めたのである!


 カヅトはまだ、このゲームの輪郭さえ掴めていない……未だにぼんやりとしていて、わけがわからない。そんな状況だからこそ、「とりあえず一人ぼっちではない」という事実のありがたみは計り知れない。二人ならどうにかなるかもしれないし、どうにもならなくなっても一人ではない……カヅトは無意識のうちに安堵していたのだ。


 人は余裕を持った時、慢心する者と安心する者に分けられる……カヅトは前者だったようである。


 二人でもどうにもならないこともあるし、どうにもならなくなったら一人かもしれない――誰かを頼りにするということは、そういうことである。単純な危機管理を怠ったのが、カヅトのプレイスタイルの落ち度だろう。


 そして。


 その慢心こそが、未来への道筋を決定的なものにする分岐点フラグかもしれないと、少しでも疑っていれば……あるいは、違ったストーリーが展開されたのかも知れない。


 すべては後の祭り――もしくは、”先の祭り”だが。




 なにも知らないカヅトは、深く息を吸い込んだ。眠れなくとも、体を休めることはしておこう――そんなことを考えた、その矢先!


「かっ、カヅくん! 外見て!」

 悲鳴を上げたルリノ! 窓の方を指している。カヅトはガバッと上体を起こした。夜中だと言うのに、外が妙に明るい気がする……いや、気のせいではない! 明らかに明るい! カーテンの隙間から、オレンジ色の光が眩しいくらいに揺らめいているではないか!


「おいおい……!? また火事かよ!?」

 カヅトはカーテンを引き払った……が。


 視界に飛び込んできた風景は、火事と言うにはあまりにも凄惨過ぎた。



 住宅街の道という道が、炎の絨毯で満たされていたのである!


次回更新は7/27(土)予定!

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