そして、質問
濃い沈黙が車内を満たした。アラシベは微動だにせずその瞬間を待っている。歯を食いしばったイサカ。その目にはうっすらと光るものが浮かんでいる。そしてついに――
「……かっ……カヅトくんは――……!」
喉から絞り出すようにして。
「ルリノさんに匿われていました……っ!」
イサカは真実を告白した。
胸中に度しがたい罪悪感が溢れた。計り知れない後悔が胃の内側をせり上がってくる。双眸から零れる涙……スラックスの膝元に落ちた雫とともに、脳裏に張り付いていたルリノの笑顔が砕け散った。
「……――っ!?」
途端、イサカは我に返った。と同時に混乱した。いったいなぜ、あの少女を命を賭してまで庇おうとしていたのか……自分を埋め尽くしていたその感情が、今となってはまったく理解できない。額に手を添えると、玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。
「なるほどなるほど。やはり私の推察は当たっていたようだね……当然のことだが。なにせ私の頭脳は冴えている」
戸惑うイサカに構わず、アラシベは満足げに頷く。その表情すら狐顔なので、本当に満足しているかどうかは怪しい。
指を鳴らすアラシベ。パチンという小気味良い音とともに、イサカの胸から痛みが消えた。解かれた鎖が床に落ち、粉々に割れる。上半身を浸食していた氷の華も溶け始めていた。
解放された……安堵と気疲れに押されて、イサカは座席シートへと沈み込んだ。
が。
イサカは窓の外に視線を移して肝を冷やした……『なにか』はまだそこにいたのだ!
「イサカ氏、気を抜くのは早いよ。私はまだ質問を終えたつもりはない……次の質問だ。先ほどからのキミの態度はいささか理解に苦しむ……どうしてそこまでしてカヅト氏を庇うんだい?」
ルームミラーを覗き込むアラシベ――どうやらセットした前髪の調子を確かめているようだ。まるで緊張感がない。その不可解な行動のひとつひとつが、イサカには不気味に感じられた。
しかし、イサカはもう答えを悩む必要がなかった……むしろ、今まで答えを悩んでいた意味が理解できなかった。カヅトは放火および殺人の容疑者で、ルリノはその犯罪容疑者を匿っているというのに!
イサカは直ちに口を開いた。最善の方法で嘘をつくためではなく、単純に真実を伝えるために。
「それが、自分でもよくわかr――」
「いやいや。やはり言わなくて結構」
あっさりと遮られた! ショックを受けるイサカを尻目に、アラシベは立てた人差し指で宙に円を描き始める。
「イサカ氏はルリノ宅へと向かった。ルリノ氏がカヅト氏を匿っていたという前提とすると、彼女がイサカ氏を容易に家へ上げるとは考えにくい……ご両親も不在のはずなら、なおのこと。つまりつまり、玄関での質疑応答でことは運んだはず……まさか来客の対応にカヅト氏が出て行くことはないだろう。当然、対応したのは住人であるルリノ氏に違いない。ということは……イサカ氏がカヅト氏の存在を確認したのは、直接見たのではなく、第三者からの伝聞――ルリノ氏の口から聞いたのか。なるほどなるほど、やるじゃあないかイサカ氏。自白させるまで追い詰めていたわけだ。優秀な部下を持って私も鼻が高いよ。しかししかし……そうなると、やはり理解できないのは『なぜイサカ氏はその事実を秘匿したのか』ということだね……。ふむふむ……そうか、ようやく見えてきたよ。明らかにしなければならない点が、ね……やはり私の頭脳は冴えている。先ほどの質問を訂正しよう」
この人はこのまま永遠に喋り続けるんじゃないかとイサカが心配し始めた頃、長ったらしい独り言――アラシベが言うには『推察』――は終わった。相変わらずのポーカーフェイスで、アラシベは再び問いかける。
「キミはルリノ氏になにをされたんだい?」
次回更新予定は7/13(土)!




